神と出会って地上に降り立つ
気が付くと。
幸人は白い空間で仰向けになっていた。
ゆっくりと瞬きをして、それから周囲を見回す。
広大無辺なエリアだ。
全体を通して白く、一切の穢れを受け付けないという気概さえ感じた。
自分は、何故こんな場所にいるのだろうか?自分に何があったのだろうか?
暫く考えて、それから、自身の眼前に迫る隕石のことを思い出した。
その後の記憶はないが、恐らく自分は隕石に潰され、贓物をぶちまけながら死んだのだろう。
ならば、ここは死後の世界ということか。
天国?地獄?はたまた極楽浄土や桃源郷だったりするのだろうか。
「よう!」
不意に、何者かが挨拶と共に幸人の顔を覗き込んできた。
幸人は反射的に体を震わせ息を細く吸った。
「ハハハッ!驚いてやんの!気分はどーよ?久しぶりに眠ってスッキリしたか?」
幸人の目の前にいるのは、茶髪ロン毛の男性だった。
Tシャツにジーパンというラフな格好をしている。年齢は20歳前半だろう。
一体どこから現れたのだろうか。そもそも彼は何者なのだろうか。
幸人が何も答えないでいると、男性は、幸人の考えを見透かしたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「俺か?俺は神だぜ」
幸人が質問をしようとした時、男性は「まあ待て」と静止を促しつつ指を鳴らした。
すると、何もなかったはずの空間に、黒い革に包まれたソファが2脚、向かい合うように出現した。
「色々あって混乱してんだろうが、とりあえず座りな。アンタが知りたいこと、言える範囲で説明してやるし質問にも答えてやる」
男性はそう言うと、片方のソファにドカッと腰を下ろし足を組んだ。
「・・・」
今は話を聞く他ないだろう。
幸人は体を起こすが、男性の言うように長く眠っていたのだろう。関節がきしむ感じがした。
それでも何とか体を動かし、指定された席に座った。
「よし、んじゃあ1つずつ説明していくぜ」
男性はそう言い、腕を組んだ。
「まず、地上に大量の隕石が落っこちてきた。数千、数万って数の隕石がいっぺんにな。原因は、人間を好まねぇ奴の力が関係してる。アンタはそれらのうちの1つに押しつぶされて死んだ・・・ここまでは良いか?」
「その・・・奴っていうのは?」
「詳しいことは言えねぇが、俺と同じ神だ。俺や天使が必死に阻止しようとしたんだが・・・」
男性は、舌打ちをして片手で頭を抱えた。その表情には悔しさや怒りがにじみ出ていた。
少しの沈黙の後、男性は顔を上げた。
「話を続ける。隕石は、お前以外の人間を次々と押しつぶした。潰されなかった人間も、隕石の破片に全身を抉られたり衝撃で吹っ飛ばされたりした。中には、倒壊した建物の下敷きになって死んだ奴もいたな」
「生きてる人間は地上にいるんですか?」
「いーや。俺の知る限りだと人間は全員死んだな。・・・つーかその質問はよ、「生きている人間は存在する」って答えが欲しいための質問だろ?アンタが考えていることは完璧に分かってるっての」
質問の意図を見透かされ、幸人は動揺した。
幸人は、人間が嫌いというわけではない。
世界には良い人間もいることは知っているし、生前に何度かそんな人間と交流をしてきた。
だから、そんな人には生きていてもらいたかったりした。
しかし彼が言うには、善良な人間も、それ以外の人間も等しく死んでしまったという。
彼の言葉が本当かどうかは別として、生前に見た大量の隕石を見る限り、人類が滅亡したとしても無理はないと思う。
悲しい気はするが。
「そんでよ。地上はすっげぇズタボロになっちまった。それとどういう訳か、隕石が衝突した後、地上に異形の怪物が大量に出現するようになった。俺や天使たちは、その怪物のことを「モンスター」って呼んでるがな」
「・・・モンスター?なぜ地上に?」
「んー・・・そこんトコロは天使たちに調査をするよう命令してある。隕石が原因であることはほぼ確実だが、詳しいことは不明ってやつだ・・・まぁとりあえず、「アンタを含めた人間は全員、隕石に影響で死んだ」「地上は荒廃し、モンスターだらけになっている。理由は不明」この2つを覚えておきな」
幸人はうなずいた。
自分でも、こういったことをすんなり受け入れられるのは不思議であった。
日常が崩壊し、地上はモンスターでひしめいているなど、通常ならば考えることも忌避すべきなのだろう。
だが幸人は、心のどこかで人が滅びた世界を見てみたいという願望を抱えていた。
