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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第二章 異端≪エルフ≫は救済者の夢を見ない(事件編)
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第43話『覚悟の在処』

 二人揃って廊下を走りながらメルーがあかりに告げる。


「急ぎ馬と候補生から何名か戦力を手配します」


「どっちも必要ありません。とにかく急ぎます!」


「急ぐと言っても、魔女の使い魔はアートリスさんも殺害した恐ろしく強い魔物です」


「だからボクが行くんです」


 最短ルートで屋敷の外へ出たあかりは、ジョブドライバーを操作して目の前に魔法陣を出現させる。

 そこに召喚されたのは、彼女専用の『馬』だった。


「勇者様、これは……?」


「ジョブ・ホースって名前だそうです」


 それは部分的には馬を模した形状ではあるものの、脚ではなく二論のタイヤからなる鋼鉄の駆動機体。白銀と橙を基調としたオートバイだった。

 あかりはヘルメットを被りながら、もう一つをメルーに手渡して指示する。


「これ被って、後ろに跨りボクに掴まってください」


「は、はい……」


 見たことのない魔道具(アーティファクト)とあかりの剣幕に押されたメルーは素直に従う。

 ジョブ・ホースの扱いはグラドニア城にいた頃、拓馬から一通り教わった。


「飛ばします!」


 それは馬よりも速く自在に、銀の機体は加速する。

 風を受け、日暮れの近い道を走り抜けていく。地球にいた頃は走るか自転車だったけれど、今はツーリングやドライブを楽しむ人達の気持ちが理解できるようになった。

 けど今は楽しみを感じる余裕もなく、メルーの指示に従い現場へと急行する。


「ここを右に……あの馬車です!」


「転身!」


 あかり達が見つけた馬車は横転しており、辺りには血と、人だったものが転がっていた。ここはもう戦場だ。

 足元ではなく前面に出現した魔法陣を突き抜けるようにアーマーを纏う。


「グギギギィ!」


「カラドボルグ!」


 視界に唸りを上げる黒の塊が映ると、呼び出した剣を片手に握る。ギア・ホースはむしろ加速して、すれ違い様に敵を切り裂いた。

 光に還るのを見届けながら機体を停止。すると、続けて潜んでいた黒塊達が姿を見せだした。


「メルーさんは皆を! ボクは使い魔を倒します」


「はい!」


「りゃああああああ!」


 あかりは前に立つと、黒塊を一匹一太刀で倒していく。

 それもできるだけ派手に、敵の注意を引き付け己が盾となるためだ。

 メルーはその背後を走り抜けた。近くで倒れる冒険者に声をかけて、治癒魔法を行使し始める。


「救援にきました。すぐに治療します!」


「うぅ……!」


「意識をしっかり保って!」

 

 メルーが声をかけても漏れてくるのは呻き声だけ。しかも、一匹離れた位置にいたスライムが彼女と冒険者へ襲いかかってくる。


「エア・バースト!」


 魔杖を掲げての発した直後に、黒塊は後方に大きく吹き飛ばされた。圧縮した不可視の大気が直撃したのだ。

 タイミングも威力も完璧だった。しかし軟体は何事もなかった即時再びの突撃をかけてくる。


「効いてない!?」


「させないっ!」


 あかりがしゃがみ込むメルーを飛び越えながら、空中で黒塊を横薙ぎに両断した。

 無害化した粒子が眼下の二人に降り注ぐ。

 着地と同時に周囲を確認する。念のためバイザーを下ろして魔力探知も確認すると、森の中で一つの集団を感知した。


「残りは四匹……え、三?」


 ――数が減った?


 バイザーで感知した敵数は四。けれどその数が一つずつ減少していき、集約された魔力の膨張を、頭部の制御ユニットが示している。

 解答はその数が一つになると同時に明かされた。森の木々を薙ぎ倒しながら巨体が現れたのだ。

 あかりがこれまで倒してきた落とし子が、身の丈四メートルを越える人の型を取っていた。


「まさか、合体したの!?」


「グルオオオオオォォォ!」


 肯定も否定もなく巨体が吠えた。

 頭部には目も鼻もなく、融合前と変わらぬ巨大な口が縦割れになって、黄ばんだ歯を見せていた。

 サイズからしても四体分以上だ。恐らく何体かを時間稼ぎに送り込みながら合体を進行させていたのだろう。


「なんなんですかあれは!?」


「あれが魔女……いえ、ボク達の敵、ブレスターの力です」


 一歩一歩踏み占めるような足取りが、少しずつ駆け足へと変わっていく。

 合わせるようあかりも走り出していた。


 ――大根よりヤバそう!


