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極甘~ガワだけ爽やかな不遇の公子、ずっと心密かに思い続けた初恋の人を野で拾い、連れ帰って偏(ひとえ)に愛を注ぐこと~  作者: 初春餅


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14.あなたの望むことはすべて

 子季の傷の治り具合を確認していた巫婆が、おやと瞼を持ち上げた。


「……早いの」


 寝台の縁に腰掛けていた子季は、いかにも狐の娘らしく、ふっと妖艶に微笑んだ。元々の体のつくりが人間とは違う。傷は既に大部分が乾き、亜麻色のいびつな紋様を描いて、肌の上でうねっていた。


「この分だと、じきに包帯はすべて取れそうじゃ」


 あなたのおかげだ。


 子季はゆっくりとした唇の動きでそう告げて、ありがとう、と続けた。


 璇や巫婆からは、「唇をゆっくり動かせば、動きを読んでやる」と言われている。璇からは「だから無理に喋ろうとするな」、巫婆からは「喉に負担をかけていれば、その分治りは遅くなるのじゃぞ」とも。


 巫婆、巫婆、本当に、ありがとう。


 尋常ならぬ身とはいえ、巫婆の適切な処置なくして、これほどに早い回復はなかったと承知していた。


「礼ならあの方にお言いなされ」


 んもう照れ屋さんだな、と子季は柔らかく目を細めた。


「――それにしても早い」


 鷹のごとき巫婆の目が、検分するように子季の体を眺め回した。

 ヒッ、と子季が笑顔を引っ込める。


 子季が運び込まれて、今日で十四、五日ほどだろうか。子季の治癒時期を璇に問われ、巫婆が「早くてひと月」と答えていたのを、子季はうっすらと思い出す。


 まあ、わたしは丈夫な方だから、と子季は急いで誤魔化した。


 ――まずい。話題を逸らさないと、正体を見破られてしまいそう……。


 巫婆は唐突に手を伸ばし、子季の左頬に触れた。


「気になるかえ」


 え、まあ、なると言えば、うん、まあ。


 皆を助けて出来た傷に後悔はないし、また同じことが起これば、子季はやはり躊躇なく同じ行動を取るだろうが、気になるかならないかと言われたら、そこはまあ、やはり。うん。


「何とかしてやれぬかと言われたが、こればかりはどうにもならぬ」


 そうか。


 子季はふっと目尻を下げた。

 璇がそんなことを。


「娘子が気にしているようなら、特製の面を作らせるそうじゃ。金銀珊瑚をたっぷり埋め込んだものでも、せいぜいねだってやりなされ」


 そんなの重くてつけられないだろう、と子季は笑った。


 でも、璇がそうしろと言うのならつけるよ。


「では不要じゃな。まったく、ご自分で訊けばよいものを。毎晩毎晩、足繁く通っておるくせに」


 ちょっと、巫婆、言い方……。


 頬が赤くなっていくのが自分でも分かった。巫婆の言う通り、璇は毎晩子季の部屋を訪れているのだが、この言い方ではまるで仲睦まじい夫婦のようだ。


「さあ娘子、お薬ですよ」


 子季がふにゃふにゃと何か言っていると、巫婆の二人の侍女のうち、淡々として冷静な怡若いじゃくが煎じ薬を持って戻ってきた。


 残りの包帯と着物を怡若に手早く巻きつけられ、子季は大人しく口を開ける。


 璇を始め、皆が当然のように匙を持って子季の前に座るから、これが人間の世界における、正しい薬の飲み方なのだと信じて疑わなかった。何しろあの巫婆にさえ、「ほれ、口を開けい」とやられている。実際には、璇がやっているのを見た皆が、自分もやってみたかっただけだとは知る由もなかった。


 苦い薬を一生懸命飲み終えた頃、巫婆のもう一人の侍女である、人懐こくて調子の良い芸欣げいきんも戻ってきた。


「お茶にしましょう。梨もありますよ」


 山では見たこともないほど凝った細工の、瀟洒な卓の上に芸欣が盆を置く。子季が最初に乗せられた台はとっくに片付けられ、室内はまるでどこかの夫人の部屋のように、美しくしつらえられていた。


「あら、娘子。やっぱり薄桃色も可愛いですね」


 あ、うん。芸欣、ありがとう。


 子季が今着ているのは、花の模様が入った、薄桃色の寝衣だった。毎日毎日、ずっと白ばかりでは寂しかろう、と芸欣が璇に進言してくれたらしい。


「いえ、そんな。『若い娘が喜びそうなことを、何でも教えてほしい』と公子に言われてお答えしただけです」


 璇……。


「すぐに用意するところが凄いわね」

「あの方の本気を感じました。謝執事もやたらと張り切ってますし」


 怡若とお喋りしながら、芸欣は手際よくお茶を入れる。

 璇が昼間に顔を出さなくなってからは、昼の間は彼女たちが、瀟洒な卓の上で薬草を広げ、汚れを取ったり、より分けたり、すり潰したりしながら、子季のそばについているようになっていた。恐らくは璇の計らいであろう。今日は手仕事は休みのようで、二人ともまったりしている。巫婆は居たり居なかったりで、気まぐれな婆猫である。


 怡若に手を取られ、子季が卓の前に座ると、芸欣が子季の為にすり下ろした梨を「どうぞ」と置いた。子季は「ありがとう」と唇を動かし、誰かの手が匙に伸びる前に、自分で食べる、と宣言する。薬はもう、そういうものらしいから従うが、おやつまで食べさせてもらうのはさすがに違う。


「おいしいですか」


 うん。


「美味いに決まっておる。薬草園の梨じゃろう」


 ふーん。


 巫婆の見事な薬草園のことは、話でしか聞いたことがないが、果実酒用の果物もたっぷり植わっているらしい。薬草園の範疇を超えていると思う。規模としてはもう、巫婆が所有する山のようなものではないか。


「もらったのは少しだけですよ。梨酒用には、まだたんまり残ってますよぅ」

「公子も梨酒が一番お好きでしたよね。でも娘子のおやつ用にって、公子がおっしゃったんですから」

「そうそう」


 ご相伴にあずかった芸欣が、瑞々しいひとかけを遠慮なく口に放り込んだ。


 璇は梨酒が好きなのか……。


 初めて知った、璇の好みである。


 それが呼び水となってしまったか、璇のことをもっと知りたいという思いが胸にひとしずく落ちて、さざ波のように広がってゆく。


 あ、あのぅ、お願いがあるんだ。


「何なりと。娘子の望みはすべて叶えるよう、言い付かっております」


 即座に侍女二人がお茶を置いて子季に向き直る。え、いや、そんな大層なことでは、と子季が驚いて身構えた。


 ええと、何でもいいから、璇のことを教えてくれないか。その、わたしは璇のことを何も知らないから……。


 世話になっている相手のことを、よく知らないままというのは良くない。いずれ璇から受けた恩に報いる為にも、子季は彼のことをもっと知っておくべきだった。


「娘子、それって……」


 芸欣が顔を輝かせ、うっとりと目を細めた時、横から巫婆の声が飛んだ。


「はっきりと言っておきまする。あなた様の前では無害な雄猫のふりをしておるが、一皮めくれば獰猛な虎じゃ!」

「巫婆、そんな言い方。そうですね、以前は『何だか人間味のない人だな』と思っていましたが、最近は『意外と人間らしいところもあるな』と」

「二人とも……」


 へえ、そうなんだ……。


 子季が頬を引き攣らせる。


 あんなにも親切で、人間味のある王族もそうそういないだろうに、璇は誤解されやすいようだ。

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