004_魔物の因子
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俺が目を開くと、周囲は霧に覆われていた。四日目の朝だった。
東の空はやや白んでいるが、まだ薄暗い。今俺たちがいるのは日本より緯度の高い場所なのだろう、日照時間が短くて、朝になっても暗かった。
俺は体の具合と熾火の残り具合から時間を推し量って、大体四時間は眠ったことを知った。気温が急激に下がって、目が覚めたものらしい。
「ん…。」
将聖はまだ眠っている。俺をかばいながら歩いているのでずっと疲れるのだろう。昨夜も遅くまで焚火の世話をしていた。寒さから守るために、俺を焚火と自分の体の間に入れるようにして横たわっている。またワイシャツ姿だった。将聖のブレザーは俺の体を包んでいる。あいつの腕とワイシャツの袖が俺の背後から伸びて、ブレザーの上から何となく俺の体に回されているので、俺は身動きができずにいた。
でも将聖が寒そうだ。もう少し火を熾してやりたい。
俺は将聖の腕を持ち上げて、その下から何とか脱出しようと試みた。
「どこへ逃げる気だ?」
硬い、しゃがれた声がした。俺がびくりとして振り返ると、大きく開いた将聖の目と、目が合った。
「逃げるって、何だよ。」
思わず身を引くように体を起こすと、将聖の手が痛いくらい強く俺の肩をつかんだ。
「逃げるって、どこへだよ。どこにも逃げようがねえだろ。」
俺は怯んで震えそうになる声を抑えるために、腹に力を込めた。将聖がなんか変だ。
「冷えるから火を熾したいんだよっ。手ェ放せよっ。それから、俺見んな!」
俺は肩をつかむ将聖の腕を振りほどくと、ブレザーをつかんで、あいつの顔に乱暴に被せた。
将聖は俺に振り払われて、簡単に地面に伸びた。頭からブレザーを被って、大の字になったまま動かない。
地面が冷たくないのかよ。
「優希。あのさあ…。」
将聖が、ブレザーの下からぽつりと言った。
「自殺なんか、止めてくれよ。」
泣きそうな、かすれた声だった。
「俺、お前の言うこと何でも聞くから。俺にできることなら何でもするから。自殺だけは、止めてくれ。」
「…縁っ起でもねえこと、言うんじゃねえよっ。」
俺は将聖の脇腹を膝で蹴飛ばした。
朝っぱらから、何辛気臭えこと言ってんだ。ムカつくわ。
俺は今日一日、将聖と口を利かないことに決めた。
「じゃあ人間が、自分たちに都合よく魔法で生き物を弄繰り回したせいで、魔物が生まれたってことか。」
「そうらしい。俺たちの世界じゃ、狂犬病ウイルスや赤痢菌なんて、危なすぎて生物兵器にだって使うのは禁じられているのに、ろくすっぽ知識も持たないで、自分たちでそれ作っちまったらおしまいだろ。」
「信じられねえ話だな。」
俺たちは、昨日の話の続きをしながら森を歩いていた。体が慣れてきたのか、今日の俺は眩暈もしないし、大分速く歩けるようになっていた。将聖も、あまり俺の面倒を見なくてもよくなったので、肩から力が抜けた様子で軽々と隣を歩いている。
俺は、今日は将聖とは絶対口を利かないつもりでいたのに、結局話しかけてしまった。自分で歩けるようになり、自由に動き回れるようになったせいで、この森で初めて目覚めてからずっとやりたかったことを、どうしてもやってみたくなったのだ。
俺は近くにある一番細い巨大樹の幹に取り付いて、将聖と一緒に腕を回した。やっぱり片手が将聖の手には届かなかった。デカい。とにかくデカい。
「デケぇ。やっぱ、すげえデケぇわ。」
俺が満足したように笑うと、将聖もようやく笑顔になった。
このクソ野郎。俺が笑うのをずっと待っていたのか。
俺は将聖に根負けしてしまって、あいつが時々俺の顔を探るように見ても、気付かないふりをした。これまでも、将聖は直接見ないようにしながら、ずっと俺の様子ばかり伺っていたのだろう。昨日までの三日間、俺が最悪の気分で森を歩き、運命を呪い、自分自身に嫌悪しながら眠りについたことを全部感じ取っていたようだった。
その結果が、今朝のあの発言か。
おかげで、今日の俺はやたらハイになっている。俺が明るい顔をしていないと、将聖はうつ病になってしまいそうだ。
