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第7話 たのしい乗馬講座



 ルトリア殿下は目を輝かせながら自分を乗せたまま走って見せろと言う。


 でもそれは絶対に無理な相談だ。


 私は首を横に振ってきっぱりとルトリア殿下の要望を断った。


 乗馬を始めたばかりの人間がいきなり駈歩(かけあし)──暴れるのが大好きな将軍様のオープニングのワンシーンをイメージして欲しい──に挑戦するなんて危険すぎる。


 もちろんそれよりも速い襲歩(しゅうほ)──競馬でよく見る全力疾走──なんてもっての他だ。


 そんな事をしたらルトリア殿下が私の上から振り落とされるのは火を見るよりも明らかだ。


 そもそも私は鞍も鐙も付けていないし、ルトリア殿下はヘルメットをかぶっていなければエアバッグベストも着ていない。

 落馬して怪我でもしたらいくらお付きの回復術師がいるとは言っても大問題だ。

 元乗馬のインストラクターとして到底許可できない。


「そうか、駄目なのか……それはきっと私にリナ嬢を乗りこなすだけの技術が無いからなのだろうな」


 ルトリア殿下はさっきまでの無邪気な表情から一転してしょぼくれている。


 確かに草原や海岸線を駈歩で風を切って走り抜けるのは気持ちが良いけど、その為にはある程度の経験を積んで馬の動きを身体で理解する必要がある。

 今はまだその時ではない。


「ならばもう少し歩く速度を上げられないだろうか? 折角馬に乗っているのだ、人間と同じ速度で歩くだけでは勿体なく思う」


 ルトリア殿下も諦めきれないのか、希望を一ランク落として食い下がる。


 人間で言う早歩きにあたる速歩(はやあし)という歩き方もあるが、これがかなり馬の背中が上下するので乗っている人間は慣れないとお尻がドスドスと弾んで人馬ともに気持ちが悪くなる。


 その為鐙の上でタイミング良く立ったり座ったりして馬の背中が上下する力を抜く軽速歩(けいはやあし)という乗り方もあるのだけど、今の私にはそれを教える手段が無い。


 結局私はこれも断り、この日は私はルトリア殿下が落ちないようにゆっくり慎重に中庭を歩き回る事しかできなかった。




◇◇◇◇




 一時間程乗馬を楽しんだ頃、王宮の使用人が中庭にやってきて言った。


「ルトリア殿下、そろそろ剣術の訓練のお時間です」


「む、もうそんな時間か。リナ嬢、私は訓練場へ行かなければならない。その後にも公爵との会合やら夕方まで色々と予定が詰まっている。リナ嬢はしばらくこの中庭でゆっくりしていてくれ。そこに置いてある籠の中の食べ物は好きなだけ食べてくれて構わない。……よっと」


 裸馬に乗るのは大変だが、降りるのはそうでもない。

 ルトリア殿下は私の背中からひょいっと飛び降りて見事な着地を決めて見せた。


(はいはい、行ってらっしゃい。剣のお稽古頑張って下さいね)


 私は上下に首を振ってルトリア殿下を見送った。


 私は中庭にひとり残される形になったが、寂しいという気持ちよりも先にルトリア殿下が乗馬を楽しむに当たっての今後の課題の事を考えていた。


 これも元乗馬のインストラクターとしての(さが)なのだろう。


 私が馬の状態では思うように意思の疎通ができず、とても指導なんてできない。

 私が人間の姿になっている夜に指導しなければ上達は見込めないだろう。


 それならば草原から他の馬を連れてきて調教し、殿下にはその馬に乗って貰いながら私が指導すればいい。


 王宮で馬を飼う事になるので必要な施設や乗馬用の道具も作って貰わないといけないな。


 私の朝食としてメイド達が持ってきたリンゴやバナナをむしゃむしゃと食べながら考えを纏めていると、中庭に接した廊下を高貴そうな身なりをした数人の男女が進んでいくのが見えた。


 その中で一際美しい少女の姿に私は目を奪われた。

 長い金髪に縦ロールを靡かせて歩くその姿は正しく童話に出てくるお姫様そのものだ。


「あら? 何ですのあの汚らわしいケダモノは?」


 その女性は中庭で果物を貪り食べている私の存在に気付くと、まるで害虫でも見るような侮蔑の眼差しを向ける。


 少女の問いに付き人と思われる男性が答えた。


「ケテラお嬢様、あれは草原に棲息している馬という動物でございます。なんでも昨日ルトリア殿下がこの王宮に迎え入れたとか」


「へえ、ルトリア様にゲテモノ趣味がおありだとは知りませんでしたわ。早く行きましょう。ここは獣臭くて敵いませんわ」


 少女のその一声で一行はそそくさとその場を離れて行った。


 私はその一部始終を茫然と眺めていた。


(……何よあの女、失礼しちゃうわ。見た目は悪くないのに中身が最悪じゃない。あれが今流行りの悪役令嬢ってやつ? いや、この世界で流行ってるかどうかは知らないけど)


