Side story _クルサーティリ防衛線_02
「それは我が騎士団に更なる犠牲を強要せよ、という意味だろうか?」
スルヴェヒトの冷たい声がザインの言葉を遮った。軍議に集った人々が囲むテーブルの上を、ひどく白けた空気が通り過ぎて行く。
長く監視塔としての役割しか持たず、最近になって急遽手入れをされたらしいグンナルの砦の居住区の一画に、似つかわしくないほど瀟洒な作りのテーブルが置かれていた。その最上席にグンナル騎士団団長のアヴァンドルヒが座り、右隣に副団長のスルヴェヒトが連なっている。更にその次席を、クルサーティリ市の要人か商人と思しき面々が埋め、ファンフェルツ騎士団から派遣された部隊の隊長フォルカと、エク・セドラス騎士団所属のザインは末席に追いやられていた。
「犠牲を出すつもりはない。ただ今のやり方では状況は膠着したままだと言っている。せめて対岸の森を伐採し、見晴らしの確保を……。」
「ただでさえ我々グンナル騎士団の団員たちは疲弊している。エク・セドラス騎士団やファンフェルツ騎士団がそれぞれの任地で安穏と過ごしている間も、我々はこのクルサーティリでずっと戦い続けて来たのだ。あなたはそんな事も忘れてしまったのか?」
最後まで言わせず、スルヴェヒトは言葉を被せた。現状に苛立っているというよりも、ただただザインの提言は握り潰したいという意図を感じさせる。
その威丈高な口調にも、ザインの冷静な態度は変わらなかった。
「グンナル騎士団が魔物の侵入を阻んで来られたことは重々承知しているし、感謝申し上げている。だが、だからこそ新たな策を講じるべき時だろう。」
「そうです。この渓谷の地形は確かに守りには適していますが、それに頼ってばかりいては、今日のように混戦に陥った場合、ますます騎士たちを消耗させるだけ……。」
同席していたファンフェルツ騎士団派遣部隊の隊長フォルカも賛意を示したが、スルヴェヒトは「呆れ果てた」と言わんばかりに「ハ」と声を上げ、その言葉を封殺した。
「なるほど。我々が無策だと愚弄するおつもりなのだな。さすがはエク・セドラス騎士団と中央都市の近衛騎士団の方々だ。」
「そうではない。この砦は河床からの高低差が大きく、弓手が魔物を狙うには最適の地形だ。だが弓手たちをもっと有効活用するなら、遠矢で対岸も狙わせた方がいい。そのために木々の伐採を提案し……。」
「何度も言っているが、グンナル騎士団の騎士たちは疲弊し切っている。これ以上彼らを鞭打って働かせることは、戦闘時には魔物の餌食になれと言っているのも同然ではないか。まあ、あなたにとっては好都合なのだろうな。我々が血を流して作ってやった花道で、ご自分の率いる隊が目覚ましい手柄を立てるのを、クルサーティリ市や中央都市に喧伝できるわけだからな。」
「砦の胸壁の上ではなく河床に降りて戦っている私の隊が、名声のために共に戦う騎士たちを犠牲にしていると言われるのか?」
ザインの声が低くなった。
「命懸けで戦っている彼らを侮辱されるなら、我が小隊は撤退する。事の顛末については、我が騎士団団長からネハール様にご報告することになるだろう。」
「スルヴェヒトの発言はグンナル騎士団の騎士たちを思いやってのことだ。」
グンナル騎士団団長のアヴァンドルヒが口を開いた。
「自分が預かる騎士たちの身を案じるがゆえの発言であろう。ザイン殿もそれを理解されるべきだな。」
ザインは口をつぐむだけに留めた。アヴァンドルヒからスルヴェヒトの非礼を詫びる言葉もなかったが、そんなものは初めから期待してはいない。
エリュースト卿は領主ネハール候の実弟であり、兄弟仲はすこぶる良い。アヴァンドルヒからしてみれば、その弟からグンナル騎士団の上層部について「その忠誠心に疑問あり」などと具申されることだけは絶対に避けたいはずだ。
ザインの発言の意図はそこにあった。このままでは、どれほどルグフリートたちが戦場で身を粉にして働いても、その功績がかえって罪に問われることにもなりかねない。
「しかし私にも、エリュースト殿が本心から状況を打開したいと考えておられるようには思えんな。あなたが連れて来た騎士はたった四人だけ。ヴァイズ・ルフスを経験された団長殿が、この人数で根本的に戦況を改善できると思っておられるとすれば、いささか楽天的に過ぎるのではないか?」