ありがたいことに、今日になってもまだ腹が空かない。
フォーリミナは俺たちが人里にたどり着くまでの間の体力などを、地上に下す前に調整してくれていたらしい。
そしてこの巨大樹の森に入って四日目になって、ついに俺たちは転生先ワールドのテンプレらしい光景を目にしたのだった。
魔物との遭遇である。
将聖がいち早くその存在に気付いた。まだ大分距離があるのにその気配を察知して、俺を下生えが密生している場所へ隠すと、蛇のように音もたてずに様子を伺いに走っていった。
「見たいか?」
帰ってくると、将聖は気持ちを察したように俺の手を取って、俺を少し離れた巨大樹の根の陰へ連れて行った。曲がりくねって盛り上がったそれは、俺と将聖を二人ともすっぽりと隠してまだ余裕があった。
俺たちは五十メートルほど離れた高所から、魔物を見下ろした。
うわ。気持ち悪い。
俺は将聖の隣でビクリと身震いした。
見た感じは、ただの大きなムカデみたいだった。離れているせいか、それが規格外にデカいことは、さほど気にならない。
むしろ、そのあまりにも凶暴に荒れ狂う様子に俺はぞっとした。
なんだろう。この異様な感じは。
言葉で表現するのが難しい。あまりにも自然を逸脱しすぎている。
その内側が、壊れてしまっているような気配。
卵の殻の内側で、雛が狂暴化し自分を喰っているのを見たらこんな感じになるのだろうか。
俺は初めて出会うその気配に、ただ戸惑いと嫌悪と恐怖を覚えるばかりだった。
将聖の説明によると、魔物はほかの魔物や人間を含めた動物を襲い、肉を食らうが、本当に求めるのはその肉ではなく、それらの生き物の中に内在している「魔法粒子」なのだそうだ。だが、魔物が欲する「魔法粒子」の量は、ほかの生物の比ではない。
生きるために食料として求めるのではない。ただ、それに飢えるから求めるのだという。つまり、生存に必要な量は確保できても、決して満たされることがないというのだ。
飢え続け、それを奪うための力を欲して、さらに求める。
だから、共食いも辞さない。
魔物とは、「魔法粒子」を貪欲に吸収することだけを生きる目的とし、「種の存続」も「食物連鎖に立脚した個体数のバランス」も無視した超常的な「生命体」ということになる。
ムカデに似た化け物は、バスケットボールほどの大きさの、ダンゴムシに似た魔物を襲っていた。力強い顎で硬そうな外殻を破って次々と殺しているが、チュッと何かを吸い上げると、それ以上死体に触れようともせずに、次の獲物を襲い始める。
ムカデはすでに満腹のはずだ。その腹は肥大化し、脂汗のような体液が流れて全身がテラテラと光っている。しかし、襲うことを止めようとはしない。
「本当に…。」
俺はかすれた声で囁いた。
「最後の一匹を喰い尽くすまで止まらないんだな。」
「イザナリアの『魔物』は、何千万年も前にこの地上に存在した、より文明の進んだ人類が戦争のために生物を作り替えて作ったものだけど。」
将聖も表情を歪めながらこの光景を見ていた。
「いったん世に現れると、勝手にどんどん姿形を変えて、次々と増殖していったらしい。もう誰にも止められなかったそうだ。」
俺は日本で問題になっていた外来種の生き物のことを思い出した。有名なところではブラックバスやカミツキガメなどだ。釣りを楽しむため、またはペットとして人間が海外から連れてきたものであるが、あれも一度放流・遺棄されると、広範囲に拡散していき、誰にも止めることができなかった。生命の力とはそういうものなんだろう。たとえどんなに歪んだ存在であろうとも…、一度生まれたら増殖し、繁殖し、進化でも変異でも何でも行って、生き残ろうとする。
そうして現在、イザナリアに生まれた者たちは、動物から植物に至るまで、遺伝子の中に「魔物の因子」を持つことになってしまったのだそうだ。ごく普通の昆虫やミミズが、澱んだ「魔法粒子」の吹き溜まりに晒されてピラニアのような食肉イナゴになったり、ヒュドラのような多頭を持つ巨大なワームになったり、ということが日常的に起こるようになってしまった。イザナリアから「魔物の因子」を駆逐するには、それこそ岩の中に封じ込められて氷河期をも乗り越える、微生物さえもが死滅するような「完全な絶滅」を経なければならないという。
