第6話『勇者パゥワッ!!』
呉乃あかりは魔物の群れに囲まれていた。
見晴らしのいい草原だが周囲は木々が囲む。
子供くらいの背丈で、体毛のない緑色の皮膚。この世界におけるゴブリンの身体的特徴だ。
この場にいるのはあかりのみではなく、十名近い兵士達もゴブリンとの戦闘に入っていた。
兵士一人に三匹以上のゴブリンが取り囲み、次々と殴りかかる。
子供のような体躯だが、ゴブリンは膝を曲げて自分の身長より二倍近い位置まで跳ぶ。
鍛えている兵士達は盾や剣で受け止め防御する。そうして背後や死角から残りのゴブリン達が混紡で打撃を入れてくる。
力は魔物基準だとさほどでもないものの、人間で言えば並の成人男性以上。それが全力で武器を振り回してくるのだから、鎧の上からでもそれなりに痛む。
しかも窮地で援護を求める声を大きく上げる兵士程、敵数が増えていく。
最初は兵士達の数がゴブリンを上回るよう計算されていたが、事実は真逆。聞いていた報告より数が多い。
元々ゴブリンとの戦いは、この近辺の領主が討伐願いを出したことが切っ掛けだった。
本来、この手の依頼は町の冒険者ギルドに交付される。
それをジョブドライバーの性能テストとして丁度いいと、この依頼に限り王国が受け持った。
とはいえ、あかりは昨日国王の前で変身したばりのひよっこだ。
訓練だけでなく実戦の空気を感じさせることを目的として、実際の対処は付添の兵士達がメインで行うはずだった。
それがむしろゴブリン達に押され気味である。ゴブリンとは妖精族で、魔物でも最下級に属する一種だ。
本来は兵士達と渡り合えるような、秩序だった戦術の確立なんてできない。
そもそもゴブリンの戦いは自分達が取ろうとしていた戦術であり、そのために森の中から誘導して誘き出した。
格下の雑魚だと侮っていたら想定外の反抗をされ、兵士達は慌てふためいている。
その中でたった一人、例外がいた。
転身によって勇者のアーマーを着込んだ少女、呉乃あかりである。
「ブレイバー、剣をお願い」
≪Load Kaladborg≫
あかりの呼びかけに応えて、AIが別空間に保管されている剣を喚び出し装備させた。
「りゃあっ」
飛びかかろうとするゴブリンに、あかりから突っ込んだ。
転身中は反応速度も向上する。ゴブリンが跳躍の準備を始めた段階であかりが踏み込む。
そうすると強化された身体は、敵性の行動前に剣を振り抜くことを可能とさせる。
一撃で胴体を裂かれ、ゴブリンの一匹は光となって消滅した。
まるでゲームのような演出だが、ここにいる魔物達は尋常な法則で生まれた生物ではないため、身体を維持できなくなると消滅してしまう。
これはあかりにとって間違いなく僥倖だった。
もし剣で斬って、内蔵丸出しで血が吹き上がったら、現代日本人の小娘はドン引きして戦うどころではなくなる。
切り裂いてすぐ光になって消滅するプロセスのおかげで、魔物に対する非現実感がむしろ強調され、彼女の罪悪感をかなり薄める役割を果たしていた。
「こんのっ」
力任せに振り回しているだけなのだが、それでも速い。
ゴブリンはほとんどその動きに追いつけず二匹目も倒された。
「あっ」
けれど三匹目は、自分への無警戒と大振りの隙を突いて、背後から混紡を殴りつけた。
背中に当たった打撃は、けれど成果が無い。
パチンと小さなオレンジの火花みたいな光が散ったが、衝撃は中まで響いていないだろう。
火花の正体は魔力光だ。
アーマードジョブには物理防御と共に魔力壁による表面コーティングがなされている。
ゴブリンの打撃は物理装甲にすら到達せず、表面の魔力壁によって止められた。
散った火花はコーティングされた魔力が微かに剥がれた時に生じたものだ。
魔力反応によって何かが触れた感覚程度はあるらしく、あかりは小さな驚きをもって振り返るも、すぐ真顔になって三匹目を切り捨てた。
あっという間に三匹を倒し切るも、すぐまた新たなゴブリンが補充されてくる。が、それも次々に切り倒されていく。
魔物の群れは連携こそ取れているが、それも簡易なものでしかなく、戦闘そのものはごく単調だ。
故にとにかく素早ければ、ゴブリンにそれを避ける術は皆無。
倒すのが早すぎて群れの増援が間に合わず、幾度目かの繰り返しであかりは敵を振り切った。
そうして近くの兵士達を順番に助けていく。
すると兵士達も持ち直して、状況にも多少の余裕が生まれてくる。
その時だった。森の中から咆哮が響き、それは現れる。
ゴブリン換算だと三倍以上の背丈で、横幅は五体分を超えるだろう。
「キングゴブリンだ……!」
兵士の一人が驚嘆の声を上げた。
体毛のない緑の肌こそ同じだが、サイズと威圧感は完全に別格。キングは多分キングサイズって意味ではないだろうか。
「くそ、なんでこんな場所にキングゴブリンが!」
「大勢を立て直せ! 槍兵を前へ!」
兵士達はボス格の出現に対応しようとするが、ゴブリン達が先んじた。
先程の雄叫び時から、群れは新たな動きを作っている。
