第9話『教えて、せしるてんてー!』
せしるてんてーとお勉強する回
セシルが拓馬とあかりの教導を同時に行うと決めたのは、二人の接点を増やしておきたい目論見もあった。
いざという時に、二人が共同して行動できるようにしておきたい。
そんな今後のことを考えながら、二人を伴い彼女は城内の中庭へと辿り着いた。青々と茂った草木に池まで付いている。
城内は厳かで居住性が今ひとつなのもあり、こちらの方が開放感もあって居心地は良い。
「今は人もいませんし、ここでいいでしょう」
「よろしくお願いします!」
「いぃぃぃやっふううぅぅぅ! セシルたんの魔法が生で拝める! こいつぁ見るドラッグだぜぇー!」
「いえ、そんな危ないものじゃないですから」
初手からこの差。馬鹿のテンションがアッパー過ぎて恐い。
「恐らくお二人共、今日までに魔石そのものはどこかで見ているでしょう。特に拓馬さんは厨房でのお仕事もありましたので、火を起こす所は見ているはずですね」
「前に戦闘記録を映したプロジェクターでも魔石を使っていたんだよね。あれはビックリしたよ」
この世界ではあらゆるところで魔石が使われている。この世界を運営するシステムの一つとして欠かせない要素の一つなのだ。
セシルはポケットから本日の授業用に持ってきた不透明な赤い石を取り出した。
「改めて説明しますと、これは火の魔石。名前通り火を起こすために使用する魔道具です。あ、魔道具とはそれ自体に何らかの魔力が宿っている道具だと思ってください」
「火の魔石を台所にセットしてスイッチ……火の魔石を台所にセットしてスイッチ……」
残念な方の生徒が職業病みたいことをブツブツつぶやき出したが、既に出禁ですよね?
「名前からして水の魔石とかもあるの?」
「ええそうです。風や光といった様々な種類の魔石があります」
「この世界では自然現象を石にパッケージできるんだ……」
「石パないの!」
地球とこの世界では根底にある技術ベースが大きく異なっている。
セシルからすれば、魔石を使わず様々な分野で発展している拓馬達の世界が不思議で仕方ない。
「実際に見るのが早いでしょう。危ないので少し離れてください」
「合点承知っ!」
「いつの時代の返事かな、それ」
指示された通り、二人はセシルから数メートル程距離をとった。拓馬も言葉はフリーダムだが、魔石は気になるのか行動は素直だ。
「では、始めます」
セシルは右手に持った石を胸元に掲げて、目を閉じた。
己の魔術練度なら目を瞑り集中する過程は本来不要だが、今回は説明の実践でもあるため初心者向けの手順を踏んでおく。
目を開くと、現実でも空中で小さな火が点っていた。
二人が見ている限りでは、何もない所に、いきなり火が出現したように見えたろう。
更に魔力を込めると、火はどんどん膨らむよう巨大化していく。
小さな火が拳大へ。そして風船のようなサイズの火球に変化していった。
「すごい……」
「Oh、ファンタスティックムービー!」
もう火というより炎と呼ぶべきサイズ。この時点でかなりの熱量だ。
一度発現させた火を、前へと移動させる。
ゆっくりと、しかし玉の形や大きさは維持したまま。
二メートル程進んだところで、炎は霧散するように消えた。込めた魔力を使い切って火を維持できなくなったのだ
「こんなところでしょうか」
「すごーい! 出せるだけじゃなくて動かせるんだね!」
「エネルギー保存の法則はこの世界だと居留守使ってるのかな?」
異世界人の人達は初めて魔石の力を知ると、だいたいは『小さな石にこんな力が詰まってるの?』と驚くのだが、それは二人も例外ではなかったようだ。
「今のは安全を考慮してゆっくりでしたが、もっと早くもできますよ」
「俺は厨房で兵器を運用していたのか……」
拓馬の指摘はわからなくもない。彼にとっては厨房にあるごく普通の日用品なのだ。
「道具は使い方次第です」
けれど道具は道具。包丁やナイフだって使い方を誤れば人の命を奪う。
「ごもっともでございますぅ」
「この石の中にさっきの炎が丸々入ってるの?」
「魔石は火を生むための魔素が入っているだけで、実際はわたしの魔力で作っています」
「なるほどわからん」
拓馬は先に召喚された分、魔法についてある程度学んでいるはずなのだけど、堂々としたものだ。
あかりにも基礎知識の解説は必要なので、改めて説明する。
「ええと、この中には火の魔力が入っています。けれど今使った火は小さなもので、そこにわたしの魔力を通すことで大きな火の玉を作ったんです」
