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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第二章 異端≪エルフ≫は救済者の夢を見ない(事件編)
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第40話『芸術家の信奉』

 俺にはメイド姉妹のように無条件で信用できる誰かはいない。


 クアドラは共犯者だが、基本はサポートのみで見ているだけだ。

 それにいくら探偵スキルがあっても、これは俺の独りよがり。仕事ではない。


 それでも俺は俺を信じる。

 凡庸だと言われようが、自分の持てる技術と知恵でこの世界を生きる。

 俺の望む平穏な生活は、逃げた先ではなく、戦った末にしかない。

 そう信じて、俺は目の前の扉を叩く。


「はい、どちら様でショウ……おや、タクマさんでしたか。どうなされましたカ?」


 部屋の扉を開けて出てきたのは相変わらず奇抜な衣装の彼だったが、見るからにしなびれていた。

 独特なイントネーションはいつも通りだが、声は暗く沈んでいる。


「少し聞きたいことがありまして。今、お時間良いですか?」


「ええ。構いませんヨ。ワタシも時間を持て余していたところデス……」


「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔します」


 テンションは地に落ちているものの、部屋の中には入れてくれた。

 面識はあっても部屋にお邪魔するのは初めてであり、そこはまるで異世界だった。

 もちろん比喩表現であり、というか今が正にその異世界に滞在中なのだけど。それを差し引いてもこの部屋は不可思議だったのだ。


「これは……」


 壁には鋏がかけられていた。

 それも一つや二つじゃない。壁一面全てが鋏だ。

 小さな鋏、大きな鋏、広げられた鋏、閉じた鋏。角度も密度も規則性がなく、バラバラに。

 ひたすら鋏が壁を埋め尽くしている。

 壁紙もまるでペンキでも塗りたくったかのように様々な色で溢れ、不規則に曲線で区分けされている。


「これはワタクシのコレクションでございまス」


 いきなり圧倒されてしまった。

 恐らくこれは展示なのだ。鋏を置いているのではなくて観賞用に展示している。

 壁紙も鋏をより魅せるための色分けだろう。


「部屋まで才能の塊みたいですね」


 これこそ俺のような凡人には理解の及ばない世界。

 落ち込んでいなければ、きっと生き生きとして解説してくれたことだろう。


「正直、今一人でいると、ワタクシどんどん気分が沈んでしまって……」


 彼の出してくれた椅子に座って、テーブルを挟み二人で向かい合う。

 あのアッパー系なキャラクターがここまで落ち込むとは相当なことがあったのだろう。


「もしかして、事件のことで何か……」


「信じられないのデスゥ。クーリエさんが魔女で、人殺し……それもよりによってアートリスさんを?」


 テーブルの上で組んでいたグラカニスの手にぎゅっと力が込められる。


「あり得ません……そんなの信じられないデス……」


 グラカニスからこの二人の話題を振ってくるとは思ってもなかった。


「お二人……とは仲が良かったのですか?」


「二人共、休憩時間によくワタクシの造った庭園を見学にきてくれてたのデス」


 彼にとって、二人は己の芸術を理解してくれる大事な客だったのだろう。

 俺も庭園を見かけたことはあるが、この部屋みたいに奇抜なものではなく、普通に綺麗だなーと思った。

 けれどそれは移動中に視界に入ったら眺める程度で、近付いて見学しようとまでは思わない。


「あの、こう言うとあれなんですが、クーリエさんはハーフエルフで人間とはあまり仲が良くなかったと」


「エルフでもある彼女は、ずっと森で育ってきたらしく自然を愛していてマス。普段は人を避けていましたが、ワタクシの庭園にはほとんど毎日いらしてまシタ」


「つまりクーリエさんは貴方にとっては一番の常連客だったと」


「ワタクシからすれば他の人よりもよっぽど身近に感じてマス」


 なるほど。彼は人の上に芸術を置いているタイプなのだろう。

 彼自身が、奇抜な人間性と妙なイントネーションの話し方であり、あまり人と積極的に接するタイプではない。

 俺もグラカニスと打ち解けるには多少時間がかかったのでよくわかる。


「まずは自然を愛し、自然の中にある美をより際立たせ引き出す……ワタクシの作品は自然と共にあるものデス」


「エルフという種族は人より自然に触れている存在。だから貴方にとっては敵ではなく共感する者、ということですね」


 彼が重要視しているのは芸術の理解者であって、それが人間でもエルフでも関係はない。

 それに彼の芸術にとって自然は、それこそ鋏を使ったって切っても切れない重要なものだ。

 そういう意味だと自然を重視するエルフという一族は、彼に限定すれば敵対対象ではないと言えよう。


「そうデス。それに庭園にいる彼女は普段とは違って、とても穏やかな表情なのデス。あれこそが本当のクーリエさんなのだと思いマス」


「彼女とは庭園で話とかしていたんですか?」


「イイエ。むしろ普段はそっとシてまシタ。話しかけると変に緊張させてしまうかもしれませんカラ。何より彼女が庭園を見てくれることこそ、ワタクシにとっては会話でシタ」


 なるほど、まさに芸術家らしいご意見だった。

 ハーフエルフのクーリエにとって、人が近寄らず自然に囲まれていられる庭園は、貴重な癒やしを得られる場所と時間だったのだろう。


「ですが一人だけいましたヨ。庭園で彼女に話しかけていた人物ガ……」


「もしかしてそれが」


「ハイ、アートリスさんデス」


 アートリスが何処でクーリエをお茶会に誘ったのか気になってはいたが、ここで間違いないだろう。


「お二人の会話を盗み聞きはしてませんでしたが、ほとんどはアートリスさんから話かけられてまシタ。そして時々、本当に時々ですが、お二人で微笑み合っている姿も見ていマス」


