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俺たちは勇者じゃない  作者: 陶子
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Side story _クルサーティリ防衛線_11

 将聖は索敵能力を使って偵察に出た際に、鎧蜥蜴(ガーヒーク)がかなりの重傷を負っていることを確認していた。

 だが、それを事前に予測していたのはザインだった。出発前の打ち合わせの時には、すでに「おそらくは瀕死の重傷だろう」とも言い切っていたのである。

「怪我をしていることは予想できます。」

 それを聞いて、最初に疑問の声を上げたのはロドハルトだった。

「俺たちがここへ来てから随分経つのに、鎧蜥蜴(ガーヒーク)には大きな動きが見られません。ヴァイズ・ルフスに現れた鎧蜥蜴(ガーヒーク)も、怪我をすれば動きませんでしたから、あの魔物もそうである可能性は高いです。しかし、傷の程度まで断定していいものでしょうか? 甘く見て『重症』と考えるのは危険です。」

 ルグフリートも懐疑的だった。

「ロディの言う通りです。今のヴァイラメッヒの森には鎧蜥蜴(ガーヒーク)の敵となる魔物がいません。つまり、深手を負わせられる相手がいないということです。」

 ルグフリートはさらに言葉を重ねた。

「この大渓谷で俺たちが確認している魔物は、あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)のほかは巨狼(ワーグ)魔狼(ガルム)くらいです。巨狼(ワーグ)ならあれを傷つけることもできるかもしれませんが、深刻な打撃を与えるならそれなりの数が必要になります。本気で鎧蜥蜴(ガーヒーク)と戦うならば、十頭以上の群れで狙うか、数頭の黒魔石使い(ヌアンバゼルグ)が繰り返し襲わなければならないでしょう。いずれにせよ、そんな出来事があったなら絶対に砦の見張りの目にも留まっていましたし、真っ先にショーセが気づくはずです。しかし、今まで彼がそんな気配を感知した事はありません。」

「確かに俺も、少し前まで同じことを考えていたんだがな。」

 ザインも(うなず)きながら聞いていたが、二人が口をつぐむとまた話し始めた。

「根拠はある。鎧蜥蜴(ガーヒーク)の隠れている場所だ。」

 ザインはベラガホースから西の地域の簡易な地図を指差した。それはこの砦に派遣されてからイザクシルが羊皮紙に描いた図に、みんなで少しずつ情報を書き加えていったものだった。

「奴はベラガホースのこの辺りに潜んでいる。大渓谷に現れる魔物の通り道から、それほど外れているわけじゃない。すぐ目の前を何度も、俺たちが相手にした魔狼(ガルム)巨狼(ワーグ)の群れが通り過ぎているんだ。ということは、その背後から別な大物(ヽヽヽヽ)が現れる可能性だってあるだろう。それは奴も無視できないはずだ。」

 ルグフリートが軽く顎を引いた。ロドハルトも片方の眉を上げる。

 なるほど、と将聖も心の中で(うなず)いた。昨日今日に魔狼(ガルム)巨狼(ワーグ)の群れしか現れなかったからといって、明日もそれしか現れないなどという保証はどこにもないのだった。グンナルの砦の見張りすら、ほかの魔物の出現も考慮に入れて監視を続けているというのに、魔界域から来た魔物がその危険を顧みないなど確かに考えられないことである。

「多少負傷しているだけだったら、奴にとって一番都合がいいのはクルサーティリ市に逃げ込むことなんだ。この辺りで確実に、大量の魔法粒子(イリューン)を得られるのはあの市街地しかないんだからな。途中にあるこのグンナルの砦なんか、奴にとっては脅威でも何でもない。この砦の中に、奴に対抗できるほどの力の持ち主はいないし、そんなことくらいとっくにお見通しだろう。」

「言われてみれば、確かにそうです……。」

 ルグフリートは(うなず)き、口元に拳を当てた。

「大型のくせに鎧蜥蜴(ガーヒーク)は用心深い。怪我をしていなくても常に潜伏していますから、あれだけの群れが動けば警戒して、必ず安全な場所に移動するでしょう。しかし、動かない。動かないのは、動けないから……。」

