第41話『刻まれる刃 /刻む覚悟』
うんちく披露されながら全ての目的を果たして、グラカニスの部屋を後にする。
思ったよりも順調だが、決定打になるものは見つからない。残る面子で果たしてそれが揃うだろうか。
「アカツキ……」
背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。静かな廊下だから聞き取れた、ポツリと呟くような声だった。
「やあ、フレイル」
振り向いた先にいた彼女は、暗い炎の灯る双眸を俺へと向けている。
「貴様……魔女を庇っているそうだな」
「その話は誰から?」
「メイドの姉妹から伝え聞いた」
あの二人なら、せいぜい近況報告程度のつもりだったのだろう。
今のフレイルから全ての情報を遮断して閉じ込めておいたら、それはそれで何をするかわからない。
「俺は真実を探しているだけだよ」
「真実は既に決している。リアノン様の眼によって」
「俺はそう思わないだけさ。それがアートリスのためになるとも信じている」
「貴様が軽々しく妹の名を口にするな……!」
静かな、けれど重苦しい圧を持った声。妹の名前に反応して、彼女からの視線がより厳しいものへと変わる。
「現実から目を逸らすなよ」
「現実を捻じ曲げる貴様が言えたことではない」
フレイルは今、クーリエを憎むことで何とか心の均衡を保っている。
怒りをぶつける先の保証はリアノンだ。
それを否定することは彼女にとって絶対に許されない。
「逸らしてないから探しているのさ、正しい現実を」
俺は自分の能力を信じる。それはただ信じたいからに過ぎない。
ならばフレイルも同じだ。彼女はリアノンを信じたいから信じている。
「だから、一つ教えてくれないか?」
「何をだ」
「お前がロビーのテーブルに座った時のことだよ。お前は実際にアートリスがあの部屋に入る姿を見たのか?」
フレイルの握る手が白くなり、歯を食いしばった形相で俺を睨む。間違いなく、彼女の地雷を踏み抜いた。
「それを私に問う意味はわかっているな」
「ただの事実確認だ」
「疑っているのだろう、私を。犯人として」
会話が噛み合わなくなってきた。それでも俺は言葉を引っ込めない。
「疑っているよ。事件現場にいた全員を等しくな」
「……いいだろう。答えてやる」
フレイルが腰に差した剣に手をかけた。最後のタガが彼女の中で外れようとしている。
「ただし、答えると同時に、貴様を魔女の使い魔として斬る」
脅し、というわけではないな。
これは彼女の中でクーリエが魔女という整合性を保つための行為。
人間性を失いながら、自我を維持しようという矛盾に彼女は気付いていない。
「俺にとって勇者は単なる役割。資質になんて興味はない。けれど、お前は違うだろう?」
妹を失った彼女は、それでも勇者パーティーの一員になりたい想いは完全に消えてはいないはず。
クーリエを信用せず、リアノンを妄信的に信じているのは、それも起因している。
ずっと怪しんでいたエルフを疑う。
屋敷の主を信じる。
この二つが成り立つ間は、まだ彼女の中でパーティー入りの糸は切れていない。
「勇者の仲間になるのなら、本当の正しさを追求すべきだ」
だけど今、真に必要なのは考えること。
苦しくても、悲しくても、それに目を背けて思考を放棄してはいけない。
「俺は追うよ。正しさを。ちゃんと考えて逃げずに答えを見つける。君にだって、それはできるはずだ」
それができないような弱者なら、彼女は今ここにいるはずがない。
「だって君は、ここまでリアノン様に選ばれた存在なのだから」
リアノンの眼は誰もが認める本物。
ならばフレイルもまた、ここにいるに相応しい本物の剣士だ。
「だから俺は君に問う。君が最後に見た、アートリスについてを」
少しの沈黙。
張り詰めた空気の中で、フレイルは答えた。
「扉の前まで付き添ったよ。そして入る寸前、茶会に胸を弾ませて私へ微笑みかけた。アートリスが生きている時に見た、それが最期の姿だった」
「そうか……」
そして、彼女は剣を抜き俺へ向けて走りだした。
下から切り上げる最短コースで刃を振り抜く。
「死ね、邪悪」
初太刀は下がって避けたが、更に踏み込み、続け様の二撃目。
狭い廊下では躱しきれず、肘近くを浅く割いて服からじわりと赤の滲みが広がっていく。
「っく……」
「貴様はもう終わりだ」
そうする必要性すらもうないと言わんばかりに、フレイルは追撃をかけず、その場から動かない。
「リバイバル・スラッシュ」
彼女がその言葉を唱えると、手にした剣の刃が煌めき出した。そして俺の腕に鋭い激痛が走る。
「ぐううっ!」
触れてもないのに腕が裂けて、血飛沫が舞う。
出血しているのはさっき浅く切られたのと同じ部分。
しかし出血量は明らかに増えている。まるで同じ箇所をもう一度斬りつけられたようだ。
「リアノン様を否定しておきながら、選ばれたからだと? ふざけるな!」
「ふざけちゃ……いないさ……」
「リバイバル・スラッシュ」
空いている手で腕を庇うように守る。
けれど再び、直接刃が触れることなく同じ箇所だけが切られた。
出血も止められない。後数回繰り返せば、腕を切り落とされかねない。
「忘れるなよ……俺が伝えたこと……絶対に、な……」
斬られながらも俺は確信していた。彼女はこの事件を解決するために必要不可欠な存在だと。
俺が答えに辿り着く。必要な一手がここにある。
「大丈夫ですか、タクマさま!」
「部屋にいないと思ったら、何をしているの!」
そして、どうやらまだ俺にツキは残っていたらしい。
運良く現れてくれたメイド姉妹を見てそう思う。
俺の居場所をフレイルに告げたのも彼女達だろうけれど、むしろ感謝していた。
間違いなく、俺は流れに乗れているのだから。