取りなすと見せて、アヴァンドルヒが追い打ちをかけて来た。何故かその場に当然のように連なっている周囲の商人たちも、その発言に乗る。
「さぞや精鋭ぞろいなのでしょう。今後の一層の働きに期待したいところです。」
「そうですな。グンナル騎士団が防衛線を張ってから、ひと月以上も遅れて参戦したのです。まだまだ余力もあることでしょうし……。」
「いっその事、森の伐採作業もザイン隊に任せてみてはいかがでしょう。エク・セドラス騎士団の騎士たちは、上官の命令は命に代えても絶対遂行するそうですからな。」
「ザイン殿の隊に私が命令することはない。ザイン殿はグンナル騎士団の者ではないからな。」
商人たちのへつらう態度に気を良くしたのか、アヴァンドルヒが鷹揚に構えた口調で言った。
「やれとも言えぬが、止めよとも言えぬ。」
「……。」
ザインは応えなかった。もうこれ以上何を言っても無駄と知る。むしろ発言を重ねるほど、「後から来た」という理由だけで自分の隊がすり潰されてしまいかねない。
ザインが提案し、それを端からスルヴェヒトが潰していく。このところの軍議でしばしば見られる光景だ。ザインが口を開かねば、ほかに発言しようとする者はおらず、エク・セドラス騎士団とファンフェルツ騎士団の派遣部隊への嫌味が吐かれた後は、実りのないまま会議は散会となった。
アヴァンドルヒとスルヴェヒトが席を立ち、その取り巻きたちがぞろぞろと続く。意味もなく人数ばかりを揃えた参加者は、ザインの発言をもみ消すために集められたとしか思えなかった。
「思わぬ魔物と戦うことになったものです。」
会議の席を後にし、ザインに並んで胸壁に守られた歩廊を歩きながらフォルカが言った。穏やかに口にした言葉ではあったが、「グンナル騎士団の者たちは話にならない」という意味を言外に含んでいる。
フォルカが所属するのは領主であるネハール候の直下にあり、中央都市の守備を管轄するファンフェルツ騎士団だ。メドーシェン市の防衛を受け持つエク・セドラス騎士団といい、ザインもフォルカも、それぞれ対魔物防衛の要所を任された騎士団から派遣された者たちである。フォルカの部隊の隊員が八名、ザインの率いる隊員が五名という小隊であったとしても、その意見を頭から否定してかかる理由にはならない。
だが、グンナル騎士団団長のアヴァンドルヒとスルヴェヒトは彼らと共闘する心づもりはないようだった。かといって自分たちだけで積極的に状況を変えようする気配もない。
「ああ、そうだな。」
ザインは立ち止まり、胸壁越しに東の空に目をやりながら応えた。
「これまでクルサーティリは、対魔物戦における戦闘の最前線ではなかったからな。ベラガホースを迂回して来る魔物は少ないし、メドーシェンの背後にあってフィナン・ジディからも守られている。スルヴェヒト殿は、自分たちも魔物との戦いに参加することになろうとは、夢にも思っておられなかったんだろう。」
婉曲にではあったが、ザインもグンナル騎士団に対する含みを持たせた言葉をフォルカに返した。
「一方で、この市は交易路の分岐点としては重要な役割を持っている。アヴァンドルヒ殿は、街道沿いの警備に力を注ぎ、商人たちの利権を守ることこそがご自分の騎士団の職務であると今でも考えておられるのだろうな。」
「そのようですね。」
フォルカは頷いた。彼も胸壁に寄り、ザインの隣に並んで谷間を見下ろす。
秋が深まるこの季節、このオリエディレンの可照時間はすでに大分短くなっている。彼らが守る背後のクルサーティリ市の方角は、まだわずかに残照が空を染めていたが、東の空はすでに夜の気配に包まれていた。二人の部下たちとグンナル騎士団の騎士たちが戦った谷底は一筋の光もなく、黒い闇に塗りつぶされている。
「魔物との戦いは、血生臭く命懸けの仕事です。しかも、なかなか終わりも見えません。だからでしょうか、アヴァンドルヒ殿はゆっくりと座して『最も称賛を得られ、確実に勝利を手中に出来る』場面がめぐって来るのをただ待っておられる様子です。その御膳立てを誰がするのかは知りませんが。」
フォルカの口調は淡白だった。まるで他人事のように話している。その言葉には盛大な皮肉が含まれているのだが、自分でも気づいていないと言わんばかりだ。
だがそこには、明確なメッセージが込められていた。