「それで今、鎧蜥蜴(ガーヒーク)は『重傷』を負っていると考えられるわけですか。」

 ザインの説明に納得したように、ロドハルトが締めくくった。

「その通り。」

 ザインはにやりと笑って(うなず)いたが、また座ったまま身を乗り出すと「だからこそ、幾つかの疑問が浮かび上がって来るわけだ」と話を続けた。



「第一に、俺はそもそもあの鎧蜥蜴(ガーヒーク)がベラガホースの麓に現れた理由が分からなかったんだ。」

 ザインは人差し指を立てた。

「ヴァイズ・ルフスを覚えているか? あそこに現れた鎧蜥蜴(ガーヒーク)は、新たに境界域に指定された地域に流れ込んでいた、巨狼(ワーグ)の大群に付いて来た奴だった。要するに、餌に釣られて遠出をしただけだな。」

 個々の魔物の生態は謎の部分が多いが、それでも魔物に関し、ある種の「定説」は存在する。その一つが「大型の魔物は滅多に魔界域を離れることはない」というものだった。これは経験則から得られた知識だが、魔物の行動学を研究する学者の間で、一定の裏付けもなされていた。

 大型の魔物が清浄域に現れないのは、魔界域の方が常に瘴気(ヌアン)が淀んでおり、その中に自身の放つ瘴気(ヌアン)を隠せる上に、そこで中型程度の魔物を仕留めた方が、一度に大量の魔法粒子(イリューン)を獲得することが期待できるから、とされている。

 体内に宿す魔石の大きさが示すように、魔物はその体が大きければ大きいほど、溜め込んでいる瘴気(ヌアン)の量も多くなる。鎧蜥蜴(ガーヒーク)のような食物連鎖の頂点に君臨する魔物なら、当然それらを優先的に獲物に選ぶのではないか、と考えられているのだ。

 しかも、魔界域には大型の魔物の天敵となり得る存在がいない。そのことも、彼らが安易には魔界域を離れないだろうとされる理由の一つであった。

 もちろん、いくら鎧蜥蜴(ガーヒーク)といえども、生まれた時からその巨体を有していたわけではないだろう。魔物の幼体を見た者はいないし、その生殖方法を知る者もいないが、どれほどの年月戦い続けても滅ぼすことができないのなら、繁殖していることだけは間違いないのだ。そして、このヴァイラメッヒの森やヴァイズ・ルフスに現れたような、完全に成体化した鎧蜥蜴(ガーヒーク)の場合、自身を倒し得る多くの好敵手(ライバル)をねじ伏せてその強大な力と体を獲得していると考えられるのである。彼らにとって魔界域は完全に安全な場所ではないにせよ、すでにほぼ身の危険を感じることなく過ごせる優位な空間になっているのだ。

 危険を感じるとすれば、それは彼らの縄張りを横取りしようとする、同じく大型の魔物に対してのみであろうと推測される。だからこそ、あえてその()()を捨て清浄域へ移動しようなどとは思わないのではないか、というのがその仮説の根拠となっているのだった。

 実際に確認することはできないが、この説は長期に渡りかなり高い支持を受けている。

 ザインの疑問は、だからこそ発せられたものだった。

「しかし、このヴァイラメッヒ周辺は清浄域だ。巨狼(ワーグ)魔狼(ガルム)の現れる数も、メドーシェン市より少ないくらいだったんだ。そんなところに、鎧蜥蜴(ガーヒーク)ともあろう魔物が、いきなりやって来る理由があるか? 『ユンゼ・フッケン山の大噴火』の時のように、気候変動で魔界域に棲めなくなったというわけでもないんだぞ?」

「あの、先にこちらに巨狼(ワーグ)魔狼(ガルム)がいることは必須条件なんですか?」

 思わず口を挟んでしまったのは将聖だった。

「俺は鎧蜥蜴(ガーヒーク)が背後から追い迫るからこそ、魔狼(ガルム)が清浄域に現れるんだと聞いていました。ですから鎧蜥蜴(ガーヒーク)が境界域を越えるのは、狩りをして魔狼(ガルム)の背後を追っているうちに、気が付いたら魔界域から外れてしまっていた、ということだと思っていたんですが……。」