「じゃあ、もしかして、人間も…?」
「うん。イザナリアでは、人間も例外じゃない。」
人間も、遺伝子に「魔物の因子」が発芽して自滅への道が拓けた。「魔法粒子」の澱みさえあれば、人間も「魔人」となり、永遠に満たされない「魔法粒子」への飢餓に陥る。そのあとは理性も感情も失い、自分以外のあらゆるものへ襲い掛かるパニック映画のゾンビのような存在になるのだそうだ。
こうしてイザナリアは、人類という種だけでも三度の滅亡を体験したのだという。
三度も滅亡されたら、見守っているほうもかなりうんざり来るのではないだろうか。
神々はイザナリアに失望した。
「もうイザナリアは『創造主たち』に見捨てられてる。」
将聖は淡々と言った。
「最悪なのは、イザナリアの魔王は、イザナリアを作った『創造主』のなれの果てだってことだ。」
「どういうことだよ、そりゃ。」
「もうイザナリアから神が生まれることはない。そう絶望して、自分の手で滅ぼそうとしているのさ。」
将聖がフォーリミナから聞かされた話では、ほかの「創造主たち」も、それに対して見て見ぬふりをしているらしい。すでにイザナリアは救済対象ですらなく、むしろ早急に滅ぶべきだとさえ考えられているというのだ。
あんまり話が壮大すぎて俺も将聖もピンと来ないでいるのだが、俺たちは本来、イザナリアに転生させられたことに絶望すべきなのだ。乙女ゲームの悪役令嬢に転生した奴だって破滅フラグの回避に奔走しているというのに、俺達にはほぼそれが不可能だからだ。俺たちの前に立ちはだかる死亡フラグは天地創造レベルで、ちょっとやそっとでへし折れるものではないらしい。
「でも、フォーリミナは回避しようとしている。」
「…そ、そりゃ神だったらできるだろうさ。むしろ神の力で、一気にちょちょいとやっちまったほうが、早くないか?」
「ま、氷河期以上の何かを使って完全にリセットすればな。それ以上に干渉することは許されないんだから。でも、それなら魔王がやっていることと同じだろ?」
そうだね…、と俺は力なく答えるしかなかった。頭のいい奴はこれだから、時々ついていけなくなる。「完全にリセット」とかいう台詞を、どうしてそう無造作に思いつき、口にできるのだろう。
フォーリミナはイザナリアの管理を新たに任された神だった。要するに、押し付けられたのだ。フォーリミナはまだ進化の途中にある神で、世界を創造する能力に目覚めてはおらず、「見守るべき世界」も持っていなかったからである。
フォーリミナに与えられたのは、イザナリアが滅びていくのを「ただ見届けるだけ」という仕事だった。その頃すでに、イザナリアは魔王の出現により荒廃し、滅亡したも同然の状態だったせいもある。人々も彼女の「子供たち」ではない。その上イザナリアのネイティブたちは、「加護」で魔力を高めようとすると「魔人化」してしまうのだ。どこまでも、どこまでも、思い通りにならない世界だった。
しかし、それでもフォーリミナはイザナリアを救おうとした。どうにかしてイザナリアを存続させ、人々にも進化のチャンスを与えたいと考えたのである。
そして少なくとも、「魔王による絶滅」だけは回避が可能だった。
何故なら、敵が明らかだからである。しかも、ただ一人。
そう思った彼女が選んだ手段が「地球世界からの引き抜き」だった。
直接の干渉が許されず、また、創造の能力も十分ではない彼女が魔王に対抗しうる存在を手に入れるためには、一からの創造ではない「転生」と、加護を与えるための「再構築」が、とり得る最後の手段であった。
そして、その対象として「優秀」と評価されている「地球世界の人間」の死者を使うことを、フォーリミナは選んだのである。
絶滅を遅らせて、その間に、人々に魔法と魔力について考えさせる。
イザナリアについて学ばせ、自分たちについて学ばせ、自分たちの中にある「魔物の因子」について知らしめた上でなお、神に向かって進化させる。
自分たちの力で、滅亡を回避させる。
可能性は、決してゼロではない。
こんな女神に選ばれて、将聖は転生した。一度死んで、生まれ変わった。だから将聖は「加護持ち」というわけだ。「再構築」を経て、強い肉体と、まだ明らかではないが何らかのチートスキルという「加護」を得たわけである。
