第17話 宴
馬たちは私の言いつけ通り間隔を広く空けて魔物の包囲網の周囲を走り回る。
そして時々包囲網に近付き、突入を試みるようなそぶりを見せる。
魔物達はその動きに釣られて包囲網から少数の集団が飛び出し迎撃態勢をとる。
馬たちは再び包囲網から離れるように走り出すと、一部の魔物達が追撃を始めた。
馬たちはわざと速度を落とし、魔物達がもう少しで追いつけると勘違いするように仕向ける。
自分達が誘い出されているとは思いもしない魔物達は追撃を続け、やがて魔物の包囲網は徐々に薄くなっていった。
宿場町セフィロの入り口付近が手薄になったのを確認した私は、そこを目掛けて全力で走り出す。
鞍上のルトリア殿下も私が走り出すタイミングを図っていた事を理解しており、急な発進にも振り落とされる事なく私の動きについてきてくれていた。
「ギョヘギョヘ!」
「ウガオオオオオオ!」
ワンテンポ遅れて私の動きに気付いた魔物達が突入を食い止めようと雄叫びをあげながら襲いかかってきた。
その中で魔物の指揮官の一匹と思われる一際大きなオークの棍棒が私目掛けて振り下ろされた。
「邪魔はさせん、道を開けて貰おう!」
しかしその棍棒は私の身体には届かない。
ルトリア殿下が剣を横向きに一閃すると、オークの肉体は棍棒ごと二つに分かれて地面に転がった。
「リナ嬢、火の粉は私が払い除ける。君は思うがままに走り続けてくれ」
私は一心不乱に入り口に向けて走り続ける。
ルトリア殿下は迫り来る魔物の群れを次々と斬り捨てていく。
有言実行、魔物の攻撃が私の身体に届く事は無かった。
◇◇◇◇
「クリフォート公爵、魔物達に動きが!」
「く、いよいよ総攻撃か。王都からの援軍は間に合わなかったか」
「いえ、それがどうも様子が変です。町を包囲している魔物達の陣形が乱れています」
「何だと? 一体何が起きている! 誰か遠眼鏡を持ってこい!」
クリフォート公爵は臣下から遠眼鏡を受け取ると魔物の群れを切り裂いてこちらに向かってくる人馬の姿が目に映った。
「あれはまさか……ルトリア殿下とリナ嬢ではないのか? おい、弓兵を入り口に回せ! 殿下たちを援護するのだ! それからお前は殿下達を中へ案内しろ!」
「はっ!」
公爵配下の兵士達はルトリア殿下に近付こうとする魔物に対して矢の雨を降らせる。
「ぎょへへー!」
魔物は私たちは近付く事ができなくなり、私たちは無事にセフィロに入る事ができた。
「クリフォート公爵、無事だったか」
「ルトリア殿下、それにリナ嬢もよくぞここまで。あの包囲網を単騎で突破されたのですか?」
「他の馬たちが魔物を撹乱してくれているおかげだ。それよりも父上自らが兵を率いこちらへ向かっている。明朝には到着するだろう。それまで何としてもここを守り抜くのだ」
「おお、剣王様が!」
「これで俺達は助かるぞ!」
援軍近しの報告を耳にした兵士達の歓声が宿場町に響き渡った。
「リナ嬢、後は我々の仕事だ。君は休んでいてくれ」
ルトリア殿下は私に労いの言葉を掛けた後に下馬し、クリフォート公爵と共に防衛についての軍議を始めた。
私も長時間走り続けたのでもうクタクタだ。
お言葉に甘えてゆっくりと休ませて貰おう。
でも戦況次第では力を貸すよ。
一方、包囲網の外ではまだ仲間の人馬がヒットアンドウェイ戦法で魔物達を撹乱させ続けていた。
そのおかげで魔物達は宿場町セフィロに本格的な攻撃を仕掛けられずにいたのである。
彼らは戦後にこの戦闘の勝利の立役者とされ国王陛下から直々に褒美が与えられた。
◇◇◇◇
翌朝ホラント陛下率いる王国の主力部隊がセフィロに到着した。
自ら陣頭で剣を振るいながら軍を指揮する陛下の姿は勇ましく、国民から剣王と呼ばれ敬れているのも納得だ。
魔物の群れが壊滅したのは援軍が到着してから僅か二時間程後の事だった。
その夜、勝利に沸くセフィロでは勝利の宴が開かれた。
馬たちもその輪の中に加わって町の人から与えられたニンジンやリンゴを美味しそうに食べている。