ゴブリンは再集結して兵士達へと取り付きだす。中でもあかりに向かうゴブリンの数が増えていた。
「あーもう! わぷっ」
ゴブリン達は一匹ずつではなく、全員一斉にあかりへと飛びかかった。
腕と言わず足と言わず顔と言わず、かなり強引に引っ付いて無理やり足止めにかかっている。
だが、残っているゴブリンの多くをあかりに割いているため、自由になった兵士の数も増えていた。
兵士達は二手に分かれる。片方はあかりを助けるためゴブリンを引き離そうとする。
もう一方はキングゴブリンを打倒するために切り込んでいく。
キングゴブリンは群れのリーダーというよりは、機能としての司令塔に近い。
ゴブリン達の動きはキングゴブリンが指示していると思われる。
同じゴブリンでも、身軽で脆い兵達とはまるで真逆の性質だ。
グラドニア王国の話によると、ここにいるゴブリンは魔界から送られた瘴気が生んだ魔物だ。
乱暴な言い方をすると、それぞれゴブリンの型とキングゴブリンの型に瘴気を流し込んでクラフトした生命体。ラブが足りない。
なので、同じゴブリン種でも誕生の根幹が大きく異なる。
盾持ちの兵士を出して邪魔するゴブリンを抑え込んで、槍を手にする兵士が突貫する。
キングゴブリンはかなりサイズがある分、身のこなしは重い。
その欠点を突き、槍兵がリーチを利用した射程外からの突きを繰り出す。
「やあっ! ……なっ?」
狙った一撃はたしかに命中したけれど、それだけだった。
突き込んだ槍の穂先が皮膚の下まで通らない。分厚い筋肉を抜けないのだ。
「グウウウウオオオオオオ!」
兵士達を捨て置いてでもあかりを集中して狙ったのは、兵士の力ではキングゴブリンに致命打を与えられないと悟ったためだ。
キングゴブリンが巨体に似つかわしい巨大な混紡を振り上げ、スウィングする。
「盾隊、前へ出ろお!」
盾持ちの兵士が一斉に前へと出て、槍兵は下がる。
そしてキングサイズの打撃を、盾越しに受けた。
「うわあああああ!」
巨腕が盾ごと兵士達を跳ね上げた。
吹き飛ばされた兵士の一人、最も後方にいた男は弧を描き落下する。そのコースラインのゴールは頭から地面への激突だ。
頭部は顎の高さまでカバーできる兜で守っている。しかし、これは通常の打撃や斬撃を防ぐための用途でしかない。
自分の身長よりも高く飛び大地に激突すれば、兜の重みがそのまま衝撃として伝わる。そうなれば首が折れて絶命は免れない。
空中で姿勢を変えることもままならず、兵士は無防備のまま重力に引かれていく。
衝撃があった。それは大地よりも固く、けれどクッションのように兵士を受け止める。
「大丈夫ですか?」
「勇者様……!」
兵士を受け止めたのは呉乃あかりだった。
少しばかり解説を巻き戻す。殺到するゴブリンに抱きつかれまくった時、あかりは武器を手放しその中の一匹を掴み強引に引き剥がして、兵士達にすぐ離れるよう警告。
そして両足を掴んで思い切りぶん回しだした。まさかゴブリンにジャイアントスイングをかけるとは。
「こんのおおおおおおお!」
回転の遠心力で張り付いた者達が強制的に引き剥がされていき、ぶん回されているゴブリンに殴り飛ばされる。最後は掴んでいた一匹を離し近くの木に叩きつけてトドメとした。
そして開放されたあかりは兵士達が吹き飛ばされた姿を目撃する。
状況把握した彼女は即後方に跳んだ。そして背後にあった木を蹴って高度を確保し、兵士をキャッチして着地した。
「ありがとうございます!」
「少し離れていてください」
あかりはそう指示すると、その場に屈んだ。両手を拳にして地面に付き、伸ばした親指に体重をじわりとかける姿勢だ。
腰を落とし左膝を曲げ、右足を伸ばすと、右足で地面を強く蹴り、あかりという名の弾丸は発射された。
金属製のブーツが地面を噛んで弾き、急加速を入れる。
突き抜けていく弾丸は途中のゴブリン一切を振り切った。
捕まえようにも追いつけない。たとえ不意打ちを入れられたとしても、元々ダメージはないのだ。
あかりが向かう先、弾丸の着弾地点にいるのはキングゴブリンだ。
肉体強度も腕力も並のゴブリンとは別次元。
そもそもゴブリンがどう成長したとしても、ああいう成長が起こるとは到底思えない。
猿が火使って服着て人類になったのとは違う。最初からこういう存在としてデザインされている存在。
キングゴブリンは腕を振り上げ迎撃の大勢を取る。だがあまりに遅い。
棍棒が獲物を打つよりも早く、あかりの拳がキングゴブリンの腹部に叩き込まれた。
腕は肘まで隠れるぐらいに深く、魔物の腹にめり込んだ。
「グゲアアアアアアア!」
打撃の生んだ衝撃波が、そのままキングゴブリンの腹を抉り抜いて、敵の叫びはそのまま断末魔となって光の粒子と化した。
司令塔を失ったゴブリン達の戦線はあっさりと崩壊する。
さっきまでの連携は崩れて、兵士達による各個撃破が始まった。
こうなれば後は時間の問題だ。
あかりの戦闘も実質ここまでだろう。ならば、こちらの役目はおしまいだ。
「現場からは以上です」
俺はそう宣言して、スマホの録画機能を停止した。