第13話 やっぱり悪役令嬢だった件
ある日の朝、馬の姿の私が王宮の中庭でのんびりしているとそこにケテラが現れた。
「ねえリナ先生。あなたは馬の姿の時でも人間の言葉を理解しているのでしょう?」
(ええ、そうよ)
私はそれを肯定する意味で首を縦に振る。
それを確認したケテラを話を続けた。
「先生ってその姿でたびたびルトリア殿下を乗せて走っているんでしょ? 私も体験させていただきたいのですが宜しいかしら?」
ケテラが私に乗りたい?
基本的に乗馬のレッスンは私が人間の姿になっている夜にしか行うことができない。
ケテラを含めてまだ馬術のスキルが成熟していない者もおり、私が見ていないところで馬が暴れたりしたら危険だからだ。
少なくとも試験が終わって各自の技量がはっきりするまでは例え乗馬の技術の成長が著しいルトリア殿下であろうと許可できない。
しかし私に乗るのならばその心配はない。
ケテラが本当に乗馬に興味を持ち、上達する為に私に乗りたいというのなら喜んで力を貸そう。
私は首を縦に振る。
「まあ、乗せてくれるんですの? さすがは先生、話が分かりますわ」
ケテラは大袈裟に感謝の言葉を述べると、公爵家の使用人がどこからともなく持って来た鞍などの馬具を私に取り付けた。
いくらなんでも用意が良すぎる。
ケテラは私の背に跨ると、両脚で横腹を圧迫した。
発進の合図だ。
いくら生徒といえどもちゃんとした合図を送らなければ私は言う事を聞くつもりはなかったが、ケテラの合図は及第点だ。
私はゆっくりと足を進める。
「遅いですわよ!」
(は?)
ケテラは突然手にした鞭で私の腰を思いっきり引っぱたいた。
(痛い!)
私は思わずヒヒーンと悲鳴を上げる。
おかしい。
普通の乗馬用の鞭で馬体を叩かれてもこれほどの痛みを感じる事はないはずだ。
つまりケテラが今手にしているのは乗馬用の鞭ではない。
罪人に罰を与える時に使われるような本物の凶器だ。
何かの拍子にうっかり間違えて持ってきてしまったのかな?
このドジっ子め。
しかし馬である私にはそれを伝える手段がない。
仕方ないので一旦足を止め、首を振ってケテラに降りるようにジェスチャーする。
(お願いだから気付いて)
しかしそんな私の期待も空しく、鞭による第二撃が私の腰を襲った。
(だから痛いってば! いい加減気付いてよ!)
私はケテラが落ちない程度に暴れて間違いに気付かせようとしたが、ケテラは私の腰に更にもう一撃を加えた。
ここにきて私は漸く気が付いた。
(この子もしかして分かっていてやってる!?)
私は首を曲げてケテラを見ると、その顔は醜悪な笑みを浮かべていた
「あはははっ、いいザマですわ!」
ケテラはバシバシと鞭を叩きながら更に両脚で拍車をグリグリと押し付けてくる。
(痛い!)
こちらも通常の拍車とは異なり金具の先端が鋭利な刃物のようになっていた。
(一体どういうつもりなの!)
こうなったら仕方がない。
私は即座にケテラを振り落とそうと考えたが、その時ケテラの父であるクリフォート公爵やその臣下たちが睨めつけるようにこちらの様子を見ているのが目に入った。
今ここで私が暴れてケテラを振り落としたらどうなるのだろうか。
私は異世界から転生してきた乗馬の先生という立場ではあるがその身分はただの平民と変わらない。
公爵家のご令嬢に怪我でもさせようものなら大問題となるだろう。
ケテラは手綱を引っ張り上げて無理やり私の首を後ろに曲げさせると、私の耳元で呟いた。
「先生だか何だか知らないけど身の程は弁えて貰いたいものね。私とあなたとでは身分が違うのよ。お陰様で乗馬の腕は十分上達できたからもうあなたに用はないわ。これに懲りたらさっさとルトリア殿下の前から消えてくれる?」
なんて女だ。
そもそもケテラの乗馬の腕は初心者と大差ないけどそんな事を突っ込んでいる余裕はない。
ケテラは手綱を引く力を緩めない。
ハミが私の口に食い込んで激痛が走る。
もう我慢の限界だ。
こうなったらクリフォート公爵が見ていようが関係ない。
ケテラを振り落として一旦この中庭から逃亡し、夜に私が人間の姿に戻った後にルトリア殿下にこの出来事を訴えよう。
しかし今この中庭にはクリフォート公爵家の人間が大勢いる。
逃げ切れるかどうかは分からない。
でもやるしかない!
私がケテラを振り落とそうと両肢に力を入れて立ち上がろうとしたその時だ。
「お前達、ここで何をしている!」
怒鳴り声を上げながら中庭に飛び込んできたのはルトリア殿下だった。
「え!? ルトリア殿下どうしてこちらに……今は剣術訓練のお時間では?」
「中庭が騒がしいと聞いてな。訓練を切り上げて様子を見に来てみればこの有様だ。どういう事か説明してもらおうか!」
「は、はい……それは……あの……その……」
先程の高圧的な態度はどこへやら、ケテラはルトリア殿下に気圧されて完全に萎縮している。
私の目にはルトリア殿下が遅れてやってきたスーパーヒーローに見えた。




