真昼の決闘?
真昼間から、男が二人、テーブルの上で手を握り合っていた。
「いいか小僧、よく見ていろ」
細身の男が端正な顔立ちに微笑を浮かべている。上着を脱いで、やる気十分だ。
「あっという間に終わっちまうよ」
大きな体格に、太い腕の男。もう一人の男とは対照的ないかめしい顔を、くしゃくしゃにして笑う。
「二人とも、用意は良いか?」
少女が小さな両手で、二人の男の組み合った手を包み込もうとするが、全然大きさが足りていなかった。
たくましい方の男は、今おれたちがいるこの場所ーー飲食店らしいーーのマスターで、この街を守る「自警団」の団長でもある。おれは、この男が凶暴化した大男を素手で制圧するのを見たことがある。そしてもう一方の優男は、この腕ずもう勝負の審判を務める少女、つまりおれ達のリーダーの、兄貴である。この男も素手で大男を制圧したりする。
「レディー、ゴーじゃ!」
え、英語……まあそれはいいとして、果たして勝負になるのだろうか?体格差は歴然としているが……
「フン、さすがに厳しいな」
兄貴は苦笑いしながら言う。手の甲がテーブルの面にみるみる近づく……
「一気に決める!」
マスターの鼻息が荒い。
「だが、これはどうだ⁉︎」
兄貴はギリギリのところで踏み止まると、じりじりと盛り返した。
「どこにそんな力が」
おれが思わず口にすると、その男の妹が答えた。
「力ではない、魔力じゃ!」
「えっ、腕ずもうでそれはズルくね?」
おれがそう言うと、意外にもマスターが口を開いた。
「ズルくないぞ。なぜなら、おれだって!」
フン!と短く息を吐くと、今度はマスターがみるみる盛り返してきた。
「……マスターの魔力が!……」
魔法使いが驚いたように言う。
「くっ、これはたまらんぞ!」
一気に押し切られる兄貴。手の甲を押さえて、子供のように痛がるそぶりを見せた。
「と、いうわけで」
兄貴はおれの方を向いて、真面目な顔をした。
「貴様には魔力の修行をしてもらう」
「えっ、なんですかいきなり」
腕ずもうと魔力の修行になんの関係が……⁉︎
「今見た通り、力ずくに見えて、俺たちは魔力も使っている。目に見える魔法ーー妹や、そこの魔法使いの彼女のようなーーだけでなく、ごく自然に育ってくる中で身につく、呼吸や言葉に近い感覚のものなのだが」
ああ、全然違う世界に居るんだな……改めてそんなことを思ってしまい、妙に心細く感じる。そんな考えが顔に出てしまっていたのか、兄貴が宥めるような口調で続けた。
「この近くに魔力の扱いに長けた者が住んでいる。そこで、何か掴めるんじゃないかと思ってな。もちろん、嫌なら無理にとは言わないが」
達人の元で魔力の修行⁉︎わけがわからないし、ちょっと怖いぞ。何をやらされるものやら……
「やりたいです」
い、いかん、好奇心が身を滅ぼすぞ⁉︎
「……私が連れて行こう……」
魔法使いが言う。彼女が率先して言い出すなんて、珍しく感じる。
「わしも行くのじゃ」
「……大丈夫。リーダーはここに居て……帰る場所が必要だから……」
「そうか。今回はお主に従うのが最善じゃろう」
何か事情があるのだろうか?リーダーがやけに素直だ。
「わしに出来ることといえば、これくらいかのう」
そう言うと、おもむろに着ていたローブを脱ぎだした。
「な、何を急に、リーダー!」
勿論ハダカになるわけではないが、見慣れない軽装の少女の肌が、やけに眩しく見えて、おれは目を背けた。
「な、なにを興奮しておるか、この痴れ者が!……このローブを持って行け」
手渡されたローブをおれは羽織った。温もりがまだ残っている。そして……
「えい、匂いを嗅ぐな馬鹿者!……わしの魔力が染み付いている。少しは役に立つじゃろう」
「ああ、魔力か」
「他の何が染み付いているというのじゃ」
「えーっと」
「言うな!」
な、何だよ!
「妹よ」
兄貴が不意に口を挟む。
「私にも何か、こう……くれないか」
「何を言っているのじゃ、兄上」
シス……妹想いの兄貴は、なおも食い下がった。
「兄妹の絆を思い出す、せめてものよすがに!」
「ええい、気持ち悪いのじゃ!」
「……行こうか、少年……」
騒ぐ兄妹を尻目に、魔法使いが言った。