おぞましいモンスターと憧れの最強の能力
「おーい・・・」
声が聞こえる。誰の声かは分からない。
「おーい、無事なのぉ?生きてるー?」
次いで、ペチ、ペチ、という音が冷たい感触と共に頬に響いた。
続けざまに、頬を引っ張られる感覚が伝わる。
幸人はおっくうそうに眼を開けた。
視界はぼやけていたが、すぐに鮮明に目の前の光景が映った。
そこで見えたのは、1人の幼女だった。
年齢は10歳くらいで目鼻立ちが整っている。
この少女は確か、神の妹・・・名前はオリーヴだったはずだ。
オリーヴは、どんよりとした灰色の雲を背後に、幸人の顔をほぼゼロ距離で覗き込んでいた。
「おお、ようやく目を開けた。意識とかある?私の顔は見える?脳みそグッチャグッチャになってない?」
仮に脳が崩壊していれば、こうして何かを考えることは出来ないと思う。
「問題ないよ・・・ちゃんと見えてるよ」
「良かった良かった!1時間も寝てるから、もう起きないのかなって思ってたところだったの。でも安心した」
穏やかにほほ笑むオリーヴ。
不意に、彼女と神のやり取りを思い出した。
オリーヴはそれほど気にしていない様子だったが、神は明らかに嫌悪感をむき出しにしていた。
普段からあのような感じなのだろうか。
「んー?言いたいことあんの?私、兄さんみたいに、相手の考えてること全然読み取れないからさ」
幸人は、視線をまっすぐ向けるオリーヴから視線を逸らしつつ「何でもないよ」と言う。
彼女を両腕で抱くと、上半身を起こして周囲を見回す。
見えるのは、建造物の瓦礫や抉れたアスファルトだ。
すぐ近くには、自動車用の信号機も転がっており、隕石の落下の後も複数見られる。
恐らく、ここが崩壊後の地上だ。
そして自分は、神に「ボスモンスターを5体倒す」という仕事を与えられて転送されたのだ。
幸人はゆっくりと立ち上がり、眼下にオリーヴを降ろした。
まずは歩いてみよう。ボスの居場所は分からないが、辺りを観察しながら歩くことで、手がかりが見つかるかもしれない。
そう思った時のことだった。
オリーヴが、甲高い悲鳴をあげ、幸人に倒れかかってきた。
幸人は、そんな彼女を咄嗟の判断で支えた。
「どうした・・・の」
言葉が止まった。
彼女の肩を掴んだ時、硬い物が指に触れたのだ。
それも細長く、後頭部から直接伸びているような感覚があった。
次いで、指に温かい液体の感触が包み込んだ。
そこで分かった。
オリーヴの左肩には、矢が刺さっていた。
ふと、殺気を感じ取り前を向く。
そこには、ボウガンを構える人・・・いや、人型の何かが2体いた。
スクラップになった電化製品と、生物の肉片や臓器をゴチャゴチャにつなぎ合わせて、無理やり人の形にしたような何かだ。
そういえば。
神は、この世界にはボス以外にも「モンスター」がいると言っていた。
恐らく、眼前に立っている存在はモンスターだろう。
直観的にそう思った瞬間、モンスターたちは矢を放った。
避ける暇もかばう暇もなかった。
2本の矢は、オリーブの後頭部に突き刺さり、1本は左目を、もう1本は額を貫いた。
生々しい音が響き、オリーヴは地面に倒れた。
嫌な予感に押されるように、彼女に声をかけつつ肩を揺する。
だが、反応はない。口と右目を大きく開いたまま動かない。
幸人は、腹の底が冷えると同時に深い絶望感に襲われた。
だが、モンスターたちは、幸人にそれ以上の感情を覚えまいと言わんばかりに、俯いていた幸人に矢を放った。
矢は、幸人の大腿部と額を貫いた。
意識が揺らぎ、倒れ込む。
しかし。
「・・・?」
自分は死んでおらず、意識がハッキリしていることに気が付いた。
戸惑いながらも立ち上がる。力が抜ける感覚もないのでしっかりと踏みとどまっていられる。
再度矢が放たれて、それらは額に命中した。脳が串刺しになる感覚がした。
だが、そんな矢の攻撃がもたらす痛みは、ガマン出来ないほどではなかった。
幸人が自身の額から矢を引き抜くと、傷口は一瞬のうちにふさがり、痛みも完全に消滅した。
信じられない話だが、これらが自分の能力なのだろう。
自分は神から「不死」「痛覚の鈍化」「高度な治癒力」という3つの能力を与えられたのだ。
しかし、それら以外の別の能力も与えられたことを知っている。
幸人は、両手を自身の胸の前に持ってきて意識を集中させる。
すると、幸人の目の前で、冷気を放つ「氷」が生成されていった。
矢を受けつつも生成を続ける。
氷は歪ながらも徐々に大きくなっていき、幸人の背丈を超えるサイズになる。
幸人が力を込めると、氷塊は、突如発生した一瞬の突風に押されてモンスターに突撃した。
のんきにも矢を構えるモンスターたちに衝突し、一瞬の甲高い音を鳴らして砕け散った。
「氷魔法」と「風魔法」だ。これらの魔法も神に与えられたのだ。
モンスターたちは、氷と同様に砕け散っていた。もう襲ってくることはないだろう。
幸人は、近くで倒れているオリーヴを抱き起こす。
やはりピクリとも動かない。
しかし、オリーヴが、表情を変えずに口を動かしていることに気が付いた。
何かを喋っているようだが、声が小さくて聞こえない。
そこで、カルルが耳を近づけてみると、このように言っていたことが分かった。
「もう、死んだふりしなくてもOK?OKなら矢を抜いてほしいな」
幸人は安堵の息を漏らす。
彼女もまた、ちょっとやそっとの攻撃で死ぬことはないようだ。