「ふーむ、つまり魔石は種火で、セシルちゃんはそこに自分で薪を焚べた感じなのかな?」
「はい、そんなイメージです」
「うふふ、ちゃんと伝わってコクコク頷くセシルたんかわゆい」
あかりが半目で拓馬を見ている。あれ、増えていく接点の先端が棘のようになっているのは気のせいだろうか。
「魔力はそのままだと力の塊でしかありません。そこから別の形に変換するのは努力と才能が必要です」
「魔石がそれを代わりにやってくれてる?」
「そうです。わたしも本来、火の魔法を使う才能はありませんが、魔石を使えば今みたいなことができます」
「なるほど。魔石は一種のコンバーターなんだね」
あかりは話しながら得心したように頷いた。
魔法とは先天的な素質が大きく、魔石はそれを緩和できる希少な手段だ。
「それに魔力の操り方次第で大きさや形を変えたり、細かなコントロールもできますよ」
そう言うと、今度はさっきより小さい火球を生みだす。
しかし火はすぐには消えることなくその場から移動し伸びていく。蛇のように細長い火がセシルの周りをくるくると舞った。
「おおーっ」
二人揃ってパチパチと拍手してくれてちょっと嬉しい。火を消したセシルはその場で微笑を浮かべてお辞儀する。
「やっぱりお嫁さんにできないでしょうか」
「ちょっと真面目な感じで交渉を試みないでください」
「拓馬さんいつもこんな調子なの……?」
サボってどこかに消えていないだけでも普段よりはマシな事実には口をつぐんだ。
「種火しかない分、そこから取り出した火は加工しやすいのです」
「ほほう、キッチンではガスの代わりに何かしらの方法で魔力を通して、魔石を着火器具にしてるっと。長年の謎が解けたぞ!」
「長年と言うならせめて試用期間中に解雇通知が届くのどうにかしてください」
この人、オチを付けないと言葉を発せられない病でも患っているのだろうか。
「とはいえ理屈は合っています。魔石は生活の様々なところで使われているものなんですよ」
魔石とは一般家庭でも使える魔法の種火であり、この世界では生活必需品の一種だ。
「今日の授業は、ボク異世界に来てるんだなーって感じがすごくするよ」
「なら解雇通知率を減らすため、せしるてんてーに質問でーす」
満面の笑みを浮かべた拓馬が、シュバッと勢いよく挙手した。
「婚姻届に判を押す以外の方法ならお答えします」
真顔になって腕が降ろされていく。
「ボクにはクビと結婚の繋がりがわからなかったんだけど……」
拓馬との会話には道端の石ころぐらいの頻度で婚姻届けの紙が落ちているだから仕方ない。
「仕方ない……じゃあ妥協して、魔石を使う時の注意事項なんかはあるのかい?」
妥協したら良い質問が出てくるのは一体どういう構造だろうか。
「ああそっか。この世界で暮らしていくなら、いずれボクも使う機会があるかも」
便利なものは扱いを間違えば大怪我に繋がるのは世の常。道具は使い方次第というのならば、先に正しい扱い方を覚えねばならない。
「それなら傷付いた魔石を使ってはいけません。もし魔石が割れて中身が漏れると危険です。種火とはいえ、中の魔素が一気に噴き出すと大怪我になります」
「ガスの元栓閉め忘れてキッチンで煙草吸ってドカーンのフラグか」
「これは家事用に精製されていますが、もっと純度の高い魔石だと、規模も桁違いになります」
「それってどれくらい? お屋敷が火事とか?」
「過去、魔術の実験中に誤って魔石が破損して、研究施設が消失する事件がありました」
「「絶対粗末に扱いません!」」
二人の声が揃った。理解を得られたのなら何よりだ。
「魔石は扱いを間違うと危険ですが、わたし達の生活には必要不可欠な物です。必要以上に恐れることはありません」
あくまで魔石は生活に根ざす重要な魔道具。故にこそ、こうして魔法関連の中でも優先的に説明している。
間違った使い方さえしなければ子供でも扱える代物なのだ。
「落としたりぶつけたりでいきなり割れることは滅多にないですけど、傷が入ることはあります。一度ひび割れると強度は落ちてしまうので、すぐ取り替えてくださいね」
「はい! わかりました」
元気よく頷く勇者あかり。教え甲斐のある真面目な生徒だ。対して拓馬は、
「愛の魔石を見つけだしてセシルたんとメイク・ラブするアイテムを生み出せば」
「それご禁制です」
子供に媚薬を盛ろうとしていた。衛兵さん、この人です。
●
以上が本日の報告となります。
ほらほら、タクマさんもちゃんと聞いていてくれたじゃないですか。
うう、なんですかその表情……わたし、何も間違ったこと言ってませんからね!





