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第11話 最初が肝心



「さすがはルトリア殿下ですわ。(わたくし)思わず見惚れてしまいました」


 そう言ってルトリア殿下にベタベタと身体をなすりつけながら賛辞を送っているのは公爵令嬢のケテラだ。


 しかし当のルトリア殿下はそれを気にするでもなく軽く流し、まだ無口の付け方が分からない他の生徒たちにもやり方を教えている。


 ルトリア殿下に無視される形となったケテラは殿下に聞こえないように舌打ちをして、一瞬こちらを睨みつけたのを私は見逃さなかった。


 なるほど、この人はルトリア殿下を狙っているのか。

 乗馬を通してルトリア殿下とお近づきになろうと言う算段だろう。

 そしてその為には現時点で一番殿下に近い位置にいる私の存在が邪魔なのだ。


 まあルトリア殿下はどちらかというと私個人が好きというよりも馬が好きなご様子だけどね。


 文字通り敵は自分自身という訳だ。

 うかうかしていられないな。


 ルトリア殿下が無口の装着に成功した後、他の生徒達もそれに続くように次々と成功していった。


 一度でも成功して感覚を覚えればもう大丈夫だ。

 次回以降は同じ事をするだけだからね。


「先生、全員終わりました!」


 全員が無口の装着が完了したのを確認した後、皆を洗い場まで誘導する。


 洗い場ではまず無口に取りつけられた紐を柱に縛り付けて馬が逃げないようにする。


 ここでまず馬にブラッシングをしたり、馬が怪我をしないように(ひづめ)に詰まっている土やゴミを鉄爪で掻き落とす裏堀りと呼ばれる手入れをするのだけど、この裏堀りという作業が思いのほか初心者には難しい。