「あのクーリエさんが?」


 笑顔はおろか、まともに顔を見れるのは訓練中ぐらいなものだ。

 アートリスはそんなクーリエの心を本気で開こうとしていた。

 そして、そのための大事なステップが今日の茶会だったのだ。


「お二人は種族を越えた友情を結ぼうとしていまシタ……。そして庭園がそのキッカケとお手伝いになっていたことは、ワタクシには密やかな自慢だったのデス」


 グラカニスの声が熱を帯びてくる。

 そして彼の目には薄っすらと涙が滲んでいた。


「ワタクシは悔しい……! お二人の友情を裂き、あまつさえクーリエさんに罪を被せた誰かがッ!」


「お気持ちお察しいたします」


「スミマセン……タクマさんに当たっても仕方のないことでしタ……」


「いいえ、そうでもありません。実は俺、今この事件の情報を集めているんです。クーリエさんの無実を晴らすために」


「何デスト!?」


 目尻の涙を拭っていた腕がどかされ、その目が大きく見開かれる。

 グラカニス自身のスタンスはどうあれ、クーリエが自分以上に浮いて周囲から爪弾きにされている存在なのはわかっているはずだ。驚きは当然の反応だろう。


「俺がグラカニスさんの部屋に来たのも、事件に関するお話を聞くためです」


「そうだったのでスカァ……。ワタクシでお役に立つのでしたら何でも聞いてくだサイ!」


 これは幸運でもある。クーリエが大事な客だった彼は、彼女に悪印象が薄い分、話がしやすい。


「ありがとうございます。では事件とその前後、何をしていたか教えていただけますか?」


「それでしたら、ずっと仕事をしてましたヨォ。丁度、事件の時はそこに面した草木の手入れをしていましタァ」


「なら、事件発生時もそこに?」


「エエ、クーリエさんの悲鳴が聞こえて振り向いたら、すぐ皆さんが走ってこられテェ……。どうしていいのかわからず暫く外から様子を窺っていましタァ」


 彼はクーリエを監視していた流れを知らない上に一般人だ。悲鳴が聞こえたら、どうこうする前にまず困惑するだろう。

 あのタイミングだと事件現場へと急いでいたので、外への関心は甘くなって誰もグラカニスの存在に気付かなかった可能性はある。


「事件発生時、外にいたことを証明できる人は誰かいますか?」


「それでしたら、リアノン様ですかネェ。皆さんが現場へ走っていく時に偶然目が合いましたかラァ」


「なるほど。彼女が……。事件前後、他には誰か見かけませんでしたか?」


「イイエ、仕事中はワタクシ一人だけでしたヨォウ?」


 この話が事実なら、今度こそこれで事件当時の関係者は出揃ったことになる。


「ありがとうございました。おかげで貴重な情報も手に入りました」


「イイエ、イイエ! お役に立てたなら何よりでスゥ。どうか、クーリエさんを救ってあげてくだサイ!」


「全力を尽くします」


 話が一段落付いたところで、俺は改めて周囲を見回して部屋を眺めた。


「それにしても、ここには本当に沢山の鋏が揃っていますね」


