第15話 襲撃
翌朝ケテラはクリフォート公爵とその臣下たちに連れられて王宮を後にした。
この世界では馬車の文化はなかったので公爵領までは何日もかけて全員徒歩で移動する。
その為街道沿いにはいくつもの宿場町が作られていた。
「うう……お父様、重くて腕が千切れそうです。私ナイフとフォークより重い物を持ったことがありませんでしてよ……」
「持てないのなら捨てろ。そうすれば軽くなる」
ケテラは箱に詰め込まれた自分の荷物を担いで歩かされていた。
クリフォート公爵の怒りの激しさが分かるというものだ。
何はともあれこれで私の心に平穏が訪れた……はずだったけどそれは長くは続かなかった。
クリフォート公爵の一行が王都アルトヒルデを離れた更に三日後の朝の事だ。
「ルトリア殿下! 急報です、どちらにいらっしゃいますか?」
私がルトリア殿下と一緒に王宮の中庭で日が昇って馬の姿になるのを待っていると、王都の入り口の見張り役であるミルキードが血相を変えながら王宮に駆け込んできた。
「私はここだミルキード。何事だ?」
王都の入り口から王宮まで全力で走ってきたのだろうミルキードは息を切らせながら答える。
「はぁはぁ……殿下、こちらにおいででしたか。大変です、クリフォート公爵の一行が魔物の襲撃を受けたそうです!」
「何だと!? 詳しく話せ」
「はい。先程クリフォート公爵の側近の騎士オツキイム殿が傷だらけで王都に戻って参りまして、話を聞くと公爵たちが宿場町セフィロで休養を取っていたところ、突如魔物の大群が攻めてきたとの事です。公爵たちは宿場に立て籠もっているそうですが、魔物に食料庫を焼かれてあと何日持ち堪えられるかも分からないとの事です」
王都アルトヒルデとクリフォート公爵領のほぼ中間に位置する宿場町セフィロは交通の要所であり、魔物の襲撃に備えて町全体が高い壁に囲まれている要塞都市でもある。
魔物は人間と比べると知能が低く棍棒などの原始的な武器しか使えないがその数は膨大だ。
火を使う知能くらいはある。
如何に武勇に優れたクリフォート公爵家臣団と自警団が立て篭もっているといえども二十四時間休みなく攻撃を受け続ければ長くは持ち堪えられないだろう。
「何という事だ、以前から街道沿いの魔物の動きが活発になってきたので公爵と対策を練っていたところだったのだが一足遅かったか……。急いで公爵の救護に向かわねば」
途端に王宮内が慌ただしくなった。
同じく見張りのパントスによって魔物の襲撃の報告を受けていたホラント陛下は救援部隊の出撃を急がせていた。
しかし王宮から宿場町セフィロまではどう急いでも丸一日はかかる。
一刻を争うこの状況でとても間に合わない。
王宮内に諦めのムードが漂い始めた。
謁見室では既にボンドールさんによって怪我の治療を受けていた騎士オツキイムが悲痛な表情で王様に訴えていた。
「陛下、クリフォート閣下は今この瞬間も必死に戦い続けています。せめて私が王都まで無事に辿り着き援軍の要請が済んでいる事だけでも先に伝え戻りたいと思います」
「それでは間に合いません」
思わず口を挟んだのはルトリア殿下の傍らで彼らの話を聞いていた私だ。
王国の将兵の注目が私に集まる。
「リナ嬢、だからと言ってクリフォート公爵たちを見殺しにする訳にはいかない。できる事は何でもやるべきだ」
「いえ、ルトリア殿下。彼らを見殺しにするつもりで言ったのではありません。もっと早く伝令を送る方法があるじゃないですか」
その時地平線から太陽が顔を出し、私の身体が光り輝き馬の姿に変化した。
「そうか、馬の機動力なら……。分かったリナ嬢、我々に力を貸してくれ」
元よりそのつもりだ。
私は首を縦に振る。
「乗馬ができる者には全員出撃の準備をさせろ!」
「畏まりました」
ルトリア殿下の号令で乗馬クラブの生徒たちが小屋から馬を集めて大急ぎで馬装を済ませる。
準備が終わるとルトリア殿下はホラント陛下の前に跪いた。
「それでは父上、まずは我らで宿場町セフィロへ先行します」
「うむ。我らも急ぎ兵を連れて後を追う。だが無理はするなよ」
「はっ!」
ルトリア殿下は私の背に乗ると頭上に剣を掲げて号令を下した。
「お前たち、今こそ日頃のレッスンの成果を見せる時だ! 宿場町セフィロまで一気に駆け抜けるぞ」
「はい、ルトリア殿下。試験前に丁度いい特訓代わりになるというものです!」
「うむ、その意気だ。全員我に続け!」
ルトリア殿下率いる生徒たちは僅か九騎。
魔物の大軍相手にはとても敵わない。
しかし彼らの役目は戦闘ではなく公爵たちに援軍の到着まで耐えるよう伝える事だ。
この中で一人でも宿場町セフィロに辿り着けばそれは私達の勝利である。
こうなったら私も乗り潰される覚悟でひたすら走り続けるのみだ。




