第18話 失意の中で
よりによってあのケテラがルトリア殿下の意中の人?
私が中庭でケテラに嫌がらせを受けたあの日、彼女を糾弾していたルトリア殿下の姿からは想像もできない事だ。
二人は楽しそうに笑いながら話をしている。
その内容は聞き取れないが、きっと聞かない方がいい内容だ。
折角王子様とお近づきになれて長年の夢が叶ったと思ったのにどうしてこんな事になってしまったんだろう。
いや、ルトリア殿下が好きなのは私ではなく馬だ。
そもそも一般人である私が王子様との出会いを求める事自体が身分不相応だったんだ。
私の中が嫉妬心に染まっていくのを感じる。
このまま二人の逢引を覗き見していたら気が変になってしまいそうだ。
そうなる前に身を引こう。
私はそっとその場を離れてトボトボとひとり宴会場へ戻った。
「あれ? リナ先生そんなに暗い顔でどうしたんですか? さあさあこちらで一緒に飲みましょう!」
私に気付いたアドラーが酒瓶を片手に私を呼び寄せた。
こうなったらもうやけ酒だ。
全部忘れて今夜はとことん飲んでやる!
私はアドラーから酒瓶を奪い取ると、一気に口の中に流し込んだ。
「おおー!」
その飲みっぷりに皆の歓声が響く。
この日はこれ以降の記憶が無い。
◇◇◇◇
目が覚めると既に日は昇っており私は馬の姿に戻っていた。
辺りを見回して現在地を確認する。
どうやらセフィロの宿屋の目の前のようだ。
まさか昨夜あのまま酔い潰れて外で寝てしまったのだろうか。
誰か介抱してくれてもいいのに。
「あ、リナさんお目覚めですか」
宿屋の女将が馬の姿でウロウロしている私に状況を説明をしてくれた。
私が眠っている間に既にホラント陛下は兵士を引き連れて王都へ帰ったそうだ。
酔い潰れていた私は外に放置されていた訳ではなかったらしく、誰かが宿屋の寝室のベッドの上まで運んでくれてはいたそうだ。
朝日が昇る直前にまだ私がベッドの上で眠っている事に気付いた女将が、ベッドを壊されては困るので馬の姿になる前に眠ったままの私を大急ぎで宿屋の外まで担ぎ出したというのが真相らしい。
ご迷惑をおかけしました。
「それじゃあ王都までお気をつけて」
女将はそれを伝えると宿の中に戻っていった。
セフィロ中が昨夜の宴の後片付けで大忙しらしい。
これ以上迷惑をかけられない。
馬の姿に戻った以上手伝う事もできないので早く王都へ帰ろう。
セフィロには既にルトリア殿下たちの姿はなかった。
他の生徒達も馬に乗って王都へ帰っていったそうだ。
(私ひとり置いていかれたんだ……)
普段のルトリア殿下なら私が起きるのを待って、私に乗って帰ると言いだしそうなものだけどそうしなかった。
既にルトリア殿下の心の中に私はいない。
私の心には大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
でも私には乗馬クラブで生徒達を指導するという大切な仕事がある。
しかも近日中には乗馬の試験も行わなければいけない。
私はひとり寂しく王都への帰路に就いた。
◇◇◇◇
その日は馬たちを休ませる為に乗馬のレッスンは行わず、私も王宮の寝室でゆっくりと疲れを癒した。
翌日いつもどおり日が昇る前に中庭へ行き、朝日を待つ。
いつもならそろそろルトリア殿下が中庭にやってくる時間だ。
私だっていつまでもウジウジしていられない。
そうだ、先日の事をルトリア殿下に確認しよう。
ケテラとの関係を殿下の口からはっきりと聞くまでは私も自分の気持ちに決着をつけられない。
「リナ嬢」
背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
私は振り向きながら問い詰める。
「ルトリア殿下、先日の事なんですが……あれ?」
「殿下ではなく私ですよ、リナ嬢」
しかし振り向いた先にいたのはルトリア殿下ではなくボンドールさんだった。
「ルトリア殿下からのご伝言です。重要な仕事ができたのでしばらくお会いになれないそうです」
「そう……ですか。分かりました」
「それでは私はこれで」
ボンドールさんの伝言通りその後王宮内でルトリア殿下の顔を見る事はなくなった。
夜の乗馬のレッスンにも来ない。
いったいどこで何をしているのか。
あれだけ乗馬にのめり込んでいたルトリア殿下がいないと調子が狂う。
「先生」
もう乗馬に飽きてしまったとでも言うのかな。
「先生」
それとも婚約者であるケテラに夢中で他の事なんて眼中になくなっているのかも。
「先生、聞いてますか?」
「あ、ごめんなさいアドラーさん。どうしました?」
「障害物をもう少し高くしたいんですけど」
「そうですね、今のアドラーさんの腕なら五十センチまでなら飛べると思いますので許可しましょう」
「ありがとうございます!」
いけない、今はレッスンに集中しなくちゃ。
生徒達も試験に向けて最後の追い込みをかけている。
私がこんな事じゃ生徒達に申し訳が無い。
私は自分の気持ちを無理やり押さえつけ、試験日を迎えた。
生徒たちの成長は目覚ましく、全員がAランクのライセンスを与えられるという最高の結果に終わった。
今の彼らは私と同じように乗馬の技術を他人に教える事ができるだけのスキルを有している。
私はある種の達成感と同時に一抹の寂しさを覚えた。
私が王宮にいるのは王宮近くの乗馬クラブで生徒達に乗馬を教えるという仕事を与えられているからだ。
生徒達が十分に成長した以上もうその必要はなくなった。
まだまだ生徒達では馬の調教はできないけど、今いる馬達をこれ以上調教する必要はなく、新たな馬を連れてきて調教するにしても私が王宮に住まなければいけない理由が全くない。
それどころかケテラと喧嘩をしている私の存在がルトリア殿下にとっても邪魔になるのではないか。
そろそろ潮時かな。
コンコンコン。
私がそう決心した時、誰かが私の部屋の扉をノックした。
「リナ嬢はいるか?」
ルトリア殿下の声だ。
丁度いい、私もルトリア殿下に話がある。
私は深呼吸をして恐る恐る扉を開ける。
「ルトリア殿下……」
「リナ嬢、近々ここを出ていく事になった。荷物を纏めてくれ」
私から話を切り出す前にルトリア殿下の方から私に出ていくように持ちかけてきた。