人の姿に戻った私は生徒たちと共に宴を楽しんでいた。
「メイトウダイオーもメガロライオンもジェントルマドンナもチョウウンスゴイも……皆さん本当にお疲れ様でした」
私は馬たちの首を愛撫して労う。
馬は本来争いとは無縁な穏やかな性格の生き物だ。
王都に帰ったらまた安らかな日々を送らせてあげるからね。
「俺はこの自慢の斧でオークを五匹仕留めたぞ」
「何の、私はこの弓でガーゴイルを十匹射落とした」
自分の席に戻ると周りの兵士達は皆手柄話で持ちきりだった。
しかし今回の戦闘でもっとも多く魔物を仕留めたのは間違いなく剣王と呼ばれているホラント陛下だ。
そしてそれに次ぐのがルトリア殿下である。
手柄話が落ち着くと自然とその二人の話題になる。
「それにしても単騎で魔物の群れの中に突入したルトリア殿下の勇ましさときたらどうだ。まるで若き日のホラント陛下を見ているようだった」
まったくだ。
あんな姿を見せられたら誰だって惚れてしまうでしょう。
私は兵士達の話にうんうんと頷きながら出されたワインを喉に流し込む。
「これでアルティスタン王国の未来も安泰だな」
「いやいや、まだルトリア殿下はお独りの身だ。早くお相手となる女性に世継ぎを生んでもわらねば」
「そういえばルトリア殿下にはそういった浮ついた噂話は聞かないな」
ルトリア殿下はここのところ馬一筋だからね。
多分現時点でルトリア殿下に一番親しい女性は私だと思っているけど、私が馬の姿でいる時と人間の姿でいる時とでは殿下のテンションが目に見えて違う。
悔しいけど人間の私の魅力は馬である自分自身のそれに完敗していると言わざるを得ない。
事実この宴の最中でもルトリア殿下は私と一緒ではない。
そこで私はふとルトリア殿下の事が気になって辺りを見回すが、どこにもその姿が見えない事に気が付いた。
「どこへ行ったのかしら?」
私は席を立ってルトリア殿下を探しまわると、路地裏に向かって歩いていくルトリア殿下の姿が見えた。
「あ、ルトリア殿下どちらへ……」
私は声を掛けかけて口を噤んだ。
ルトリア殿下の隣に一人の女性の姿が見えたからだ。
ルトリア殿下はその女性に向けて今まで私が見た事もないような嬉しそうな笑みを見せている。
いや、正確には馬の私に乗っている時には見せていたかも。
少なくとも私が人間の姿をしている時は見せた事が無いのは間違いない。
彼女がルトリア殿下にとってどれだけ特別な人なのかが窺い知れる。
「そっか、あんまり考えてなかったけど、王子様なんだから周りが知らないだけで婚約者くらいいるよね」
私は誰にも聞こえないような小さな声でぽつりと呟いた。
女神様も意地悪だ。
王子様との出会いを演出して貰っても既に婚約者がいたのなら最初から私にチャンスなんてないじゃないか。
それとも婚約者から王子様を奪い取らせるつもりだったのだろうか。
そんな事をしたらそれこそ私が悪役ポジションじゃないの。
でも王子様の意中の人ってどんな人なんだろう。
私は物陰に隠れながら様子を伺った。
宴の会場から離れた場所にある路地裏は薄暗く、その女性の顔の部分に丁度影がかかっていてはっきりと見る事ができない。
もう少し近付けば顔が分かるかもしれない。
でもあまり近付き過ぎると気付かれてしまう。
私はまるで不審者のように暗闇の中をウロウロしている。
もし警備兵にこの姿を見られたら即座に職務質問をされた事だろう。
その時、雲間から現れた月明かりに照らされて女性の顔がはっきりと浮かび上がってきた。
「え? どうして彼女が……」
私は絶句した。
決して見間違うはずもない顔。
ルトリア殿下の横にいたのは私に散々嫌がらせをした罰でクリフォート公爵によって王宮から追い出され、故郷に帰る途中のあのケテラだった。
確かにケテラはクリフォート公爵と一緒に行動をしているのだからこの宿場町に滞在しているのは当たり前だけど、一体どうして彼女がルトリア殿下と一緒にいるの?