「鋏とはただの道具ではないのデスゥ。物を切るという役割を持ち、そしてそれを実行するための機能美……それもまた一つじゃありまセェン。紙を切るか、枝を切るか、茎を切るか、無機物を切るか、高い所を切るか、低い所を切るか、細かく切るか、大きく切るか、それぞれによって形が変わりマァス」


「ほほう……」


 道具に愛着沸き過ぎて庭師になったのか、それとも庭師になって道具を愛し過ぎてしまったのか。

 相槌は打ったが、あまりにぶっ飛んでいて、彼の言葉の重みがかえって伝わらない。


 これが美少女フィギュアか漫画なら共感できたのだけど、理解するには鋏に対する俺の理解度が少なすぎた。


「庭師で整備することより道具にここまで愛着を寄せるって、それはそれで珍しい気がします」


「それはよく言われまスゥ。庭師の仲間にもネ」


 ああ、仲間にも言われるんだ。どうやらこの部屋は彼個人の特殊なセンスの上に成り立っているらしい。


「けれど、もちろん美しく造り上げた庭にも、同じくらい愛情を注いでおりますヨォ。内と外、どちらも愛せる空間が広がっている方が幸せじゃあないですカァ?」


「それでこの部屋を……」


 展示の仕方に独創性があるのは、芸術家としてのセンスだろうか。

 流石はリアノンの探してきた人材という他ない。

 ここ一室だけでちょっとした鋏の博物館として成立してしまうレベルだった。


「そうでショウ! そうでショウ! これはワタクシが時間をかけて集めたコレクションですかネェ」


 純粋な趣味の話になって、さっきとは別方面でグラカニスのテンションが上がってきている。クーリエに味方がいたという安心感を表しているのかもしれない。


「これって仕事でも使っているんですか?」


「もとろんですヨォ。手入れも欠かしておりまセン」


 てことは簡単に外せるのだろう。日本だと地震が起きた時の被害が恐そうだ。ベッドの近くの鋏が降り注ぐホラーショーと化す。

 ここへきた経緯に地震が関わるため、つい余計なことを考えてしまった。


「俺の世界にも鋏はあるんですが、こんなに種類があるとは思いませんでした。少し見させてもらってもいいですか?」


「ワタクシの(コレクション)に興味がおありですカァ? これは嬉しいですネェ。どうぞ遠慮なクゥ。触ってみてもいいですヨォ」


 グラカニスにとってこれは庭園と同じ彼の作品なのだ。それを認められた時の反応や行動は簡単に想像できる。

 お言葉に甘えて、俺は密集地帯の鋏を一つ手に取った。


「そいつですカァ。これはお目が高いデスゥ! ああ、こっちもいいですヨォ」


 すると、次から次へと彼のコレクション説明会が始まった。そりゃあそうなるよね。

 こっちもやりやすいので、元気が戻って何よりだと思うことにする。

 わかっていても若干引きつつ、俺はその話を流されるままに聞き続けるのだった。



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