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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第二章 異端≪エルフ≫は救済者の夢を見ない(事件編)
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第38話『戦闘思考の破滅願望』

 現場調査を終えた俺とリィスは、リクレーションルームへとやって来た。まさかこんな展開でここへ戻ってくる羽目になるとは。

 そして彼女はリアノンが用意した薄手のマッサージウェアに着替えて、専用チェアに横たわっている。


「んじゃ、始めるぞ」


「よろしくお願いしまーっス!」


 リィスの体に、俺の指がゆっくりと沈み込んでいく。

 そしてすぐ気付く。ここに来て何十人もの体を揉んできたが、彼女の感触はその誰とも違った。


「柔らかいな……」


「そりゃ女の子っスもん」


「これもう軟体動物ですかね? ってレベル」


「うちは産まれてからずっと人間であると自負してるっス」


 冗談はさておき、リィスの(ジョブ)は剣士だ。

 勇者パーティー候補の最終選考に残っている実力者であるため、当然鍛え込んでいる。


 だから、この柔らかさは筋肉の柔らかさだ。

 恐ろしいほど自然に柔軟な筋肉。


「お客さん良い肉してますね」


「今までよく他の女の子に訴えられなかったっスね」


「褒めたのに……」


 あかりといいリィスといい、何故か評価した肉体の持ち主からは結構な割合で怒られる。


「でも、思ってた以上に気持ちいいっスねえ……人気なのも頷けるっス」


「お褒めに預かり光栄だよ」


「ちゃんと人体の構造を理解してる感じっス」


『私のリアルタイムレクチャーの賜物です』


 頭に直接響く自己主張に感謝しておりますと返した。


「お前、これまでずっとマッサージ避けてたよな」


 俺が今日までマッサージをしていないパーティー候補はニ人いて、その内一人が彼女だった。残る一人はもちろんクーリエだ。


「信用してない人に体を触れられたくなかったっスから」


「うわー。これまで信用されてなかったとか傷付くわー。マジ凹みですわー」


「普段は遊び回りつつ、皆が寝静まってから剣の鍛錬する人は信用ならないっスねえ」


「人の秘密特訓を覗くなんて酷い!」


 バレてた。想定の範囲内であるけれど、直接指摘されたら中々恥ずかしい。


「それはだって、一流戦士達と一緒に素人が棒振りするとかハズいだろ」


「素人の割にはそこそこのものだったっスよ」


「最低限だが棒振りの訓練経験はあるんでね」


 そこそこにはできるが、あくまでもそこそこレベル。勇者候補の最終選考に残った者達相手では、比べるのもおこがましい。


「それに……」


「まだあるのかよ」


「マッサージしてる時、相手によって口調や雰囲気が微妙に違ってたっス」


「なんだよーどんなけ見てんだよー。実は俺のこと大好きさんかよー」


 そんなの探偵にとっては基本だ。そしてリィスはその意図を的確に読んできた。


「明らかに情報収集が目的のマッサージなんてそりゃ避けるっスよ」


「ただの世間話だよ。俺の目的を達するにはそれで十分だ」


 別にこれを仕掛けていたのはパーティー候補生だけじゃない。

 この屋敷にいる者達でマッサージに応じた者達全員に同じことをしていた。


「何が狙いっスか?」


「せっかく現場にいるんだ。人材発掘を他人任せにするのはね」


「くーまん先輩は選ばれる側ではなく選ぶ側だってことっスか」


「リアノンには悪いが、眼の能力がどれ程のものかも見てきたつもりさ」


 あの領主様に対する態度だって、あれが有効だと思ったからこそだった。


「もしかして、今回の魔女探しもその一環っス?」


「半分はそうだな」


 誰がどう動くのか。異常事態だからこそ人の本質は見えやすくなる。


「残りの半分は?」


「この事件を解決すれば、もう俺が勇者か云々なんて関係なかろうよ」


 結局勇者ってのは魔女――もといブレスターを見つけて退治できる能力があるかだ。勇者のアイドル的な側面はあかりに任せればいい。


「リアノン様の評価を上げるために、リアノン様の決定に逆らうんスか?」


 リアノンはクーリエこそが魔女だと断言した。その意見に逆らい勝手に捜査しているのだから、彼女の心証は大きくマイナスに振れる。


