第14話 因果応報
「私、試験に向けてリナ先生に個人レッスンをお願いしていたのですわ。でも先生ったら私が合図をしてもちっとも従ってくれないんですもの」
ケテラは私がしゃべれないのをいいことに、自分に都合がいいように嘘八百を並べる。
「きっと先生は馬に乗る事は得意でも乗せる方としては調教不足なんですわ」
「そうかな? 私は何度もリナ嬢に乗せて貰っているがそんな事はなかったぞ。君の合図が悪かったんじゃないか? よし、私が手本を見せてやろう。すまないがヘルメットを貸してくれ」
「は、はい……」
公爵令嬢といえども殿下にそう頼まれれば断る事ができない。
ルトリア殿下はケテラからヘルメットを借りて頭にかぶると、ケテラを降ろして代わりに私の背中に跨った。
「それではいくぞリナ嬢」
「あっ、ルトリア殿下鞭をお忘れですわ。宜しければ私の鞭を……」
ケテラがルトリア殿下に差し出したのは先程散々私を痛めつけていた罪人懲罰用の鞭だ。
細工をされている為に見た目は乗馬用の鞭と変わらない。
あろう事かこの女はルトリア殿下が何も知らないのを良い事に、ルトリア殿下の手で私を傷つけさせようとしている。
でもケテラもルトリア殿下の事を知らないんだ。
「いや、それには及ばんよ」
ルトリア殿下は差し出された鞭を受け取らず私の横腹を脚で圧迫した。
何の非の打ち所もない綺麗な発進の合図だ。
私はゆっくりと前に歩き出す。
「ルトリア殿下どうして……」
「以前リナ嬢に聞いたのだが、彼女の世界では馬術の競技会では鞭に頼る事は邪道とされていたという。私が目指しているのはその領域だ」
事実ルトリア殿下はここ一ヶ月ほどは一切鞭を使用していない。
ルトリア殿下に近付く事だけが目的で乗馬自体に全く興味を持っていないケテラは普段ルトリア殿下がどのように騎乗しているのかを気にもしていなかったのである。
ルトリア殿下は私を少し歩かせた後、軽速歩、速歩、駈歩と図形運動の合図を次々と送る。
いずれも馬がはっきりと理解できる良い合図だ。
鞍上のルトリア殿下も私の動きにバランスよくついて来ており、人馬共に気持ちよく中庭を駆け回ることができた。
馬と人間には相性があり、その呼吸がぴったりと合うことを馬が合うという。
私とルトリア殿下が正にそれだ。
中庭を一回りした後、ルトリア殿下はケテラの目の前で私を停止させた。
「どうだケテラ。リナ嬢は私の合図通りに動いてくれていたぞ」
「……」
これだけ完璧に乗りこなすところを見せられてはケテラもぐうの音も出ないでしょうね。
ケテラは肩を震わせながら口を開いた。
「それはきっとルトリア殿下が乗っていたからですわ。きっとリナ先生は私の事を嫌っているのでわざと私の言う事を聞いてくれなかったんです」
この女、まだ言うか。
ケテラの言い様にルトリア殿下は冷めた視線を送りつつ答えた。
「では私の目の前でもう一度リナ嬢に乗ってみてくれ。ちゃんを合図を出しているのかどうかは横からでもすぐに分かる」
「……分かりました。是非ご覧下さい」
ルトリア殿下の言葉にケテラは一瞬口元を歪ませたのが見えた。
ケテラの考えている事は分かる。
彼女の鞭と拍車は私を痛めつけるのを目的に作られた特注品だ。
あんなものを使われたら私は苦痛に悶えるあまり正しく合図通りに動く事はできない。
何も知らないルトリア殿下はそれを見て先程ケテラが言った通り私が合図に従っていないと判断するだろう。
ルトリア殿下も詰めが甘い。
これではケテラの思う壺だ。
と一瞬でも考えてしまった私自身を引っ叩いてやりたい。
「ケテラ、君の拍車は金具の形が変だ。それではリナ嬢が怪我をしてしまう。今すぐ外せ」
「あっ……これは気が付きませんでした。どうやらいつものではなく不良品として処分する予定だった物を間違って持ってきてしまったようです。申し訳ありません、すぐに外します」
ケテラは必死で言い訳をするが誰が聞いても苦しい。
ルトリア殿下は続けて言った。
「それからその鞭もだ。いつもレッスン時に持っている物とは違うようだが、それは本当に乗馬用の鞭か? ちょっと私に見せてみろ」
「こ、こちらも間違えて別の物を持ってきてしまったようです……」
「そんな言い訳が通用すると思っているのか。そもそも道具がおかしいのならリナ嬢が合図に従わないのは当然だろう。乗るところを見るまでもない。これはお前の問題だ。まずはリナ嬢に詫びろ」
「は、はい……殿下の仰る通りです……。リナ様、申し訳ありませんでした」
ルトリア殿下は全て気付いていたのだ。
もはやケテラには言い訳すら思いつかないようだ。
そしてもう一人。
「ケテラ! お前はいったい何をやっているのだ! 乗馬の先生に嫌われて不当な扱いを受けているからその現場を見て欲しいと聞いて来てみれば、話が違うではないか」
「お父様……」
「この愚か者め、クリフォートの家名に泥を塗りおって!」
ルトリア殿下とケテラのやり取りを遠目に眺めていたクリフォート公爵は眉を吊り上げてケテラを怒鳴りつけた。
クリフォート公爵の反応を見る限り、公爵自体もケテラの悪巧みについては関知していないだったようだ。
ケテラの計画ではクリフォート公爵に私が暴れて彼女を振り落とす瞬間を目撃させて証人になってもらい、私を断罪して王宮から追放するつもりだったのだろう。
クリフォート公爵は私に深々と頭を下げて言った。
「リナ嬢この通りだ。全ては父である私の不徳の致すところ。ケテラには領内に戻り次第厳しく再教育を施すつもりだ。この償いは必ずさせて頂く。どうかお許し願いたい」
ルトリア殿下に面と向かって糾弾され、この後クリフォート公爵からもたっぷりと絞られるであろうケテラは二度とこんな真似はできないだろう。
「ケテラ、明日の朝出立するぞ。今すぐ荷物を纏めろ。全部お前がやるんだ。臣下の手を借りる事は許さん」
「そんな……私一人でできるはずがありませんわ。お気に入りのドレスだけでも何着あるか分かりませんのに」
「口答えをするな。今日中に荷造りできなかった物は全部捨てるからそのつもりでいろ」
「うう……分かりましたお父様……」
ケテラは涙目で中庭を後にした。
とりあえずざまぁとでも言っておけばいいのかな。