 「卵が先か鶏が先か」論争ではないが、その因果性で考えるならば、将聖は「鎧蜥蜴(ガーヒーク)が先」派だった。グンナルの砦に派遣されるより前に聞かされた予想ではそのような話だったし、ヴァイラメッヒの森に魔物の姿がないことを誰よりも実感(ヽヽ)しているのも将聖だったからである。

「確かにそうだ。ショーセの言うことにも一理あるな。今の鎧蜥蜴(ガーヒーク)の境遇は、草を食うのに夢中になり過ぎて、森の中で迷子になった仔牛のようなものなのかも知れん。それに、もうすでにあそこにいる(ヽヽ)んだからな。『魔狼(ガルム)鎧蜥蜴(ガーヒーク)、どちらが先か』など、今さら突き詰めても意味はないのかも知れない。」

 ザインは(うなず)いた。この学究肌の武官は、真剣に話し合いに参加しているのであれば、途中で部下に言葉を遮られても気にしなかった。身分の違いさえも、気にも留めない。

「しかしな、ショーセ。あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)も、もう魔界域から出て来てしまった以上、いい加減どちらかを選ぶ必要があるだろう? この先も清浄域を進み続けるか、それとも魔界域に戻るか、をだ。」



 ザインはいったん言葉を切り、何かを探すように周囲を見回した。イザクシルがひょい、とその手に湯冷ましの入った椀を握らせると、「おお」と呟いてから一息に飲み干す。その椀を傍の丸太の上に置き、首にかけた麻布で口元を拭うと、ザインはまた熱心に話し始めた。

「しかし、奴は動かない。まあさっき言った通り、その原因は怪我のせいだろうが、それにしたっていつまでもベラガホースの麓に居続けるわけにはいかないはずだ。たとえ魔界域からどれだけ多くの魔狼(ガルム)を引き連れてきたとしても、それを羊のように柵の中に閉じ込めているわけじゃないんだからな。いずれ獲物はいなくなる。要するに、このままでは飢え死にする危険もあるわけだ。」

 現実的には、飢え死にするまで周囲の魔物が待っていてくれるとは思えなかった。弱って動けなくなったとしても、この大型の魔物が保有する魔法粒子(イリューン)は膨大で、ほかの魔物にとっては垂涎の的なのだ。早期に回復しなければ、たどる末路は悲惨なものになるだろう。

 その意味でも、動けるならば移動して、狩りをしてなければならないはずなのだった。

「いや、今『いずれ』と言ったが、実はすでに、ヴァイラメッヒの森の中に奴の獲物となるような魔物はいないんだ。先ほど確認してもらったが、ショーセ。お前の索敵能力の届く範囲内に、魔物の姿は一切見られなかったんだよな? お前が感知できる場所に一頭も存在しないなら、その外にはいるんだろうか? あの大物の腹を満たせるほどひしめいているか?」

 将聖は首を横に振るしかなかった。ザインも(うなず)く。

「俺もそんなことは絶対にないと思う。森にはもう、奴の獲物はいないんだ。」

 ザインはニヤリと笑い、また人差し指を立てると、続けてゆっくりと中指と薬指を立てた。

「じゃあ、獲物がいないのに、奴はなぜ動かないのか? そしてもう一つ、今日襲ってきたあの大群は、一体どこから現れたんだ?」

 エク・セドラス騎士団の智将は部下たちを見渡したが、天幕の中は静まり返ったままだった。誰もその問いに対する答えを持たなかったからだ。

 いや、それ以前に、ザインが示した問いかけのほうにみな息を呑んでいた。よくよく考えてみれば、当然浮かび上がってきたはずの疑問だったからである。もしまだ鎧蜥蜴(ガーヒーク)が魔界域から追い立てて来た魔物が残っているなら、確かに将聖はその存在を感知していなければならないのだった。今日現れた魔狼(ガルム)巨狼(ワーグ)がそうだとするなら、あの数ならば砦の監視の目にだって捕捉されていたことだろう。