「けど、これが最後の一匹! でやあ!」


 飛び上がり振り下ろした一太刀を、巨体の左拳に付いた口が噛みしめるよう挟み込んだ。


「うわっとぉ!」


 力任せの振り回し。

 あかりは自ら剣を手放し、慣性に任せて吹き飛ばされた先の木を蹴った。

 体を縦方向に反転させ、巨体の胴を蹴り込む。


 ――硬い!


 黒塊が揺らいだ。だが、これまでのような魔物の『型』を打ち抜く手応えはない。

 人型でも決まった関節はないのだろう。右腕をしならせ鞭のように薙いでくる。腕を避けても突風が体を叩いた。

 一撃を避けてもまた次が。風圧が段々と熱を帯び始める。


「赤くなって……熱っ」


 触れなくても確かな熱気が伝わる程に、右腕が先端から赤熱化していた。


「りゃっ!」


 地面数センチ上を削る横振りを飛び越え、左腕の先端を蹴る。

 人間なら触れた途端炭化するだろう超高温。それでもアーマードジョブ越しで一瞬の接触なら熱いだけで済む。

 鈍い打撃音が響き、噛まれていた剣が吐き出された。

 勢いに乗って飛ばされた剣を回収して、その場で構えを取る。


「ブレイバー、必殺技!」


 アーマードジョブは忠実に命令を実行し、剣への魔力装填を開始した。

 しかし、黒塊は真っ赤になった右拳をこちらとは別方向に向ける。その先にいるのはメルーと倒れたままの冒険者だ。


「ひあ、こっちに……!」


 腕は膨張して砲身となり、先端の口が開かれていく。

 その内にあるのは凝縮された魔力の塊。赤の放射が始まった。


 赤は一本の熱線と化して、中空を薙いだ。下から上へとしなりを持って空を走る。

 急加速をかけたあかりが、黒塊の右拳を逆撃ちに殴ったのだ。


≪Standby ready.≫


 AIが状況を自動判断し、剣への魔力収束を完了するアラートをブレイバーが告げた。


「いっけえええ!」


≪Favorite job! Braveeeeer!!≫


 袈裟に雷が走る。

 空間の断裂面から生じた爆裂が、背後の木々ごと黒塊を一撃で消し飛ばした。


「すごい、あれが勇者様……!」


 発揮された新生勇者の力に、シンプルな感想を漏らすメルーにあかりが駆け寄る。


「スライムは全部倒しました。そっちは……」


「傷が深すぎて……うぅ」


 メルーは必死に回復魔法を使っているのは見ていてわかるが、倒れている男には人のようで巨大な歯形が残り、脇腹の肉がごっそりと抉られていた。


「助けにきました! もう敵はいません。気をしっかり持ってください!」


 あかりの呼びかけに男は微かな反応を示した。


「あいつ……喰っ……」


 彼は最後に何かを伝えようと伸ばされた腕の指を一本立てるが、すぐに糸が切れた人形のように地面へと落ちた。


「ごめんなさい……駄目でした……他の、人達も……」


 思わず、絶命した男から目を逸らしてしまった。

 あかりにとって、人の死体は決して見慣れたものではない。


「メルーさんは悪くないです」


 そもそも、遺体の移送中に使い魔が現れること自体が想定外だった。魔女が()()()()()()()しかここにはない。

 何が目的かを調べるため、あかりは男が最後に示した方角を確認しにく。


 まず視界に入るのは横転した馬車であり、馬も同様に肉が抉られている。反対側に回ってみると、そこにあったのは赤黒い塊だった。

 日暮れの薄暗闇の中で、あかりには一瞬それが何か認識できなかった。

 けど、届いた刺激臭をきっかけに、それを理解すると、背筋に氷を差し込まれたような悪寒が走る。

 黒くて赤いそれの意味。


「ひっ……!」


 黒くて赤くて。とても、ぐちゃぐちゃで。

 臭くて、肉だった。

 長いのも短いのもあって。全部千切られたみたいで。うそだ。

 白いものが見えたり転がったりしていて。

 どれもこれもがバラバラ。バラバラで、バラバラな。もうやめて。

 真っ黒な布切れが挟まっていて。これはきっと元はこんな色をしていなくてもうやだ。いやだ。こんなの、やだ。


「うっ……ぷっ……おえっ……げえええええええぇ……」


 喉元にせり上がってきた吐しゃ物が地面に撒き散らされた。

 肉塊の悪臭が鼻に届いて涙と吐き気が止まらない。


 冒険者達の死体は全てメルーが確認していた。じゃあ()()は……。


 ――昨日も話した。今日も会った……!


