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第10話 始動



 ルトリア殿下の指揮の下で乗馬クラブの施設の建設が始まった。


 乗馬に必要な道具の開発はゴリアスさん率いるドワーフ達が力を貸してくれた。


 乗馬クラブの運営に必要なスタッフについてもルトリア殿下が募集を掛けるとあっという間に集まった。


 さすがに王家が全面的にバックアップしていると宣伝効果も抜群だ。


 彼らが必要な施設や道具を作っている間に私は草原へ戻り、仲間の馬達を説得して王宮に連れてきた。

 毎日人間を乗せる仕事をするだけで、食料の心配もなく肉食獣や魔物に襲われる事もない安全な寝床を提供されると聞いた馬達は喜んで私についてきてくれた。


 夜、私が人間の姿になると馬の調教を開始する。


 騎手は(きゃく)などによって馬に合図を送って操るが、馬が合図通りに動いてくれるのは調教師が予め合図の意味を馬に教えているからである。

 私は連れてきた全ての馬に私が知っている限りありとあらゆる合図の意味を叩きこんだ。


 他にも私はスタッフに馬の世話の仕方を指導したり、出来上がった道具の品質を確認したりと大忙しだ。


 これらは私が人間の姿でいられる夜の間にしかできない。


 気がつけば私は昼間は馬の姿で睡眠を取り、夜に諸々の作業をするという完全に昼夜逆転の生活になっていた。


 こうして私がこの世界にやってきてから半年ほどの時間が流れた頃、ついに念願の乗馬クラブが王宮から目と鼻の先に完成した。


 とはいったもののスタッフはまだまだ未熟だし他人に馬術を教える事ができるのはまだ私一人だけだ。

 必然的にレッスンは夜に行うしかない。


 施設の周りには多くの篝火が焚かれ、その一角だけが真昼のように明るく照らされている。


「先生、宜しくお願いします!」


 今私の前にはルトリア殿下を含めて乗馬に興味を持ち生徒となった十人の男女が私が指定した通りの乗馬用の服装で並んでいる。

 本当はもっと多くの希望者がいたのだけれど、私一人で見る事ができる生徒の数には限界があるので人数制限を掛けさせて貰った。


 競技会に出場する訳ではないのでシルクハットをかぶったり燕尾服をビシッと決める必要はないけど、身体を動かす邪魔にならず怪我も防止できる程度の格好はしておく必要がある。


 不測の事態に備えて頭部を守るヘルメットと、落馬時に上半身を保護してくれるエアバッグベストは最低限装備しておかなければならない。


 下半身にぴったりとフィットする乗馬用ズボン(キュロット)、脚部を保護するブーツ、手綱を握る拳を摩擦から保護するグローブなども必需品だ。


 他にも様々な道具があるが、挙げていけばきりがないので割愛する。


 生徒達は全員が王侯貴族だ。

 ルトリア殿下以外ほとんどが初対面だが、その中に一人だけ見覚えがある人物がいた


 長い金髪を縦ロールにセットしている美しい女性。

 私が王宮の中庭で見たあの人物に間違いない。


 生徒名簿で覚えたその名前はケテラ・ダート・クリフォートという。

 その素性は古代魔術研究の第一人者といわれている王国の重鎮クリフォート公爵のご令嬢である。


 あの時馬である私を見て汚らしいとか獣臭いとか暴言を吐いていた女だ。

 そりゃ確かに馬は獣臭いかもしれないけどさ。


 でも何でそんな女が乗馬クラブにやってきたんだろう。


 あの後で馬の魅力を理解して心を入れ替えたとでも言うのかな?

 だったらあの日の事は不問にしてあげよう。


 今の私は乗馬の先生であり、彼女はいち生徒だ。

 個人的な感情はこの際捨て去ろう。


 私は生徒達の前で挨拶をすると、早速レッスンを始める……前にやる事がある。


 乗馬をする為の準備は生徒達が自分で行わなければならない。


 まずは生徒達が馬小屋の中から馬を出して洗い場へと連れていく。


 その際、無口と呼ばれる道具を馬の頭部に取りつけ、さらに無口に付けた紐を引っ張って馬を誘導するのだが、初めて経験する生徒達はそもそも無口を馬の頭に装着する段階で手こずっている。


 私にもあんな頃があったなと思わず感慨に耽るが、今の私は先生である。

 生徒が分からない事は教えなければいけない。


 私は余っている無口を手に持ち、実際に馬に装着するところを生徒達に見せる事にした。


 まず小さな輪っかの部分を馬の口に通しながら大きな輪っか部分を耳の後ろにひっかける。

 最後に余った紐部分を馬のあごの下を通して反対側にひっかければ装着完了だ。


 文章にすると簡単だが、慣れていない人が実際にやってみると思いの他難しい。


 馬は動くのだ。


 馬は身体が大きいので、軽く首を上下左右に振るだけでも人間にとってはとてつもなく大きく動いている事になる。


 生徒達は私に倣って無口の装着を頑張っているが、馬の動きに翻弄されてなかなか思うようにいかない。

 ルトリア殿下ですら未だに装着できていない程だ。


「先生、できません。何かコツがあれば教えて下さい」


 挙手をして私に教えを請うたのはメレク伯爵家の長男であるアドラーという青年だ。

 年齢は十七歳でその顔にはまだあどけなさを残している。


「コツねえ……」


 コツといわれても、慣れれば何も考えなくてもできる事なので逆に困ってしまった。


「そうですね……強いて言えば、馬の首を動かさないようにしてさっと掛ける事でしょうか」


「成る程、分かりました!」


 その生徒は力づくで馬の頭を押さえつけようとする。


 違う、そうじゃない。


 頭を押さえつけられたその馬は嫌がって大きく首を振り、アドラーはその首の力に押し飛ばされて転倒した。


「いてて、なんて力だ……」


「アドラーさん、馬は人間よりも力持ちなので力ずくで制しようとするのは止めましょう」


「はい、身にしみて理解しました」


 生徒達が苦戦をする中、無口の装着に成功した生徒がひとり現れた。


 ルトリア殿下だ。


「どうだリナ嬢、私もやればできるだろう」


 ルトリア殿下は偉業を成し遂げた英雄のように得意満面の笑みで胸を張っている。


 経験者から見れば威張る程の事でもなんでもないのだが、ここでいらぬツッコミを入れて生徒達のやる気を殺ぐのは得策ではないのでとりあえずルトリア殿下に「よくがんばりました」と褒めながら拍手をしておいた。


 私はその後で気が付いた。


 ルトリア殿下、これ後で今日の自分の事が恥ずかしくなって枕に顔を埋めるやつだ。




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