 まず肢の裏を掃除するのだから肢を持ち上げる必要がある。

 それ自体は簡単だ。

 しかし馬は生き物である以上動くのだ。

 裏堀りの途中なのに折角持ち上げていた肢を勝手に下ろす程度ならまだいいけど、馬によっては後ろ肢を持ち上げた時に嫌がって横蹴りを放ってくる事もある。


 必要以上にビクビクする必要はないけど、常時緊張感を持って対応して欲しい。


 それからもうひとつ、ある意味ではこちらの方が重大問題だ。


 後ろ肢の裏堀りをしている時、馬のお尻の下の付近に自分の頭が来るような体勢になる。


 何度も言うが馬は生き物である。


 生き物である以上、当然(ボロ)をする。


 私も前世で後ろ肢の裏堀り中に頭の上から糞が降り注いだ経験がある。


 ヘルメットに何かが当たっているなとは感じたものの、最初それが糞だとは思いもよらなかった。

 てっきり馬がいたずらで尻尾でもぶつけているのだろうと思ったが、裏堀りを終えて体勢を戻すと先程まで私がいた位置に大量の糞が転がっていた。


 ここで私はようやく状況を把握した。

 間違いなくヘルメットをかぶっていなければ即死だっただろう。


 私はあの時の感覚を思い出して身震いをした。


 そうしている間に生徒達は四苦八苦しながらも何とか手入れを終わらせていた。


 馬の手入れが終わると次は乗馬に必要な道具を馬に取りつける。


 馬の背中の上にまず馬の背を保護するゲルを乗せる。

 更にその上にゼッケンと鞍を乗せ、その両側をお腹の下から通した腹帯で固定する。

 腹帯が緩んでいると鞍がずれたりして乗っている人が危ないのでここは念入りに指導をする。


 そして鞍の両側に付いている鐙を下ろして長さを調整する。

 長すぎても短すぎても駄目だ。


 勉強熱心なルトリア殿下はメモをしながら私の話を聞いている。

 慣れれば自然と覚えられる事ばかりだからそこまでしなくてもいいんだけど、その貪欲に知識を吸収しようとする姿勢は尊敬する。


 また、馬によっては気性を押さえる為にメンコと呼ばれるマスクのような物などの様々な補助道具を付ける事もある。


 最後に装着するのは頭絡と呼ばれる、文字通り馬の頭部に装着させる馬具だ。

 今付けている無口も頭絡の一部ではあるが用途は全く異なる。

 今から装着する頭絡には馬の口に含ませるハミと呼ばれる金具が付いており、そこから手綱が伸びている。


 装着方法はまずハミの部分を馬に咥えさせてから無口と同様に大きな輪っかの端っこの部分を耳の後ろに引っかける。

 そして顔を包むように複数の紐を巻いて反対側に繋げる。

 これで頭絡が馬の頭部に完全に固定される。


 私はまず実際に手本を見せたが、初心者にとってはかなり難しく生徒達は何度も失敗を繰り返しながら試行錯誤を繰り返していた。


 ようやく全員の準備が終わったのは生徒が馬小屋から馬を出してから一時間以上が経過した後だ。

 初日だけあって思ったより時間がかかったけど、次からはもっと早くできるはず。

 皆今日の感触を忘れずに覚えておいて欲しい。


 私は生徒達を労わりながら実際にレッスンを行う馬場へと案内する。


 馬場の土は落馬した時にクッションになるようにふかふかになっているが、それでも落ち方によっては怪我をする事もある。


 私はまず馬から落ちた時の受け身の取り方を伝授する。

 大切なのは自分の足が地面に触れるまで手綱は離さない事。

 手綱さえしっかりと握っていれば頭から地面に落下する事はまずないので最悪の事態は回避できるはずだ。


 馬に振り落とされた時に握っていた手綱が千切れてそのまま身体が飛んでいく事も偶にあるけど、この手綱を作ってくれたのはゴリアスさんでありその丈夫さは折り紙付きだ。

 後は毎日メンテナンスさえしっかりしておけば問題はないだろう。


 そして落ちた後は馬に引きずられないように手綱を離す事も重要だ。

 何も自分から西部劇のようなカウボーイの馬に引きずられる山賊ごっこをする必要はない。


 乗馬前の注意事項の説明が終わるとまず私が馬に乗る。

 メイトウダイオーと名付けた額に白く輝く流星模様がトレードマークのこの栗毛の馬は、この世界では私の弟馬にあたり、群れで一番頭がいい仔だ。


「それではまずは私が手本を見せますので良く見て下さい」


 私は馬の上で姿勢を正すと、馬の横腹を脚で圧迫して前進の合図を送った。


 メイトウダイオーはゆっくりと時計回りに円を描くように歩き出す。


「まずは馬の動きに合わせて、邪魔をしないように一緒に腰を動かします。これは基本なので良く覚えておいて下さい」


「ふむふむ……」


 ルトリア殿下だけは熱心にメモを取り続けているが、他の生徒達の反応はイマイチだ。


「先生、馬はもっと速く走れると聞いています。思いっきり走るところが見たいです!」


 私にリクエストを投げたのはアドラーだ。


 今日は常歩のレッスンだけの予定だったから馬を走らせる予定はなかったけど、彼らに乗馬の奥深さを知って貰うには最初から出し惜しみをしちゃ駄目かな。


 私はそう思い直し、手綱をぴんと張りメイトウダイオーの両脇腹を強く圧迫する。


 メイトウダイオーはその合図に反応して速度を上げる。


 速歩だ。


「おお!」


「速くなったぞ!」


 それを見て生徒たちから歓声が上がる。

 いい反応だ。


 私は続けて左足をやや後方に下げメイトウダイオーの両脇腹を圧迫する。


 メイトウダイオーは更に速度を上げる。


 時速約二十キロメートル。

 駈歩だ。


 風を切って走る私とメイトウダイオーの姿に、生徒たちから更に大きな歓声が上がった。


 折角だからもう少し驚かせてあげるとするかな。


 「いくよメイトウダイオー! お前の末脚を見せてあげて!」


 私の合図でメイトウダイオーは更に速度を上げる。

 競馬の走り方でお馴染みの襲歩だ。


 時速にすると約六十キロメートルくらいだろうか。

 広い馬場内でもこれだけの速度で走ると小さく感じる。


 生徒達はその迫力に圧倒されていつしか言葉を失っていた。


 私はある程度走ったところで少しずつスピードを落とし、今度は図形を描くように動かしたり、後ろ向きに歩かせたりしてみせる。


 一通りの技術を見せた後に生徒達の前で止まり下馬した。


「このように、乗馬ができるようになれば速く走らせるだけではなく、馬を自在に動かせるようになります。焦らずに少しずつ覚えて行きましょう」


「すげー!」


「俺も先生みたいに馬を動かせるようになりたいです!」


 よし、掴みはオッケーだ。


「それでは今日のレッスンを始めます」



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