深層へ
「先生」に従って行くと、裏庭へと出た。小さな花壇や野菜の畑などがある中で、一際目を引いたのは、ぽっかりと口を開けた三つの井戸だった。
「それで、魔力の開発というのは、どういう……」
意味ありげな三つの井戸が、おれを不安にさせる。
「ふふ、少年、左の井戸の中を覗き込んで貰えるかしら」
先生が言う。井戸の中?何だろう?
「えーっと、この井戸ですね」
「ふふ、何が見えるかしら?」
井戸の中はただただ暗く、底も見えない。
「何も見えません」
「ほらもっと、グイッと奥まで」
先生がおれの背中に体を押し付ける。あ、当たってます、先生……いや、それどころじゃない⁉︎
「ちょ、あまり押すと……」
不意に視界が上下反転し、おれは頭から井戸に落ちた。奈落の底へと真っ逆さまに、どこまでも……やがて意識が遠のいてゆくのが、ゆっくりと感じられた。
どれくらい眠っていたのか?グッと両腕を伸ばして眠気を払う。けっこう落ちたはずだが、どうやら無傷で済んだようだ。だが一体、ここは……⁉︎
井戸の底と思われるその空間は、木の根っこやツタが絡まってできた、巨大なカゴのようで、地中深いはずなのに妙に明るいのが不思議な感じだった。
「目覚めましたか、少年」
空間に柔らかく響く女性の声。少し遠く歪んだ感じがするが、先生の声で間違いないだろう。
「はい、……先生、これはどういう」
「あなたの魔力を開発するために、戦ってもらう相手がいます。顔を上げるのです」
おれのいる場所から数メートル離れたところに、剣を構えた人影が見えた。
「一体誰ですか」
「あなたのよーく知ってる人ですよ、ふふっ」
笑い声が、おれの緊張をさらに煽る。誰だろう?
一歩、二歩、おれは腰に下げた魔法剣に手をやりながら、ジリジリと近づく。くそっ、まさか戦うハメになるとは。それも一人で……ヤバい、おれは全然強くないぞ!
「えーっと、どうしても戦わないと、ダメですか?」
「魔力が欲しくないのですか?」
正直、ノリというか勢いというか、結構軽い気持ちだったから、本気を問われると痛い。でも、魔法を使いたいというのは嘘じゃない。
「簡単にはいかないものですね」
「おっ、やる気になりましたね」
ええい、ノリと勢い上等だ!さあ、おれの相手はどんな顔をしている?
「あれっ、えっ」
確かに見覚えのある顔。風呂とか洗面所でよく見る……
「お、おれ⁉︎」
「ふふ、驚いたようですね。それはあなたの心の中で、魔力の発動を阻止しているものを、実体化したもの」
「は、はあ」
理屈はよく分からないが、この分身みたいなやつを倒せばいいんだな。
「さあ、自分に打ち勝つのです、少年!」
「は、ハイ!」
気がつけば、敵はもう近くだった。飛びかかれば届く距離。
「南無三!」
おれは勢いよく剣を抜いた。