 私は前世でよく読んでいた色んなラノベに登場する似たようなキャラクター達を思い浮かべたが、直ぐに忘れる事にした。


(ま、今はそんな事よりルトリア殿下の事を考えなきゃ)




◇◇◇◇




 ルトリア殿下がゴリアスを連れて戻ってきたのは夕暮れ時だ。


「リナ嬢、待たせてすまなかった。公爵との会合で時間を押してしまってな。最近街道沿いの魔物の動きが……いや、これはリナ嬢には関係が無い事だな」


「ルトリア殿下、そんな話よりも早くこいつをリナさんに着せてやって下さい。早くしないとそろそろ日が沈みますよ」


「ああ、そうだな。リナ嬢、気に入ってくれるといいのだが」


 ルトリアはゴリアスから大きな赤い布のようなものを受け取るとそれを広げて私の背中に被せた。


「殿下、そこの紐を腹部の下から通して反対側にフックを引っかけるんですよ」


「ああ、こうだな。首の下の部分はこれでいいのか?」


「はい、そこに留めて下さい。次に尻尾のあたりの取りつけ方法ですが……」


 ルトリア殿下とゴリアスは私のお腹の下やその周りでごそごそと何かをしている。


 相手が私だからいいものの、あんまり無防備で馬の後ろ脚の近くに立たない方がいいよ。

 馬の機嫌次第では強烈な後ろ蹴りや横蹴りが飛んでくる事があるし、もし何かの拍子に足でも踏ん付けられたら爪が割れたり酷い時には骨が折れることだってある。

 まだまだ教えないといけない事が沢山あるな。


「よし、できたぞ」


「お見事です、殿下」


 何ができたのか分からないけど、ルトリア殿下とゴリアスはひと仕事を終えた後のように爽やかな笑顔を見せている。


「リナ嬢、あそこにある鏡を見てくれ」


 私はルトリア殿下の指差す先にある鏡を見て自分の姿を確認した。


(これってひょっとして……馬着(ばちゃく)?)


 馬着とは文字通り馬が着る服である。


 人間が服を着るのと同じように、保温目的だったり防護目的だったりと様々な用途に合わせて馬に着せるものだ。


 この世界の人間が馬着なんて知っている筈がない。

 という事はゴリアスさんが自分で考案したのかな?


 ドワーフ恐るべし。


「驚くのはまだ早いぞ。そろそろ完全に日が沈む頃だ」


 ゴリアスがそう言うか否かというタイミングで私の身体が光り輝いた。

 夜になった事で私が人間の姿に戻るのだ。


「どうですかな、殿下」


「うむ、見事だゴリアス。後で褒美を取らせよう」


 ルトリア殿下とゴリアスは人間の姿に戻った私を見てうんうんと頷いている。


 人間の姿に戻ったという事は、今の私は……裸?

 いや、私はさっき馬着を付けていた。

 だとすると昨夜のように裸の上に布を巻いているだけの状態?


「きゃっ」


 私はしゃがみ込んで両手で身体を隠す。

 しかしそれは杞憂だった。


 鏡を見ると、私の身体は美しい真っ赤なドレスに包まれていた。


「え? これは一体……」


 混乱する私にゴリアスが得意そうに解説をする。


「ふふふ、さっき君に着せた服は体型に合わせて形が変わるように細工されていてね。これ一着あれば変身する時にいちいち着替えなくても大丈夫って寸法さ」


「すごい……」


 この常識では考えられないような不自然な変形はまるで子供向けのロボットアニメの変形シーンや魔法少女アニメの変身シーンを見ているようだ。


 ルトリア殿下は満足そうな笑みを浮かべながらゴリアスを労うが、直ぐに真顔になって言った。


「しかし淑女の衣服がこれ一着では何かと不便だろう。ゴリアス、あと十着これと同じものを作ってくれ。もちろん色や装飾は違う物をな。一晩で出来るか?」


「ちょ、無茶ぶりはやめて下さい殿下!」



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