 今思えば今朝の彼女はなんだか少しソワソワしていて、けどそれは不安感ではなく遊園地に行く前夜みたいで。彼女――アートリスは笑っていた。


「どうして……!」


 どうしてこんなことになった。

 どうして彼女がこんな仕打ちを受けないといけない。


 無残に殺されて、死体まで弄ばれて、人の尊厳なんてどこにもない。

 なぜ。なぜ? なぜ!

 ここにいた人達は皆生きていた。今日まで。あるいはさっきまで。


 ――生きていたんだ。


 誰かの手が肩に触れた。あたたかな手。生きている人のぬくもり。メルーの手だった。

 彼女は死体を前に情けなく吐いている勇者を気遣ってくれている。


「メルーが記録と連絡をします。勇者様は無理せず離れていてください」


「ごめんなさい……!」


「勇者様はメルーと冒険者の方を助けてくださいました。優しく強い方です。けど今はまだ、この作業はメルーにお任せください」


 彼女に任せれば、もう嫌なものを見なくて済む。

 己は勇者だ。これは自分の役割ではない。


 ――なら、ボクの役目って何?


 自分の前に立とうとするメルーに腕を伸ばし服を掴んだ。


 そうじゃない。逃げてはいけない。顔を上げろ。

 吐き気を抑えて、もう一方の手で拳を握り、自分の頬を殴った。


「勇者様!?」


 鼻から伝う血が口の中に入る。痛みと知っている味がした。

 任せるってことは逃避だ。思考を止めてはいけない。考えるのは、勇者として、本当に自分がやるべきこと。


「少しだけ、待ってください」


 あかりは転身を解き、ジョブドライバーの通話機能を起動させた。まるで待っていたかのようにワンコールで繋がる。


『よう、目は覚めたかい? それとも閉じたか?』


 やっぱり、とあかりは拓馬の真意を悟った。


「わかってたんだね、最初から。ボクは間に合わないって」


『人質が欲しいならそんな場所は狙うまいよ。なら何かはわからんが、さっさと目的を済ませるだろう』


 グラドニアの兵士達ですら敵わない相手に、不意を打たれた冒険者達ではどうにもならない。現場に着いた頃には、無残な彼らの死体があるだけ。


 己には救う覚悟はあっても、()()()()()()()の覚悟がなかった。

 魔物は人を殺す。全てを救うなんてことはできない。

 あかりが無意識に考えないようにしていた現実を、容赦なく突き付けられた。


「教えて、クーリエさんを救うにはどうすればいいの?」


 なら、まだ救える者を全力で救う。躊躇いなんてもう捨てた。こんな凌辱を、これ以上許してなるものか。


『クーリエが犯人ではないという確信はどこから得た?』


「クーリエさんが魔女なら、もう一度アートリスさんの死体を襲うなんてあり得ない」


『自分が犯人ではないとアピールするためかもよ?』


「それなら屋敷の生きてる人を狙うべきだよ」


 真犯人は既に殺害した相手の死体を、顔の判別も付かないぐらい、あえてもう一度めちゃくちゃにした。そこには必ず何かしらの理由があるはずだ。


『ふむ、寝ぼけ眼でもないようだな。ならそこにあるもの全部、写真と動画に撮って俺に送れ。中身の判断は俺がする』


「わかった」


 通話を終えると、すぐにジョブドライバーを使って周囲の情報を片っ端から記録していく。

 目に付くものは死体も、何もかも、細かいものまで徹底的に。必要か不要かも考えない。それは専門家の拓馬に任せる。


「勇者様……大丈夫ですか? お顔、真っ青です。記録しているのでしょうか? それなら方法を教えてくれればメルーでもできます」


「ありがとう……けど、これはボクの役目なんです。本当に救いたいなら、救えなかった現実から目を背けちゃいけない……!」


 覚悟とは格好いいだけの言葉じゃない。

 どんな苦痛や苦難と遭っても折れない、耐え難きを耐えてやり遂げる。泥臭い言葉。


 ――もう目は逸らさないから。


 撮り終えた画像と動画を全て拓馬へ送信し終えると、あかりは遺体を目立たない場所に移動させ、メルーを連れてジョブ・ホースで一度館へと戻った。

 メルーは、襲われた冒険者達の遺体も含め、もう一度急いで移送の手配を整えるとのことで、あかりはそこに自分も加われるよう頼み込んだ。

 黒いスライムを倒した力を見たこともあってか、彼女はあっさりと了承してくれた。

 もうこれ以上、誰かの命を、死を、弄ぶことは許さない。それがあかりの決めた覚悟だった。



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