第8話 プレゼンしよう
人間の姿に戻った私は王宮の一室に移動してルトリア殿下と今後についての相談する事にした。
「ルトリア殿下、今日はお疲れ様でした。今後も乗馬を続けたいと思いますか?」
「もちろんだ、できれば二十四時間ずっとレナ嬢の上に乗っていたいと思っている」
「だから言い方……」
「しかし私には君を乗りこなすだけの技術が無い。いや、いつかきっと乗りこなしてみせる。それまで私につきあって貰えないだろうか」
ルトリア殿下の向上心は相当なものだ。
ならば私は乗馬のインストラクターとしてその思いに応えるのみ。
「分かりました。本気で乗馬スキルを上達したいのならば私の知っている技術の全てをお教えしましょう。私、前世では馬術の先生をしていたんです」
「おお、それは本当か! 宜しく頼む、リナ嬢」
ルトリア殿下は私の両手を握りしめ、まるで子供のように無邪気に目を輝かせている。
特別な感情はないんだろうけどこんな事をされたら勘違いしちゃうよ。
「殿下、あまり手を強く握られると痛いです」
「あ、これは失礼をした」
殿下は慌てて手を離す。
私はこほんと咳払いをした後に今日一日考えていた事を伝えた。
それは王宮の近くに乗馬クラブと同等の施設を作るという計画だ。
今現在乗馬に興味を持っているのはルトリア殿下だけだけど、いずれはこの国に乗馬の文化を広め、多くの人に乗馬を楽しんで欲しいと考えての事だ。
乗馬クラブが誕生すればもちろん私にも利益はある。
太陽が沈んでいる間だけとはいえ私自身が乗馬が楽しめるからだ。
馬には夜勤をさせる事になるけど、私も夜は睡眠は取らないといけないのでそんなに夜遅くまでは乗るつもりはないから許して頂戴ね。
乗馬クラブを作る為に必要なのは建物や土地だけではない。
鞍や鐙、頭絡などの馬具はもちろん、馬の手入れをするのに必要な専用のブラシや鉄爪などの道具が必要にある。
この世界に乗馬という概念がない以上、全て一から作らないといけないけど、きっとゴリアスさんなら何とかしてくれるだろう。
他にも日頃馬の世話をする人員や、経営維持する為のお金の工面もしなければならない。
しかし王子様がスポンサーになってくれるのならばこれらの問題は一気に解決する。
「如何でしょうか、殿下?」
私は上目遣いでルトリア殿下の目を見て訴える。
男性の心を動かすにはこの手が一番……のはず。
創作物で知識としては知っていたけど実際にやってみるのは初めてだ。
我ながら打算的である。
ルトリア殿下は満足そうに答えた。
「うん、それは素晴らしい考えだ。早速父上にも掛け合ってこよう。リナ嬢、共に来てくれ」
「え? 父上ってもしかして王様の所ですか?」
「他に誰がいる?」
「いきなり王様と謁見と言われてもまだ心の準備が……」
「早くしないと父上がお休みになってしまう、さあさあ」
私はルトリア殿下に腕を引っ張られて王様の寝室の扉の前までやってきた。
この王子様は行動力があり過ぎる。
扉の両脇には槍を手にした屈強な兵士が二人控えている。
当然だけど警備は厳重のようだ。
兵士は怪訝な表情でルトリア殿下に声を掛けた。
「これはルトリア殿下、こんな夜更けにどうされました? ホラント陛下はそろそろ就寝されるお時間ですが。それに後ろの女性の方は……」
「ああ、父上にリナ嬢を紹介したいのもあるが、急ぎ父上に相談したい事があってな」
「父親に紹介!? ……いえ、特別な意味で言っているんじゃないですよね。もう慣れましたから」
ルトリア殿下は自分が天然だと気付いていないのだろうか。
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか、まあいい。それよりも早く父上と話がしたい。……父上、ルトリアが参りました!」
ルトリア殿下は扉越しに王様に呼びかけた。
「何だルトリア、こんな時間に……話ならば明日にせい」
部屋の中から聞こえてくる王様と思われるハスキーな声の主は明らかに機嫌が悪そうだ。
「ねえルトリア殿下、やっぱり明日にした方が」
「いや、明日の朝まで待っていたらリナ嬢が馬に戻ってしまう。父上、どうか私の話をお聞き下さい!」
ルトリア殿下は更に大きな声で王様に呼びかける。
その時、扉がガラっと開いて中から立派な髭を蓄えた強面の男性が現れた。
「ルトリア、今何時だと思っている!」
その体格は服の上からでもはっきりと分かる程筋骨隆々だ。
そう言えば先日ルトリア殿下が魔物に襲われていた時、自分の事を剣王ホラントの子とか言っていた気がする。
剣王と呼ばれるくらいなら見た目に違わず相当の豪傑だよね。
そんな人物が今私の目の前でとても不機嫌そうな顔をして立っている。
正直めちゃくちゃ怖い。
王様はルトリア殿下を睨みつけた後、その後ろに隠れている私の存在に気付いた。
「うん? この娘は誰だ?」
「父上、彼女が先日私を救ってくれたリナ嬢です」
「ふうむ……」
王様は鋭い眼光で私を見つめる。
やばい、これ以上王様の機嫌を損ねるような真似をしたら何をされるか分からない。
そうだ、まずは王様の警戒心を解こう。
何事もまずは話し合いだ。
インストラクターをしていた時に会得した営業トークスキルで乗り切って見せるしかない。
「あの……陛下、只今ご紹介にあずかりました相馬里奈と申します。故あってこの世界に転生して参りました」
「うむ、ルトリアから報告は受けている」
「私は夜の間しか人間の姿になれないためにこんな夜分遅くに失礼を致しました事ご容赦下さい」
「そういう事情ならやむをえまい。だがわざわざ挨拶をする為だけに来た訳ではあるまい。中で話を聞こう」
「はい、失礼いたします」
私はルトリア殿下と王様の寝室の中に案内された。
王宮の兵士が二人その後に続き王様の警護をする。
王様は部屋の中央にあるソファーに腰を掛けると、私とルトリア殿下にも対面のソファーに座るように促す。
「それで、この私の睡眠を妨げてまでする話とは何なのかを聞こうか」
室内の空気がピリピリと張り詰める。
これではまるで圧迫面接だ。
でもここまで来たらもう後には引けない。
プレゼンを成功させて王国に乗馬クラブ設立の為のスポンサーになって貰わなくちゃ。