夢じゃない
気絶?それとも寝てしまっていたのか?よく分からないが、ともかくおれは目を覚ました。そこは井戸の中でも学校でもなく、目に映るのは見覚えのない天井だけ。
「……気付いたか、少年……」
魔法使いの声がする。辺りを見回すと、さっきお茶を飲んでいたテーブルがあった。おれはソファーで寝そべっているらしかった。
「えーっと、夢だった⁉︎とか……」
言いながら、それは違うと分かった。口の中が切れていて、ひどく喋りにくかったし、顔や頭が膨れ上がったような感覚もあった。
「ふふ、男の子は激しいのね」
ネコ耳フードの女性が笑う。その、まるで人ごとといった感じに、おれは少しイラッとした。
「なんの意味があるんですか、これに」
ついさっきまでの出来事の興奮からまだ覚めていないのか、つい口調が強くなる。
「あら、説明するよりもこの方が早いわ」
女性は、おれの手に自分の手を重ねた。
「ち、ちょっと、先生」
突然の事におれはうろたえる。いちいち反応してしまうのが童貞の悲しさだ。
「心の中に、自然と浮かんで来る言葉を」
どういう事だ?……ん、これか⁉︎考えが湧き上がって来るような……
「す、スパーク」
パチン!と、冬の日にドアノブを触った時のような感覚が手のひらを襲った。
「痛っ、静電気かな?」
でも今は冬じゃないし、ここは湿気のある森の中だ。
「それがあなたの魔法よ、勇者クン。ほら、魔力が私の体を通って……」
手から胸、頭へと先生の指が辿る。頭の先に達した時、フードのネコ耳がピクッと動いた。
「電気のアースみたいですね」
当然だが、誰も反応してくれなかった。
それにしても……弱すぎないか、おれの魔法。何ができるって、あのネコ耳をピクッとさせるくらいじゃないか。魔法は嬉しいけど、これじゃ……
「最初はこんなものよ」
おれの心を見透かしたように、先生が言った。
「気が付きましたか、お兄さん」
裏庭の方から、子供の声が近づいてくる。
「うわっ、痛そー」
部屋中に響く高い声。賑やかな奴だ。
「良い庭ですね。薬草がたくさん」
おお、「やくそう」!魔法と並ぶ憧れの対象!
「……嬉しそうだな、少年……」
魔法使いはそう言うと、おれのケツを掴んだ。
「……濫用はご法度……」
えっ、そういうクスリなの?
「痛いところに塗ってくださいね。そう、けっこうこってりと」
すり潰され、ペースト状になった薬草を、顔の腫れたところに塗る。
「うっ、しみる」
「……動くな少年……」
魔法使いがおれの後頭部に塗り付ける。
「痛え、くっそ!あの野郎、思いっきり殴りやがって」
「お兄さん、もうちょっとの辛抱ですよ」
子供に諭されては、黙るしかなかった。
「……なかなかイケメンだぞ……ぷっ……」
ペーストまみれのおれを見て、魔法使いが吹き出す。
「ちょっと!酷いなあ」
まあいいけど、ベトベトして気持ち悪いな。
「このままなんですか?ちょっと落ち着かなくって」
先生に聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「いえ、このまま治します。治癒魔法で」
「治癒魔法って、先生が?」
「いえ、私じゃないわ」
じゃあ誰が?……っていうか、一人しかいないな。視線の端に、鼻息を荒くする子供の姿。
「ヒーラーです!よろしく!」
張り切る子供。大丈夫かな?
「では、始めますね!」
ヒーラーがおれの頭を包むように、手をかざす。すると、光りだして……おれは思わず声を上げた!
「おお、先生の耳が!」
ネコ耳が、ビクンビクンと動く!おれの時とはえらい違いだ!
「せ、先生の耳が!ビンビンのギンギンに!」
「わ、私の耳じゃないですし、言い方が……」
何故か、先生の顔が赤かった。