最終話 エピローグ
そして王都アルトヒルデから新王都ノイエヒルデまでの遷都が行われた。
人や荷物の移動の助けとなったのがゴリアスさんの設計で作られた馬車だ。
それによって足腰の弱い老人や病人も誰ひとり置いていかれる事なくノイエヒルデまで送る事ができた。
民衆の移動が全て完了した事を見届けた後、ノイエヒルデの中央広場で私を完全な人間にする魔術の儀式が行われた。
馬の姿の私は広場に描かれた大きな魔方陣の中に立ち、私を囲むようにフードを被った王宮魔術師たちが怪しげな道具を手に呪文を唱えている。
民衆達は魔方陣の外からその様子を眺めている。
まるで見せものだ。
一人の魔術師が杖を振りかざし「てりゃあ!」と叫ぶと、私の身体が眩い光に包まれた。
そして次の瞬間には私は人の姿に戻っていた。
太陽はまだ沈んでいない。
人化の魔術は成功したようだ。
「やった、成功だ!」
「リナさんおめでとう!」
その一部始終を見ていた民衆から歓声が巻き起こった。
「こほん、静粛に!」
喜びに沸く民衆達を黙らせたのはルトリア殿下だ。
ルトリア殿下は私の前で膝を折り、小さな箱を差しだした。
その箱の中に入っているのは言うまでもなく結婚指輪だ。
私はおもむろに指輪を受け取り、ゆっくりと指に嵌めた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「おめでとうございます殿下!!!!!」
先程よりも更に大きな歓声が巻き起こった。
今この広場にいる何千という人達が私に祝福の言葉を掛けてくれている。
私はその時嬉しさや恥ずかしさの感情が渦巻くあまり意識を失いそうだった。
一方その頃無人となったアルトヒルデには大地震が襲い、一瞬にして町は瓦礫の山と化してしまった。
後日アルトヒルデ跡はこの世界にもいた廃墟マニアたちの聖地として親しまれ多くの観光客が訪れたという。
◇◇◇◇
新たにノイエヒルデに建築された王宮は以前の物よりも遥かに大きくて美しい。
そしてその中には正式にルトリア殿下の配偶者となった私の為に作られた一室もある。
王宮のすぐ隣にはアルトヒルデよりも遥かに規模の大きな乗馬クラブが作られた。
試験を受けなかったルトリア殿下以外の生徒は皆Aランクの乗馬ライセンスを取得しているので、私の後継の乗馬インストラクターとして次の生徒を指導する事ができる。
その為ノイエヒルデの乗馬クラブでは今までの十倍近い新入生を迎え入れる事ができた。
一期生は王侯貴族だけだったが二期生の中には平民の子供たちの姿もちらほらと見える。
こうやって乗馬の文化がこの世界にも徐々に浸透していってくれれば私も嬉しい。
そしてその中にはケテラの姿もあった。
あの後十分に反省し、クリフォート公爵からも再び乗馬クラブで学び直す許しを貰ったらしい。
私も既にケテラには何の恨みもっていない。
ただ私が人間になる為の手助けをして事を感謝するのみだ。
「ケテラさん、人化の魔術について尽力してくれたこと夫から聞いています。お礼を言わせて下さい」
「べ、別にアンタ……リナ妃殿下の為にやったんじゃないんだからね。ルトリア殿下がどうしてもって言うから仕方なく……」
分かりやすいツンデレである。
「それではリナ先生……じゃなかったリナ妃殿下。そろそろレッスンの時間です」
「ここではリナ先生のままでいいですよアドラーさん」
「そういう訳にもいきません……ねえルトリア殿下」
「リナがいいと言っているのだ。構わないだろう」
「ルトリア殿下がそう仰るのなら……それではリナ先生、今日のレッスンをお願いします」
「はい、それでは今日は一時間鐙を外した状態で軽速歩のレッスンを行います」
「鬼がいる……!」
私が日中でも人の姿でいられるようになった事でレッスンを夜に行わなければいけないという制限がなくなり、乗馬クラブ内での小規模な競技会や、海岸や野山を馬に乗って駈けまわる外乗ツアーなども行えるようになった。
そして定期的に行われた王国主催の競馬大会は民衆達からも好評で、老若男女問わずそれぞれの馬に個別のファンができたりもした。
やがてルトリア殿下が次期国王に即位し、私が王妃となっても乗馬クラブのインストラクターとして乗馬の文化の普及に務めた。
乗馬の文化はいつしか世界中に広がり、アルティスタン王国は乗馬文化発祥の地として長く栄えたという。
完




