茱王家夜話・雲吞の夕べ
隣り合って座った初夜の床で、「これからは誰憚ることなく、毎晩お前と同じ寝台で眠れるのだな」と、璇は噛みしめるように言った。
毎晩……? と首を傾げる子季の手を取り、
「お前が瑞獣であるということは、無論承知しているが」
璇は変わらず、噛みしめるような口調で続けた。
「この帳の内にいる間は、頭のてっぺんから足の先まで――すべて、私のものだ」
「あっ……」
という具合に始まって、璇を大いに満足させた一夜が明けると、子季はそのまま、彼の住まいである懐雲宮に留まることとなった。
本来ならば、王后である子季の住まいは晩翠宮ということになるのだが、璇は既に、子季の為の大変結構な部屋を懐雲宮の一角に用意しており、同居する気満々であった。子季の方でも同居に否やはないものだから、用意された部屋に大人しく落ち着く。こうして、茱の新しい王后は、王の住まいに間借りして、毎日せっせと晩翠宮に通う日々を送っていた。目的は花の世話である。
しきたりを重んじる重臣たちからは、反発もあるかと思われたが、普段はあまり我を通すことのない璇が、
「疲れて家に帰った時に、妻から『お帰り』って言われたい……」
と、耳を赤くして呟いたのに心打たれ、結局、璇が八十年の幸せな人生を終えるまで、この件は何となく黙認されることとなった。
「今帰った」
「お帰り。今夜は雲吞だよ」
懐雲宮の広間に据えられた大きな卓で、怡若や芸欣たちと一緒になって皮に餡を詰めていた子季が、顔を上げてにっこりと笑った。
額や鼻に粉をつけ、どうしようもなく可愛いことになっている。
「そうか」
璇が子季の隣に腰掛けると、怡若がさっと立ち上がり、「先に出来上がったものから湯にくぐらせて参りますね」と芸欣を連れて出ていった。
璇は愛しい妻が時折、手の甲で額をくいと拭いつつ、細いへらで餡を詰めるのを飽かず見守った。
「子季は餡を詰めるのが上手だな」
「えっ。そう? 普通だよ」
そう言いつつも、子季は嬉しそうに耳をぴくぴくさせる。
「璇も一緒にやる?」
「無論だ」
「じゃあ、へらはそこにあるのを使って……」と子季が言い終わるより先に、璇は子季の後ろに座り、子季を抱き込むように体を密着させた。
「璇……?」
璇は子季の手に自身の手を添わせ、流れるような動きで子季の頭に頬をすり寄せる。
「さ、やるか」
「え? 違う、一緒にやるっていうのは……」
璇は構わず、素知らぬ顔で子季の手の上から持ったへらを、きごちない動きで餡の中に沈めた。
「なかなか難しいな?」
「こんな風にするからだよ!」
「これくらいか」
「あっ多い。それじゃ包めない」
「そうか」
子季の後ろで、璇は美しい微笑を浮かべた。
万事心得た怡若たちは、もう戻ってこないと璇は知っている。だから、それ以上のこともしようと思えば出来たのだが、璇は純粋に、妻との雲吞作りを楽しんだ。
かけた時間の割には、見栄えがいまいちなものを二つ、三つと作るうち、子季が遂に「もう」と笑い出した。
「次はもうちょっとましなのを作るぞ」
「今のも悪くない」
「駄目駄目、あんなの」
重ね着の衣のようにくっつき合って、ああだこうだと言いながら、妻と二人、不恰好な雲吞をせっせと作る。
何ということもない、この瞬間が――。
「子季」
「なあに」
「幸せだ」
うん、と子季は目を細め、「わたしもだよ」と璇の首筋に後頭部をすり寄せた。
「そうか」
と、雲吞作りなどそっちのけで、抱きついてくる夫に好きなようにさせ、子季は「後もうちょっとだから、最後まで作ってしまうね」と、機嫌よく餡を包む。
「そうそう。今日はとっておきのお酒もあるんだよ。わたしのおじい様がとある村で見つけた掘り出し物で、なんでも『蛇殺し』と呼ばれている、とても美味しいお酒なんだって」
「それは恐ろしい」
「フッフッ……。それくらい美味しいってことだよ……」
他愛のないお喋りと、寄り添う体の温かさ。
こんな夜を何度も重ね、砂のようにさらさらと過ぎゆく二人の優しい年月の、一粒一粒は大抵、このようであった。




