姉さん当たってます
うっそうとした森の木々の間を、おれ達は歩いていた。足もとは草に覆われていて歩きにくい。
「どのくらいで着くのかな」
おれが問いかけると、魔法使いは笑みを浮かべた。
「……そう遠くはない。もう疲れたのか?だらしない……」
「いや、まあ、そうだけど」
「……少し休むか。急ぐ必要も……」
そう言いかけた時、魔法使いの表情が変わった。
「どうかした……うっ⁉︎」
おれの問いかけには答えず、急に体を密着させてくる。
「な、なんですか、いきなり」
腕に何か柔らかいものが当たって、おれは気が気ではなかった。それに良い匂いもするし……
「……しっ、後ろから誰かくる。みっつ数えたら左右に散るぞ……」
「えっ、誰かって」
「……とっ捕まえて聞くとしよう。さん、に、いち……」
おれ達は二手に分かれると、木の陰に身を隠した。すると、「追跡者」が慌てたように駆け寄ってくるのが見えた。
「……今だ……」
「おお!」
おれ達は左右から同時に飛びかかろうとしたが、思いとどまった。
「子供です!」
おれは叫ぶ。
「……ああ、だが油断はするな……」
魔法使いは表情を変えずに言った。
「ま、待ってください!怪しいものではないです!」
あどけない表情の子供が、カン高い声で叫ぶ。おれ達はじりじりと、左右から挟むように近づいていく。
「ただ、ちょっと……」
子供がそう言った時、不意に、腹の鳴る音がした。
「は、恥ずかしい……」
おれの元いた世界なら、小学生か中学生か、とにかくおれより少し年下だと思われるような子供が、真っ赤な顔で呟く。
「……お腹が空いていたのか……」
魔法使いは表情を緩めると、普段よりも優しい口調で言った。
「はい、それで、よろしかったら……図々しいとは思うのですが……」
高く透き通るような声。中性的な見た目も相まって、性別が分からない。
「……ちょうど休憩するところだったんだ。食べ物も、少しなら……」
魔法使いがそう言うと、子供の目が、車のヘッドライトのように輝くのが見て取れた。
「迷子になったって?」
おれは、食べ物に夢中な子供に問いかけた。
「ハイ、実は人を探していたのですが」
食べ物を飲み込んでから、落ち着いた口調で答える。
「森に迷い込んでしまって」
その割には平気な感じがする。おっとりとした性格なのか?
「おれ達はこれから用事があるんだが」
「ボクも一緒に行っていいですか?」
「なっ⁉︎遊びじゃない……」
言いかけたおれを真っ直ぐに見つめる、大きな目。くそっ、そんな目で見るな!
「……まあ、良いだろう。一人で帰すわけにもいくまい……」
魔法使いはそう言って微笑んだ。
「な、なんか優しいですね、魔法使い」
おれがそう言うと、不意にケツを掴まれる感触がした。
「……私はいつも優しい……あと、お姉ちゃんと呼べ……」
「痛い痛い、ね、姉さん!」
「……よろしい……」
傍で、子供がクスクスと笑っていた。