 しかし今朝、将聖が群れの襲来に気付いたのは、魔物がその索敵範囲内に入ってからだった。ということは、とうの昔にあの鎧蜥蜴(ガーヒーク)の狩りは終了しており、それとは別の群れが大渓谷には押し寄せているということになる。

 それなのに、「そもそもあの群れはどこにいたのか」という単純な事柄に、意識が全く及んでいなかった。一度に現れる群れが大きすぎるために、撃退に体力と気力を削り取られてしまっているせいもあるだろうが、思考が後手に回るばかりで、そこから考えることを失念していたのだ。



「だからおそらく、あの大群が発生するのは奴のせいじゃない。」

 押し黙ってしまった隊員たちに向かい、ザインは言葉を続けた。

「むしろ奴の存在が、大部分の魔狼(ガルム)の群れをベラガホースの東側に押し留めている可能性もあるかも知れないと俺は思っている。そもそも、あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)が現れたのも、巨狼(ワーグ)を追ってきたからじゃないんだ。これは完全な憶測だが、魔界域の内部では今、結構な縄張り争いが起こっているんじゃないだろうか。」

「あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)はヴァイラメッヒに来てからではなく、魔界域の中ですでに負傷していた、ということですね?」

 勘のいいナダルナニエがすぐに応じた。

「それで清浄域まで逃げてきたと考えられる、と……。そして回復するまで魔界域に帰ることができないとするならば、それを引き起こしているのは『大型の魔物同士による縄張り争い』であると推察できるということですね?」

「ああ。そう考えれば、あの巨狼(ワーグ)やら魔狼(ガルム)の大群も、どこから来たのか分かるだろう? その騒動の煽りを食って、はるばる魔界域からやって来たんだとすれば?」

「それなら、突然あれだけの数が現れるのも納得ですわ……。蜂だって巣を(つつ)かれりゃ、わんさか現れますからねえ……。」

 ザインの言葉にイザクシルが同意すると、その場の全員が(うなず)いた。まだ憶測の域を出ないが、今ヴァイラメッヒの森とその向こう側で一体何が起こっているのか、それを説明し得る筋道だった考察が一つ、明確に示されたように思われる。

 将聖の腹にもすとんと落ちるものがあった。

 ルグフリートが言った。

「隊長の仮説の根拠が分かりました。今この渓谷や森の中で起こっていることも、それで説明がつくと思います。」

「状況証拠しかないがな。」

「しかし、隊長……。魔界域の中での縄張り争いなんて、俺たちには止められませんよ? これからも魔物はこぞってやって来る、グンナル騎士団は動かない。俺たちはどうしたらいいんでしょうねえ?」

 イザクシルが言った。困り切った風だが、この男が口にするとどんなに暗い内容でも悲壮感が感じられないから不思議だった。

「そこが問題なんだ。この仮説が当たっていたところで、根本的に事態が解決するわけではないんだからなあ。」

 ザインは苦笑いをした。魔界域には手が出せない以上、依然としてクルサーティリは逃げてきた魔物の群れの通り道のままなのである。

「だがな、あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)を押し戻すことができれば、少なくともベラガホースよりこっちは、少しは落ち着くかもしれないぞ?」

 そんな都合よく事が運ぶだろうかと将聖は思ったが、ルグフリートが(うなず)いた。

「なるほど。『ランゼーメルの泰平』ですか。」

 何のことだと将聖が左右に視線を彷徨(さまよ)わせると、ナダルナニエが言った。

人間族(ホムラン)の歴史ですよ。『ランゼーメル』はゼヒュロンド地方南西部の古い地名です。知りませんか?」

 当然のことながら、将聖には初耳の知識だった。それと知って、ナダルナニエは説明を続けた。

「私たちの帝国は、初代皇帝マヌダフリートが統一するまで、地方の豪族が納める小国家に分かれてとても激しい争いを繰り返していたんです。併吞と分断を繰り返し、徐々に統合されていったのですが、ランゼーメル地方は魔界域から遠いこともあり、なかなか戦乱が収まりませんでした。ところが併合が進み、最終的に三つの国が建ったところでぱったりと争いは収まったのです。何故だか分かりますか?」

