残された最後の手段
マズイ、自分の分身に負けそうだ!能力は同じはずなのに、なんでなんだよ!
「くそっ!」
おれは地面に向かって悪態をつきながら立ち上がろうとする。ざらついた砂の感触。見上げると、分身が校舎を背に立っていた。
「決着は外でな」
校庭に、傾きつつある日の光が眩しかった。
思えば、さっきから主導権を握られて、おれは後手に回っている。そして翻弄されているおれに比べて、奴は迷いなく行動してくる。ならば、こちらから揺さぶりをかけるのはどうだ?ひとつだけ、残された手段があるんだ。
おれは立ち上がると、分身に向かって叫んだ。
「誰がお前の言うことなんか聞くか!」
言ってやった!ちょっと溜飲が下がる。
「なにを言い出すんだ。ヤケに……ん⁉︎」
分身が言い終えるのを待たず、おれは駆け出した!
「やーい、ばーかばーか!」
おれはなにふり構わず、猛烈な勢いで走った。走り方が気持ち悪い?それがどうした!
「な⁉︎お、お前は子供か?」
よし、動揺しているようだ!
自分と自分の追いかけっこ、この世で一番マヌケな光景だろう。でもいいんだ、どうせ誰も見ていないしな!
「待て、この野郎!」
分身が叫ぶ。そう言われて待つ馬鹿がいるか、この無能野郎……あっ、おれだった。
校庭を数周回ったところで、いささかへばってきた。おそらく相手も同じだろうが、おれの方が限界が近いはずだ。それを知っていて、全力で追いつこうとしてくる奴の裏をかくには……
おれは走るのをやめた。
「え、おい、ちょっと」
そこに分身が勢いよく突っ込んで来る。おれ達は揉み合うように、グラウンドの砂の上を転がった。
「痛え、急に止まりやがって」
仰向けに倒れた分身が、空に向かって憎まれ口を叩く。
「うるせえ、さっきはよくもやってくれたな!」
おれは急いで起き上がる。おれも奴も、丸腰になっていた。
おれ達は素手で殴り合った。そもそもそういうことに慣れていない、弱い男たちの喧嘩。どちらも決め手が無く、落とし所もよくわからないため、それはダラダラと続いた。
「まいったか、この野郎!」
「なんだと、この!」
どちらが発したのかもわからなくなっていく言葉。口の中は血の味、鉄のような味で一杯だった。やがて夕陽が二人を赤く染め上げる頃、どちらからともなく、ほぼ同時に、地面に倒れ込んだ。