同時に俺という足手まといの「呪い」も受けてしまったわけだが。
俺は溜息をついた。
聞けば聞くほど、フォーリミナという女神が、将聖のような苦労性の男を選んだ理由が分かってしまう。おそらくフォーリミナと将聖は似ているのだ。将聖の困っている奴を見ると放っておけない性分は、フォーリミナと相通じるものがあるのだろう。
「世界の均衡を正す」とかいう大役を与えられて震えあがっていた将聖が、今落ち着いているのも、(神にこんな言葉が当てはまるかどうかは疑問だが)お人好しすぎるフォーリミナの庇護欲や救済願望に「共感してしまった」せいなんだろう。
本当にクソだ。クソ真面目な男なんだ。将聖って奴は。
それにしても。
俺は気になって、将聖に尋ねた。
「なあ。待てよ。イザナリアに来た転生者って、魔王の出現のために呼び寄せられた『勇者』ってことだよな。でも、今までその転生者って、一人どころじゃなくいたようなことをさっき言っていなかったか? それはどういうことなんだ? まだ魔王は倒されていないのか?」
「何度も倒されているんだよ。同じ魔王が。」
将聖は言った。
「さっきも言ったけど、魔王イズナーグはイザナリアを創った『創造主』なんだ。フォーリミナであっても、完全に消滅させることはできない。倒しても、倒しても、何度でも復活する。そのたびに勇者が選ばれ、イザナリアに送り込まれるんだ。」
「…倒せるのか?」
俺の声が上ずった。敵が「元イザナリアを作った創造主」なんて、まさに「神殺し」じゃないか。
「倒すのさ。」
将聖の声は静かだった。
「初代魔王を倒すために、転生した『勇者』は九人だったそうだ。最初の勇者が死ぬと、フォーリミナはその死体の一部と、新たな転生者の死体を使って『再構築』を行い、次の勇者にその戦いの記憶と魔法などの能力を引き継がせたそうだ。そうやって短期間で勇者を進化させて、魔王を滅ぼしたんだ。『始まりの勇者』の九人の名前は、今も歌い継がれて残っているそうだけど、その中でも一番先に転生した勇者は、歴代の勇者の中で最も弱く、最も偉大な勇者とされている。…そういう人がいたんだな。俺たちの世界に。」
記録に残されている、最も偉大な勇者の名前は「サトー」だと聞いて、俺は黙り込んだ。フォーリミナも、将聖にそれ以上は教えようとしなかったらしい。
確か、日本人の中で、一番か二番目くらいに多い苗字だったはずだ。
この、ただの普通の「佐藤さん」は、どうやって魔王に立ち向かったのだろう。
どこでどう、その勇気を持ち得てその使命を受け入れ、全うしたんだろう。
「心配するな。俺の役目は魔王と対決することじゃないから。」
知らないうちに、俺の手は将聖の手をつかんでいたらしい。この三日間、ずっと支えてもらっていたせいか、手を握ることに何の抵抗も感じていなかった。
うう、何かちょっと恥ずかしい。
だが、将聖はそんな俺の手を反対の手でぽんぽんと叩いただけで、振りほどいたりはしなかった。
「見るなの禁忌」も忘れて俺を振り返ると、笑顔になる。口角だけ持ち上がった、『バットマン』のジョーカーみたいな表情だった。
「フォーリミナが言うには、最後にイザナリアに現れた勇者の死体が見つからないんだそうだ。最後の勇者だった人はとても優しい人だったそうだけど、イザナリアで辛いことがたくさんありすぎて、死ぬ直前にどこかに身を隠してしまったらしい。フォーリミナは残念がっていたけれど、その勇者の気持ちは理解できると言っていた。…俺の役目は佐藤さんと一緒なんだよ。俺の遺伝子に『魔物の因子』は含まれていないから、俺がイザナリアで生きて、死んだら、俺の体を『再構築』に使いたいんだそうだ。今はまだ、最後の魔王が倒されてから百二十年しか経っていなくて、あと三百八十年は復活する心配もないそうだし、俺がやるべきことは、時々魔物狩りをして経験値を上げとけばいいだけなんだ。…だから、優希も手伝ってよ。」
まだ硬い笑顔のまま、将聖は言った。
「じゃあ、話を振り出しに戻すんだが、『俺たちが異世界から来たことを隠す』っていうのはどういう意味なんだ?」
