噂のラーメン屋
俺は自称グルメの男。
ラーメンにかけては相当数食しており、「通」に分類されてもいいと思っている。
友人共は、俺のふくよかな下腹を見て、
「メタボ一直線だな」
などと悪口を言う。
確かに最近はすぐに疲れるし、以前ほど豪快に食べまくることはできなくなっている。
健康にも気をつけないと、妻と子供達が路頭に迷う結果になりかねない。
これからは食べ歩きはほどほどにしよう。
そう心に誓った。
しかし、そんな誓いなどすぐに反故にしてしまうのが自称グルメたる所以であろう。
早速新しいラーメン屋の情報をネットで入手し、場所を確認して出かけてみた。
そのラーメン屋は、商店街の片隅にあり、とても名店とは思えない雰囲気だった。
数をこなして来た人間ならではの勘だ。
失敗したかな、と思ったのだが、それでもここまで来たのだからと入口の引き戸を開いた。
「いらっしゃい」
店の中には客は1人もいない。
混雑を予想して時間をずらしたせいだろうか?
更に嫌な予感がした。
「何にしましょう?」
厨房には店主らしき老人がいて、考える間もなくそう尋ねられた。
「ラーメンを。ゆでたまご付きで」
俺は一番無難な注文をした。
「はい」
老人は愛想が悪い訳ではないのだが、取り立てて印象がいい訳でもない。
俺は店内を見回した。
奇麗にされたカウンター。
雑誌が並べられている書棚も、雑然とではなく、整然としている。
店主が奇麗好きで、几帳面なのだろう。
すると急に期待が持てた。
もしかすると、本当に穴場なのかも知れないと。
「お待ちどう様」
目の前にラーメンが置かれた。
「!」
スープの香りが鼻をくすぐる。
一口蓮華で掬って飲んでみる。
凄い。
俺は大概の店の合わせ出汁を全部見破る自信があるのだが、これはわからなかった。
魚の焼き干し、豚、鶏、何種類かの野菜。
水も違うのかも知れない。
しかしそれだけではない。隠し味に何か使われている。
それがわからない。
俺はまるで何かに取り付かれたようにスープを飲み、麺を啜った。
完食。
不味ければ一口でやめるつもりだったが、スープも残さなかった。
俺は満足感に浸りながら、店主に尋ねた。
「教えてもらえないでしょうけど、スープの隠し味に使っているのは何ですか?」
店主はニヤッとして、
「隠し味なんて使ってませんよ。ごく普通の組合せです」
と厨房が暑いのか、ハンドタオルで汗を拭いながら答えた。
「すみません、失礼します」
店主は鍋が気になるのか、踵を返した。
どうしても真相が気になった俺は、立ち上がって厨房を覗き込んだ。
まな板の上にあるのは、野菜の切り屑と包丁。
麺はどこかの製麺所から仕入れているもののようだ。
もっと奥を見ようとした時だった。
「う!」
いきなり店主に右手でアゴを掴まれた。
「お客さん、覗かないで下さい。困りますので」
「す、すみません」
店主の顔はさっきと変わっていた。
犯罪者。
言い過ぎかも知れないが、そのくらい目つきが鋭くなっていた。
「どうしても知りたいんですか?」
「い、いえ、それは・・・」
俺は怖くなって逃げようとしたが、店主は意外に力があり、アゴを放してくれない。
「隠し味を教えてあげますから、口を開けて下さい」
「け、結構です」
「開けなさい!」
店主が怒鳴った。俺は恐怖のあまり、口を開いた。
「隠し味知りたいんですよね? これですよ、これ!」
店主は俺の口の中に左手の指を突っ込んで、舌を引き出した。
「あいれれ!」
俺は悲鳴にもならない情けない声を出した。
「特にグルメ自慢の連中のこれが、一番いい出汁が採れるのですよ!」
店主の目は血走り、右手には包丁が握り締められていた。