アヴァンドルヒとスルヴェヒトの態度には、これまで通り魔物の襲撃があれば迎え撃つが、現状を打開するための作戦の立案やその準備は、すべてザイン隊やフォルカ隊に押し付けようという腹積もりが透けて見える。きつく、汚く、危険な仕事は派遣部隊に擦り付け、美味しいところだけ持って行こうという魂胆なのだ。ザインに向けた先ほどの揶揄も、実は自分たちが望んでいることを、うっかり口にしてしまっただけなのかも知れない。
そんなグンナル騎士団の上層部の思惑に、従うつもりはまったくない。
そのことを、フォルカはザインに暗に伝えているのだ。
「ザイン隊はザイン隊の勝利を必ずやつかみ取る。フォルカ隊もそうである事を願っている。」
ザインは東の空を睨み付けたまま、強い口調で言った。その意図は明確だった。
「我らに勝利を。」
フォルカの声にも力が籠る。
しばし二人はただ口をつぐんで、高山ベラガホースのある方向を見やっていた。地上はすでに夜に包まれて、何も見分けがつかなくなっている。ディフリューガル山脈の稜線だけがわずかにそれと知れる程度だ。
だが空にはまだ、星が瞬いている。
それからフォルカは、少し砕けた物腰になってまた言葉を続けた。
「それにしても、さすがはエク・セドラス騎士団の精鋭部隊です。今日も見事な働きぶりでした。」
「ありがとう。フォルカ殿の部隊も堅実な戦いぶりだったな。あの大群を前に慌てる事なく、最後まで布陣も乱れていなかった。日頃よく訓練されているとお見受けする。」
「かつて私が良い指導者に恵まれたからですよ。」
フォルカが言った。含みを持たせた口ぶりだが、世辞ではなかった。ほんの一瞬だが、自信と誇りに満ちた笑みをザインに向ける。
「むしろザイン殿の隊には驚きました。みな独自の判断で動いているようですので。今回の部隊は、連携よりも個々人の能力に重きを置いているのですか? まあ、一人一人があれほど戦えるのであれば、単独行動させたほうが活きるのかも知れませんが……。」
「いや。あいつらには悪いが、今は少し実験をさせてもらっているところだ。この戦場ではどんな戦い方が一番正しいのか、いろいろと試させてもらっている。俺の課題に文句も言わず、死なずについてきてくれるから助かっているよ。」
「ザイン殿の要望に応えられるというのなら、余程優秀な者たちなのでしょうね。」
これも世辞とは言い難い口調で、フォルカが返した。少し呆れたような表情だ。
この苛酷な戦場にあって、実戦の最中に試験的な戦闘訓練を行っているというのだ。それをやらせる指揮官が指揮官なら、素直にやってのける部下も部下である。フォルカの表情も当然の事だろう。
それからふと気づいたように、フォルカの目が細められた。
「確かに、私の目には彼らがいつ、どこから魔物が襲いかかって来るのか、あらかじめ把握して行動しているように見えます。」
フォルカは、ザインの顔を探るように見た。
「魔狼がまだ渓谷に姿を見せてもいないうちから、河原に布陣しているようですが。」
「ああ。あいつらはみんな、魔物との喧嘩が大好きだからな。」
ザインははぐらかすようにニッコリと笑った。
「早く殴り合いをしたくて、待ち構えているのさ。」
そうは言ったが、ザインは躊躇うように視線を落とした。一瞬考え込むと、すっと真顔に戻る。
「フォルカ。部下を二人貸してくれ。ウチの騎士団の短衣を着て、胸壁で矢を射てくれればいい。変な実験にはつき合わせんし、そいつらが勝手に無茶をしない限り、生きたまま返すと約束するぞ。」
「……いいでしょう。」
一瞬眉を動かしたが、フォルカも迷わずに頷いた。
「ちょうど今日の戦闘で二人、負傷のため動かせない者がいるのです。そちらの負傷者と一緒に、後方の野営地で休ませる事にしましょう。」
「助かる。」
「魔物のうまい殴り方が分かったら、私も教えていただけるのでしょうか。」
「もちろんだ。」
わずかに口角を持ち上げて、きらりと目を光らせたフォルカに向かい、ザインも頷いた。それから「すまないが、私はこれで」と言いながら、胸壁の角を曲がり、狭い階段を下りて行く。その先に、ザイン隊が野営している天幕があった。
その足取りには腰の重いグンナル騎士団にもスルヴェヒトの嫌味にも、何ら心乱れた様子が見られない。そんな元指導者の背中を、フォルカは黙って見送った。
「ずいぶん気を遣われているんですね。」
ザインと別れると、フォルカの背後にいた男が口を開いた。フォルカの隊の副隊長を務めるゼーミュエルという青年だった。日焼けした肌は少なからぬ戦闘経験を持つことを示していたが、まだ若く、その周囲にはいつも溌溂とした空気が流れている。