「お前の立ち回りだってそうだろリィス」


「うちはただの自己防衛っスよ」


「お前は俺が来る前に外の調査をしていたし、二階まで着いてきた」


「あれはくーまん先輩を見張っていたんス」


「俺を?」


「魔女は配下として使い魔を連れていることがあるっス」


 つまり俺が使い魔で、証拠隠滅でも図っているかもしれないと思っていたのか。

 それもまるきり嘘ってわけじゃないだろうが、それだけでは矛盾が生じる。


「ならば尚の事、尻尾を出すまで隠れて見張っているべきだ」


 あえて話しかけて、こうして背を向けて体を預けるなんてあり得ない。

 今日に至るまで、こいつはずっと俺を警戒し続けていたのだから。


「だとすれば、うちの行動はどういう意味があると思ってるっスか?」


「お前はリアノンの眼を信じてない」


 断言すると、リィスの筋肉が僅かに強張った。

 しかしこちらを振り返らずに、ただ黙して聞いている。


「お前が信じているのは自分の能力だけ」


 その根拠は、リィスが先回りして外にいた理由を考えれば推察できる。


「あの事件現場にいて疑問を持ったんだろう?」


 ここで重要なのは、何を信じるか、そして自分を何処に置くか、だ。


「普通の者はリアノンの眼を信じる。なんせパーティー候補者にとっては、あの眼が自分達を評価する全てだから。屋敷の者達も同様……」


 リアノンの能力から己の才能を見初められた者達しか、ここにはいない。

 彼女の判断を疑うことは、自分の力を疑うこと。

 彼女の判断に背くことは、パーティー候補から外されてしまうリスクを負うこと。


「だがお前はお前の判断を信じた。だからフレイルの下から去った後、現場の調査をしていたんだ」


 リアノンに選ばれた自分ではなく、純粋に自分の持つ技量を信じた。


「そして、同じく捜査していた俺を見つけた。ならば情報収集に使えると思って、わざわざマッサージを持ちかけた」


 俺へ魔法の知識を与えたのも、異世界知識での分析や考察の結果をいただいていくつもりだったのだろう。


「やー恐れ入ったっス!」


 そこまで聞いたリィスは馬鹿みたいに明るくからからと笑った。


「今後はくーまん先輩とお呼びするっス」


「色んな意味でなんでだよ。特に先輩」


 地球にいた頃だって、こんな斬新なあだ名を付けられたことはなかったぞ。


「だって勇者パーティーの先輩っスから」


「当然のようにパーティー入りする気満々だな」


「そりゃそうっス。それにもう一つ、尊敬したからっスね」


「尊敬?」


 再びこっちへ振り向いて、リィスはさっきよりも鋭い視線で俺を見つめた。


「くーまん先輩のそれは、困難に出会った時、逃げずに戦う者の思考っス」


「厄介ごとから次々逃げても、袋小路にハマるだけだ」


 そうなればもう巻き返しはできない。ただ詰むだけ。アンヌに対して抗った時と同じ理屈だ。


「けど、そういう人は途中下車ができないっス。一旦スタートするとゴールまで下りれないんスよ」


「知ってるさ」


 平穏というゴールに辿り着くまで、俺は生き抜き勝ち続ける。失敗したなら、ただそこで死ぬだけだ。


『途中、マッサージャーとしての就職を狙っておられましたが?』


 勇者業は暫くあかりに任せて、俺はオセロリとイチャコラしながら、リアノンの眼を利用して情報収集に立ち回るプランも有りかなっとね。


「あ、もういいっスよ、ありがとうございましたっス」


 それはマッサージの終わりであり、腹の探り合いの終わりも意味していた。

 リィスは体を起こすと、胡座をかくようその場へ座る。


「うちはくーまん先輩程、確信しているわけではないっス。ただクーリエさんが魔女だとしたら、リアノン様が今まで気付かなったのはおかしいっス」


「あえて彼女側に立って回答するなら、あの眼を誤魔化す何かしらがあったんじゃないか?」


「それなら殺害後にハッキリとクーリエさんが魔女だとわかった説明が付かないっスよね」


「そりゃそうだな」


 殺害実行までは徹底的に魔女の匂いを隠していたのに、実行後は自分が犯人だとアピールするように証拠を残しまくっている。あの現場は明らかに不自然だった。


「もし最初からあそこでバラすつもりだったとしたら、クーリエさんが犯行を否定するのも不自然っス。妹さんの殺害が狙いだったのなら、実行後は強引に暴れて逃げることもできたはずっスよね」