「戦争は必ず国を疲弊させます。三国のうちの二国が争えば、どちらも国力が減退する。そうなってから残りの一国がどちらかの国に攻め入った場合、攻め込まれた側は支えきれずに国を失う可能性があるからです。」

 「天下三分の計」のことか、と将聖はピンと来た。

「結果として二つの国が残りますが、最初の三国のうちの一国と、二国が統合された一国ではその国力差は歴然です。後者のほうに分があるので、最終的には三番目の国が三国を統一し、すべてを手中に収めることになるでしょう。そうならないようにするためには、互いに牽制し合いつつ、様子を窺いながら均衡を保つしかない。それで争いが収まったのだと思います。」

「その通り。大正解ですね。」

 ナダルナニエに笑顔で褒められて、将聖は罪悪感を覚えた。今の質問の解答は、自分で考えたものではない。ただの『三国志』の受け売りだったのだ。

「い、今のは、前に本で読んでいて知っていた知識なんです。自分で考えたわけじゃ……。」

「いいえ、構いませんよ。内容をよく理解できているということですね。」

 重ねてナダルナニエに褒められてしまい、少し顔を赤らめて将聖はザインに向き直った。

「あの……、では要するに、隊長が言いたいのは、これほどの数の魔物が流出し、しかもそれが長期化しているのは『魔界域内の縄張り争いが一対一だから』ということですか? もしあの鎧蜥蜴(ガーヒーク)が魔界域に戻れば、三竦(さんすく)み状態になって争いが終わり、結果的に魔物の大量流出が収まるということでしょうか……?」

 将聖が尋ねると、ザインは(うなず)いた。

「そういうことだな。あの鎧蜥蜴(ガーヒーク)を帰すことができれば、いい均衡を作ってくれるんじゃないかと考えている。一度は逃げ出した奴だが、もうそろそろ傷が治っていてもいい頃合いだし、逆に魔界域内で縄張り争いをしている奴らはだいぶ疲れ切っていそうだからな。まあ、『縄張り争い』の件はただの俺の想像に過ぎないし、どうやって魔界域に帰らせるかについてもまだ何も思いついていないんだが。」

 そう笑ってから、ザインは将聖の顔を覗き込んだ。

「そこでショーセに頼みたい。鬼熊(メラグ)を探し出せ。一度だけ、魔狩人(シーカー)に目撃されている。」

「え……? メラ、グ……?」

「そうだ。それがいるかいないかで、今後の作戦の立て方が変わって来るんだ。ああ、今はあれこれ訊かないでくれよ? まだまったく次の見通しは立っていないからな。」

 そういえば、そんな名前の魔物もいたっけな、と将聖は思った。だがすでに存在を忘れかけていたほどの相手である。この期に及んで何故鬼熊(メラグ)なのだろう。

 そうは思ったが、将聖は問い返さなかった。ザインには、自分には見えていないものが見えている。この派遣期間中、将聖はそう実感させられる場面を何度も見て来たのだ。

「はい。分かりました。」

 天幕の床に胡坐をかいたまま、将聖は背筋を伸ばした。それを見て、ほかのメンバーも姿勢を正す。

「頼んだぞ。」

 ザインは満足気に眉を開き、天幕の中を見回した。

「みんなも直接その目で見て、森の中の様子をよく探って来てくれ。ショーセの側方支援も、よろしく頼む。」



――あれからもう六日も経っているのか……。

 将聖はぼんやりと考えながら歩いていた。偵察のために仮設した作戦拠点で丸二日を過ごし、今朝ようやく地面に降り立ったのだ。

 今は荷物をまとめ、西に向かって移動している。足かけ四日の樹上生活はかなり体に(こた)え、まだ全身の筋肉が強張ったままのように感じられた。大木に体を縛り付け、ほぼうつらうつらしながら過ごしていただけなのに、全体的には睡眠不足で頭が朦朧とし、足も泥の中を歩いているように重かった。



お待たせしました。

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