しかしこのグンナルの砦に来てからは、だいぶ口数が少なくなった印象があった。今日の軍議でも眉間に皺を立てたまま、ただ座っていただけである。
「仕方ないだろう。担当地域に魔物の群れが集中したからといって、少しばかり被害者意識が強いようには感じるが、今は仲間割れしている時ではないからな。」
やや上の空でフォルカは応えた。今後の事など、考えるべきことはたくさんあったからである。
「いえ、あの頭のいかれたグンナル騎士団の連中のことじゃありませんよ。ザイン殿に対して、です。」
ゼーミュエルは首を振った。フォルカは少し驚いて彼を振り仰いだが、ゼーミュエルは「ちゃんと場所は選んでますよ」というように肩をすくめて見せただけだった。
確かに、この胸壁の声が下に届く事はないし、周囲を見回しても人影はなかった。辛うじて、少し離れた物見櫓の上に見張りの騎士が立つくらいだ。
フォルカは笑って頷いた。
「まあね。昔の上司だ。それなりに気を遣うよ。」
「え? そうなんですか?」
ゼーミュエルが驚いたように声を上げた。それから自分の大声に気付き、慌てた様子で口を閉ざす。今の言葉は他人に聞かれて困る内容でもないのだが、ゼーミュエルは口をつぐんだまま、「どういう事か説明してくださいよ」というように眉を寄せてフォルカの顔を覗き込んだ。
「エク・セドラス騎士団の智将」ザインは、エリュースト卿の右腕として有名な男である。ヴァイズ・ルフスでは片時もその身辺から離れる事がなかったはずだが、その名前は本陣以外の場所でもしばしば驚嘆と共に囁かれていたと聞いていた。とはいえゼーミュエルの年齢ではそれ以前の事までは知らないであろうし、あえて説明もしていなかったので、確かにこの驚きは当然のことだろうとフォルカは思った。
「エク・セドラスの副団長になる前はご自分の騎士団を持っておられたが、さらにその前はファンフェルツ騎士団に所属していてね。当時は中隊長だったが……。その頃、短い間だったが世話になったんだよ。私は見習い上りだったから、いろいろと勉強させてもらったな。」
エク・セドラス騎士団の騎士たちが聞いたら青褪めるであろう「勉強させてもらった」という台詞を、フォルカはさらりと言ってのけた。ゼーミュエルもこの部分は聞き流す。彼の場合、その意味が分からないからだ。
「あのザイン殿には、いろいろと面白い経歴があってね。」
フォルカは言葉を続けた。
「元々は帝都の大学で歴史を研究する学者だったんだよ。その道でもかなりの頭角を現していたらしい。それが、領主のネハール様と出会ってから騎士に転身したと聞いている。」
「へえ……。」
ゼーミュエルは意外そうに眉を上げた。
銃のように弱者にも強大な力を与えてくれる武器がなく、個人の腕力や体術のみが武力の差を分けるイザナリアのような世界では、「文」の分野で名の知られた男が「武」の世界へ転身することは、それ自体がほぼあり得ない話である。だがその方向転換の道を選び、荒事の世界に入ってなお抜きん出て来たというのだから、驚くべき才能であるといえるだろう。まだ世の中の多くの事をこれから学ばなければならないゼーミュエルにも、それくらいの事は分かるのだ。
フォルカも、銃の事も「文民統制」などといった言葉すらも知らないが、それを体験的に理解していた。ザインは二十代の半ば頃までろくに剣を握った事もなかったそうだが、数年でファンフェルツ騎士団の中隊長となり、次いで小さな騎士団を与えられ、中央都市から帝都へ続く街道周辺を荒らし回っていた盗賊団の撲滅に従事したのである。その後、領主の弟であるエリュースト卿の副官となってヴァイズ・ルフスに随行し、エク・セドラス騎士団の名を帝国中に轟かせたのだ。その才能の破天荒ぶりたるや、推して知るべし、といったところだろうか。
かつてしごかれた身としては、今また同じ戦場に立っていること自体、感慨深いものがある。ましてそれが派遣された小隊を率いる指揮官同士として、肩を並べ合っているとなればなおさらだ。
フォルカにとってザインはそんな存在なのだが、この自分の副官にはまだザインの大きさが見えていない様子だった。この経歴を一通りゼーミュエルに話して聞かせても、その反応は思ったよりもずっと薄い。軍議で主張した案は対魔物戦の定石であるし、スルヴェヒトの舌鋒に押し切られた感があるので、それがマイナスに作用しているのかも知れなかった。