「途中で魔女とクーリエが入れ替わっていたパターンは?」


「それはもっとないっス。リアノン様はロビーでクーリエさんを一度見ているし、変化の魔法が発動しているなら警報が鳴るっスよ」


「同意見だよ。だから俺もクーリエが犯人ではないと判断した」


 理論的にクーリエと魔女の入れ替わりは不可能。彼女が最初から魔女だったとしたら、強烈な違和感ばかりが目立つ。


「けれど、クーリエさんが犯人でないと成り立たない状況なのも、また事実っス」


 状況はクーリエが陥れられたことを示しているが、その分証拠はかなり強力に固められている。


「だからうちは確かめたいんス。本当の犯人が誰なのか……」


 リィスのスタンスは理解した。それは俺とぶつかることなく協調できるものだ。


「クーリエを犯人たらしめているのは、警報装置と鍵、そしてリアノンの眼だ」


「リアノン様の真眼はホンモノっス」


「そもそもクーリエを連れてきたのも、彼女の眼が実力を見抜いたからだったな」


「事実、クーリエさんは総合力なら間違いなく候補生トップっス」


 当然だがリアノンはスカウト時に魔女だと全く気付いていなかった。勇者候補としてクーリエの技能も本物だ。

 その眼が突然、クーリエを魔女だと判断した。問題はその意味と理由だけど、


「…………ま、今はこんなところだな」


「ここから格好良く推理タイムが始まるかと思ったっス」


「俺の世界じゃ、それは犯人を崖に追い詰めてからだ」


「自分が新たな犠牲者になりたいんスか?」


 日本の様式美は切って捨てられた。あれ最初に考えたのは誰だろうね?


「ま、とにかく情報不足だ」


 考えてはみたが、今はまだ繋がらないピースが幾つかある。

 それを埋めるためにも、まずは事件の前後に事件現場近辺にいた者達を洗い出す。

 少なくとも俺が知っているメンバーは、パーティー候補のフレイルとリィス、領主リアノン、そしてロリメイド姉妹。

 メイド姉妹に裏付けを取る必要はあるが、この内リアノンのアリバイは成立している。


「じゃあ、ここからは再び捜査タイムっスね」


「そうなるな。ここからは俺一人で動く」


「どうしてっスか?」


「リアノンとの敵対は茨道だ。いざって時に動ける人材がほしい」


 リィスからは魔法に関する話も聞けたし収穫は大きかった。

 だが問題はここから。彼女は俺と同じ目的を持っていたので協力的だったが、残る者達は恐らくリアノン派。クーリエ以外の犯人を探している俺は敵対視される。


「なるほど。ならお任せするっス」


「ああ、俺はやれることをやるさ。ついでに、一つ興味本位で聞きたいのだけど」


「なんスか?」


 これは事件と直接関係がない話だが、リィスという人物を知る上ではそれなりに意義のある質問だ。


「半信半疑で、よくこの件に踏み込んだなと思ってさ」


「というと?」


「下手に事件を嗅ぎ回って魔女の使い魔扱いされでもしたら、パーティー候補としちゃ十分命取りだろう?」


 捜査をしていたということは、このリスクを上回る何かがあったということだ。俺はそれを知りたかった。


「それは……やっぱり信じたかったからっスね」


「自分の気持ちをか?」


「あの最後の言葉……いえ、何でもないっス」


 気恥ずかしかったのか、キャラじゃないと思ったのか、リィスは途中で言葉を止めてしまった。


「候補生の皆がクーリエさんを誰も信じてあげられないなら、せめて自分だけでもと思ったっス」


「そっか」


 根っこところでは、小賢しい理屈よりリィスなりの正義感があったのだろう。

 やはり彼女もまた勇者パーティーの候補として残るべくして残ったのだ。その心の有り様も含めて。


「ここにおられましたか、リィスさま」


「ここにおられたのね、リィスさま」


 白と黒のロリボイスが連続してリィスに浴びせられた。

 俺にとってはお馴染みのオセロリである。


「ちょっとくーまん先輩にセクハラ被害を受けていたっス」


「なんでだよ!」


 いやここで仲良くしてたことにするのはよろしくないので、対応としては間違ってないのだけど! だけどさ!


「お前いい脚してんな。揉ませろ撫でさせろペロペロさせろと……ヨヨヨ」


 わざわざ嘘泣きまでして、めっちゃ被害者ぶってやがる。


「残念ながらタクマさまは脚よりお尻派です」


「残念ながらタクマさまは根本的にロリコンよ」


「残念ながらくーまん先輩はうちの想像を超える変態だったっス」


「ナチュラルな流れでフルボッコされてる!」


 さっきまでいい感じにシリアス展開だったのに。しかも大体あってるじゃないですかやだー。


「それよりも、リィスさま。魔女の見張り役のお手伝いをお願いします」


「今のフレイルさまは危険で魔女には近付けられないので、戦力的にリィスさまは必須なの」


 それでも、なんとなくこの状況を誤魔化すことには成功したようで、こっちのペースで話を進められる。


「了解っス。じゃあ色々と聞いてきて面倒くさいくーまん先輩の後処理をお願いするっス」


 ああうん。人のことコソコソ嗅ぎ回るしこのフリーダムさ。しかし実力はあるとなれば、同じ剣士として実直なフレイルと相性悪いのはよくわかる。


「承りましたリィスさま」


「魔女は一階の倉庫部屋で、候補者達の見張りが付いているわ」


「そんじゃ、後は若い娘達に任せてうちは撤退っス!」


 最後に上手くやれよという目配せをして、現在唯一の協力者は着替えて部屋を出ていった。



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