第9話 意外と有能かも
王国内で乗馬クラブを作る為には王様を説得しなければいけない。
でも考えたら実際に乗馬を体験したルトリア殿下ならともかく、碌に馬の事を知らない王様に話が伝わるだろうか。
せめて乗馬の楽しさを視覚的に伝えられるパンフレットなどの資料でも作っておけば話がしやすかったんだけど、私はそんな準備をする暇もなくルトリア殿下に無理やり王様の前に連れてこられてしまった。
プレゼンは最初の印象が肝心だ。
どうやって切り出そうかと考えていた矢先にルトリア殿下が口を開いた。
「父上、私は乗馬の為の施設をこの王宮内に作る事を考えています」
「ふむ、それはどのような物だ」
ルトリア殿下は私が説明した乗馬クラブ設立の案を自分なりに噛み砕いて王様に説明をする。
私の説明だけで実際の乗馬クラブの様子を見た事はないはずだが、ルトリア殿下はまるで自分が実際に乗馬クラブを体験したかのように違和感なく説明をしている。
普段の天然な王子様の姿とは全く違う。
これが本来のルトリア殿下の姿なのだろうか。
私は思わず感心して見惚れてしまった。
「なるほど。だがそれだけ大掛かりな施設を運用するにはかなりの人員と資金が必要だろう。国営は遊びではない。それなりの成果は得られるのだろうな」
「はい、私もまだ乗馬については素人ですが、我々が馬を乗りこなせることができるようになれば王国にとっても大きなメリットがあります」
むむむ?
私は乗馬の楽しさを如何に伝えるのかしか考えていなかったけど、さすがそこは為政者だ。
私が全く想定していなかった話に持っていったよ。
「まず、馬という生き物は我々人間よりも遥かに速く走ることができます。馬を移動の手段として活用すれば遠く離れた場所へも今よりも短い時間で行けるようになります。私は斥候や伝令などにも馬術を会得させる事を考えています」
「ふむ。それはいい考えだな」
「また、馬は人間よりも遥かにパワーがあります。馬を飼い慣らすことができれば、荷物の運搬など様々な事にも活用できるでしょう」
「ふうむ」
ルトリア殿下は馬の有用性についてひとつひとつ具体的な例を挙げて説明を続ける。
その度に王様はうんうんと頷く。
反応は良さそうだ。
このルトリア殿下という人物、顔がいいだけの天然王子かと思っていたらなかなかどうして知恵が回るのではないだろうか。
「──そして何より乗馬はそのものが楽しく、一般の市民にも娯楽として普及させられましょう」
ルトリア殿下は乗馬の楽しさで話を締めくくった。
王様はしばらく目を閉じて思考を巡らせた後に立ち上がって言った。
「乗馬か……。あいわかった! ルトリアよこの件はお前に一任する。好きなようにやってみよ」
「ありがとうございます」
「だがやるからには結果を出さねばならんぞ。分かっておるな?」
「はい、必ずやご期待に沿ってみせます」
私が口を出すまでもなくとんとん拍子に話が纏まってしまった。
これ私が同席する必要無かったんじゃ……?
「さあリナ嬢、これで父上の許可が下りた。早速詳しい打ち合わせをしよう」
ルトリア殿下は私の手を握り、場所の移動を促す。
「え? 今からですか? もう遅いので明日また改めてという事では駄目ですか?」
「善は急げだ。一分一秒でも惜しい」
「ええ……」
乗馬クラブの設立を急ぎたいルトリア殿下と今夜は早く眠りたい私の希望は決して相いれる事ができない。
どちらも譲れないまま口論が続く。
そんな私とルトリア殿下のやり取りを眺めていた王様は豪快に笑いながら言った。
「ははは、ルトリアよ、お前は聡明だがせっかちなのが玉に瑕だ。これ以上リナ嬢に負担をかけるでない。明日の夜にでも改めて話をするがいい」
「うぐ……これは失礼しました」
ルトリア殿下は私の手を離すと恥ずかしそうに頭をかいた。
「それではリナ嬢よ、ルトリアの事を宜しく頼むぞ」
「あっはい、お任せ下さい陛下。それでは私はこれで……」
王様に一礼をして寝室を出た私たちは日を改めて打ち合わせを行う約束を交わし、お互いの寝室へと別れていった。
◇◇◇◇
翌朝私は日が昇る前に目を覚ましそのまま中庭へと足を運んだ。
結局昨夜は乗馬クラブの話ばかりでルトリア殿下に馬の乗り方について教えられなかった。
まだ日が昇るまでには少し時間がある。
私が馬の姿に戻る前に伝えられる事を伝えておこう。
駈歩はまだ無理だと思うけど、軽速歩のやり方くらいなら伝えられるだろう。
やり方さえ分かれば後は実地訓練あるのみだ。
今の私には鞍も鐙も手綱もないけど落ちないように馬上でバランスを取っていれば多分なんとかなる。
ルトリア殿下は運動神経は人並み以上にあるみたいだしね。
私も大学の馬術部にいた頃は鐙を上げた状態で一時間単位で軽速歩の練習をさせられたものだ。
でも翌日は足が筋肉痛になったなあ。
私はノスタルジックな感情に浸りつつルトリア殿下を待った。
「……来ない」
しかしどれだけ待ってもルトリア殿下は現れない。
昨夜は遅かったからルトリア殿下はまだ眠っているのだろうか?
このままでは日が昇ってしまう。
仕方ない、軽速歩のレクチャーは夜にしようか。
そう考え始めた頃、中庭にボンドール氏が一人で現れた。
「ボンドールさんおはようございます。ルトリア殿下はまだお休みですか?」
「ええ、私もその件で参りました。実はルトリア殿下はベッドがら起き上がる事ができずにおりまして……」
「え? まさかご病気ですか?」
「いえ、ルトリア殿下は酷い筋肉痛で立てないご様子です。私の治療魔法では筋肉痛は治せないので……」
「ああ……そうでしたか」
私はポンと膝を叩いた。
乗馬は内腿や脹脛などの普段の生活ではほとんど使う事が無い筋肉を使うものだ。
初めて乗馬を楽しんだ人や、久々に乗馬をした人は大抵翌日以降にその部分の筋肉が悲鳴を上げる。
こればっかりは場数を踏んで筋肉に慣れてもらうしかない。
乗馬を楽しむための試練だと思って我慢してね王子様。