「では、あとの四人はどんな奴らなんですか?」
とはいえゼーミュエルの声音には、ある種の敵意のようなものが混じり始めていた。ザインがフォルカの元上官と聞いて、多少は対抗意識が芽生えたものらしい。
「例えば、一番背が高い奴は。」
「ロドハルトだな。エク・セドラス騎士団最強の男だ。」
聞いて、フォルカは内心苦笑した。
騎士たちはお互いに、敬意を持って接することが美徳とされている。だが実際にはこのように、騎士同士だからこそ対抗意識を燃やし、些細な事で張り合っていることのほうが多かったのだ。所属する騎士団が異なるとなればなおの事、その傾向にも拍車がかかってくる。
だがこれは、悪い事とばかりは言い切れなかった。ライバルがいるからこそ若者たちは切磋琢磨するものだし、所属する騎士団への帰属意識も向上するからだ。時にはわざとそういう気持ちを煽って仲間への忠誠心を育てたり、成長を促そうとしたりする上官もいる。
グンナル騎士団よりは、エク・セドラス騎士団のほうに親しみを感じているらしいゼーミュエルの口振りにも、ファンフェルツ騎士団の騎士としての誇りが溢れているのだった。そんな傲慢にさえ聞こえる口の利きようが、何やらひどく可笑しかったのである。
「いつも戦場を駆け回って、群れの動きを攪乱している奴がいますよね。あいつの名前は?」
「ルグフリートか。」
しかし優秀な指揮官らしく、フォルカはそれを揶揄うような真似はしなかった。こういう時はすかさず前向きに、その負けん気に火をつけたほうがいい。真面目な表情を崩さずに、フォルカは一人ひとりを順繰りに説明していった。
「彼はご領主のネハール様の血縁に当たる。だが、それを気にする必要はないぞ。本人も特別扱いは嫌がっているそうだからな。エク・セドラス騎士団に入ったのも、ちゃんと実力が認められたからだ。あの剣速と体の締まり具合を見れば、人知れず努力しているのがよく分かる。」
「『俊足のルグフリート』ですね。よく耳にする名前です。じゃあ、あの長髪が『流麗のナダルナニエ』ですか。」
「そうだ。ゼームもあの剣技は見習った方がいい。本質的には基本に忠実だが、『こういう体の使い方があるのか』ととても勉強になる。きっと自分であれこれ研究したのだろうな。」
「弓手のイザクシルは分かります。二つ名は知りませんが。」
「ああ。彼はそういうものは嫌がる性格なんだ。だが、二つ名なんか無くても知名度は引けを取らないだろう? 彼の場合は弓が好きで好きでな。寝ても覚めても弓ばかりを引いていて、気が付いたら達人になっていたというクチだ。」
このクルサーティリ市への派遣で初めて副隊長という任を受けたゼーミュエルではあるが、戦闘に関する知識や若手を指導する手腕は高く評価されている。そんな彼も、軍議の席で繰り広げられる政治的な駆け引きには全く歯が立たないし、ファンフェルツ騎士団以外の騎士団の知識も、まだ噂話から得た程度でしかない。
これからもこの世界で生きて行くのならば、もっと幅広く人や物事に興味を持たせなければならないな、と心の中に書き留めながら、フォルカは尋ねた。
「ゼーム。君はザイン隊の隊員を四人と言ったが、もう一人を忘れてはいないか?」
え、とゼーミュエルが目を丸くした。ザイン隊にはもう一人、瘦せた異種族の青年がいることは知っている。戦場にも出ているし、まあまあ働きも悪くないようだ。だがその青年は農具のような武器を使用しており、騎士見習いですらない。身なりから察するに、従者のような存在なのだろうと思っていたのだ。
「隊長は、あのハイランダーが気になるのですか?」
ゼーミュエルは訊き返した。質問に質問で応えた形になるが、悪気はない。フォルカも気にしなかった。
しかし、その問いを聞いた途端、フォルカの唇が引き結ばれた。しばしの間その眼差しが鋭くなり、渓谷の対岸に目を向ける。
「……ああ。私が今一番気になるのは、あの若者なんだ。」
聞いてゼーミュエルは、意外そうに眉を上げた。しばしそのまま、思い悩むような表情を湛えた上官の顔を見やる。
「あいつ、ザイン隊の他の連中にかばわれてばかりいますよ?」
ゼーミュエルは言った。
「『力添えに来た』って言うよりは、『足手まといをしに来た』って言いたくなるような奴なんですがねえ……。」