そんな望みが偶然にも叶ってしまったので、彼の話を素直に受け入れられるのだと思う。
「そんで、死んだ人間たちは、天国に行くための審判のためになげぇ列を作ってる。実はアンタもそのなかの1人だったんだぜ?それも5年間、ずーっと並んでたんだぜ?」
「それじゃあ・・・」
「並んでたはずの自分が、どうしてここにいるのか。そう聞きたいんだろ?」
「・・・はい」
何もないはずの空間からソファを取り出し、思考を見透かし、隕石降下の事実を知っている。
少なくとも彼は、人ならざる者であると思った。
「簡単なことだ。アンタには才能がある。才能が俺の目を引いたんだ・・・本当だぜ?じゃなきゃ、わざわざ引き抜いて、俺の部屋に連れてこねぇっての。その後に、5年間もここで寝かせるなんて、ふつーはしねぇからな」
この発言は怪しいが、ひとまず話を聞くことにした。
「いいか?これからアンタが選ぶ道は2つのうち1つだ。1つは、死者の列に最後尾から並びなおして審判を待つことだ。そしてもう1つは、俺が与える仕事をこなして、アンタが俺の力で神になることだ」
「後者について詳しくお願いします。どうすれば神にしてもらえるんですか?」
考えるまでもないことだ。何かの頂点に立つことは人間に共通する欲望なのだから。
それに、幸人は自身の支配欲の強さを知っている。神になれば、様々な存在を跪かせることが出来て、さぞや快感だろうと思った。
ひとまず仕事を引き受けてみるのもアリだろう。もし無理なら、「やはり天国行きたい」という旨を男性に話せば良いのだから。
「ハハハッ!良い食いつきっぷりだ!なーに、仕事の内容はシンプルよ!今から地上に行って、少し特殊なモンスター・・・いわゆる「ボス」を5体倒すだけだ」
続けて神は、「ボスどものせいでちょいと面倒なことになってる」「本当は俺がやるべきなんだが今は忙しい」と説明をした。
「転送前に、俺がアンタに超強い能力をくれてやる。頭を打っただけで死ぬような人間じゃ、まずこの仕事は務まらねぇからな・・・安心しな。この仕事を中断する気にも、天国に行く気にもなれないほど強力なやつをやっから」
またしても考えを見透かされて表情を硬くしたが、この話を聞いた幸人の脳内はポジティブな感情で満ちた。
生前にはなかった心の踊るような出来事を、彼のおかげで体験することが出来るからだ。
能力を与えられるという出来事は、小説やゲームといった創作の世界の生物の特権であると思っていたからだ。
目の前の男性の正体が、神でも悪魔でもなんでもいい。
これから地上に行くことが楽しみで仕方がなかった。
「アンタに与える能力についてだが、まぁ、地上を歩いているうちに何となく分かってくると思うぜ。何たって、アンタには才能があるんだからな」
「そんじゃ早速」と言い、幸人に手の平を向けようとしたが、突然動きを止め、小声で「ああ、忘れてたわ」とつぶやいた。
神が指を鳴らすと、神の正面の空間が輝き出し、数秒後、光が治まる。
すると、光と置き換わるように、少女が出現した。
白いワンピースを着用した金髪セミロングの少女だ。
華奢な体躯に白い肌。年は10歳ぐらいだろう。
少女は寝ぼけ眼で大あくびをしながら、神に視線を送った。
「な~に~?兄さん?突然呼び出したりなんかして。今から寝ようとしてたのにさぁ」
「昼寝は後にしろ。今からお前には地上に行ってもらう」
「え~?なんでよぉ?」
少女の返答に、男性は露骨に舌打ちをする。
「近々天界でヤバイことが起こる。それが起こったら、間違いなく天界は地上以上に危険になるしお前も命も危ない。だから近々地上に行ってもらうことになる。昨日そう話したはずだが?」
「ヤバイことぉ?」
少女は首をかしげ、おもむろに幸人に視線を滑らせた。
それからぼんやりと彼の顔を見ていたが、神がしびれを切らしたかのように口を開いた。
「幸人、アンタにはもう1つ仕事を与える。コイツ・・・俺の妹の「オリーヴ」を護衛しろ。護衛しながらボスどもを倒してこい。良いな?」
そう乱暴に言い捨てると、オリーヴの背中を強く蹴り飛ばした。
バランスを崩しつつ倒れてくる彼女を、幸人が抱き留める。
「まぁ、死なせねぇ限り適当にあしらってくれて良いからよ」
オリーヴは、蹴られた自覚がなさそうに、ぼんやりとした目つきのまま幸人にもたれかかっていた。
「・・・」
神に言いたいことはあった。
しかし神は、幸人が言葉を発する前に手の平を向けた。
「そんじゃ、今から地上に送るぜ。せいぜい頑張れよ」
この言葉を聞いた途端、幸人の意識はプツリと途絶えた。