俺はまだ否とも応とも答えかねて、質問で逃げた。
「俺たちは『勇者じゃない』から。」
将聖は答えた。
「イザナリアに転生したのは、今のところ勇者しかいない。勇者の記録は残っているから、『転生者イコール勇者』という認識はイザナリアに浸透している。俺たちが転生者だと知れたら、人々は俺たちを勇者だと思っちまうし、魔王が復活したと勘違いするだろ。勇者として勝手に祭り上げられた後、いつまでも魔王が現れなかったら、今度は詐欺師扱いされて拷問されたり殺されたりしかねない。だから、隠しておけってさ。」
将聖はフォーリミナから指定された「俺たちの設定」を俺に教えてくれた。
一応、攻略するのは魔物らしいのだが、「キャラクター設定」なんてものがあるんじゃ、まるで『転スラ』じゃなくて、本当に乙女ゲームの悪役令嬢みたいだ。
このところ、イザナリアのパワーバランスは魔物のほうへ傾いているらしく、将聖が「再構築」されたのは、それらの魔物を倒して「均衡を正す」ために仕方のないことらしい。だが、それにしても将聖の「再構築」の材料が俺の体というのは、実はどうやらちょっと気の毒な話らしかった。
最後の勇者は第四十三代目に当たる。
それに対して、出現した魔王の数はまだ十四人。
「再構築」を繰り返して同じ魔王を倒しているなら、時代が下るほど勇者はとてつもなく強くなっているはずで、魔王など簡単にひねり潰せそうなものなのだが、実際には一人の魔王を倒すために、平均して三人の勇者が必要だったということになる。
これは、魔王も進化していることを意味している。五百年おきに復活するたびに、単体で「再構築」して強くなっているのだ。
あとたった三百八十年の間に、フォーリミナは転生者を進化させて、第十五代魔王に対抗できる勇者を育てなければならない。だから厳選して、将聖を転生者に選んだ。
だが多分、将聖を選ぶだけでタイムアウトだったと思われる。一緒に連れて来ることができたのは、同時に死んだ俺の体だけだったのだ。
地球世界の神も、五分と言わず、もっと長く選ばせてやればよかったのに。
そうしたら、将聖の「再構築」の素材には、もう少しマッチョで体術に優れたいい死人が見つかったかもしれない。
それにあいつだって、ただの「素材」の命乞いをした挙句、こんなに大きな負い目を背負う羽目にもならずに済んだかもしれないのに。
「優希。俺、勇者じゃなくて、ただの般ピーだから。こんな知らない世界で大それたことをするつもりはないし、実際できるとも思ってないし。」
将聖の声は、不自然なほど明るかった。
「はっきり言って、普通に生きていけるかどうかだって分からないだろ。だからまあ、せいぜい長生きできるように頑張ってみるわ。」
将聖は俺に全身を向けた。後ろ向きで歩きながら、まっすぐに俺を見て、言う。
「…だけど、俺、フォーリミナに協力してみようと思う。魔物狩りの経験値、上げるだけでいいっていうなら。優希も協力してよ。」
将聖は気楽そうに笑って見せた。精一杯、何気ない風を装っている。
だが、将聖の声には、何か腹を決めたような響きがあった。
やっぱりな。
お前ならそうすると、分かっていたんだ。
将聖。お前は勇者じゃない。
だが、お前は勇者を目指す。きっと、勇者になる。
「手伝う気は、ねえよ。」
俺は憮然として答えた。
「フォーリミナの理由は分かったし、もしお前がフォーリミナを助けたいと思うんなら、それはそれでいいと思う。でも俺はフォーリミナが許せねえ。てめえの都合を押し付けるだけならまだしも、こんなひでえことする権利あんのか? 俺があいつに何かしたのか? 俺は生きたまま地獄に落ちたわ。俺は絶対に、絶対に協力しない。」
言いながら、気を付けていたのに俺の声はひび割れてしまった。
ああ。また将聖を傷付けてしまう。そんなつもりじゃなかったのに。
「…いいよ。優希は優希の好きなようにしたらいい。」
思い出したように、将聖は俺から顔を背けた。そのままぷつりと黙り込んでしまい、また俺の手を引いてどんどん森の中を進んでいく。
俺は将聖に気付かれないように涙を拭った。なのに、将聖は前を向いたまま、ポケットから綺麗なハンカチを取り出して、後ろ手に俺に差し出した。




