第37話『後輩系ネズミ娘』
勇者になる就職活動をしていたはずが、巡り巡って殺人事件の捜査を始めていた。
探偵の仕事として殺人事件とか、漫画の世界だけにしていただきたい。
知らぬ存ぜぬでやり過ごしたいが、この屋敷にはまだ魔女が潜んでいる可能性がある。
一度は俺もターゲットになっているのだ。放置なんてできようはずがない。
「クアたん、情報整理とか諸々よろしく」
『了解しました、マイユーザー』
相棒と呼ぶにはあまりに事務的な返事を受けて、俺は早速他の現場捜査に取り掛かった。
ロビーへと繋がる廊下の窓はリアノンが言ってた通り、はめ殺しになっている。
廊下の突き当たりにある階段も、扉で閉ざされれたままだ。
これらの鍵が開けられていないことを確認すると、廊下を抜けてロビーに戻った。
廊下を監視していたテーブルの椅子へ順番に座って、視界を確認する。
ふむ、フレイルは正面を向けば廊下が見える範囲に座っていたようだ。
正面がリアノンになるけど、彼女の小柄さから考えても視界から人の出入りを隠すのは無理だろう。
クーリエが現れる前なら廊下の警備は多少甘かったかもしれないが、閉鎖されている廊下への出入りをフレイルが見逃すとは考え辛い。
まっとうに考えれば不可能犯罪と言える。
しかし俺は既に知っていた。この状況でも人目を忍び部屋へ出入りする方法。文字通り影に潜って移動する魔法の存在を。
「とはいえ、なあ……」
それを確認しに来たのだが、そもそも廊下の出入り口に影らしい影がない。ロビーは外の景色を楽しめるよう全体的に陽当りが良いのだ。
廊下だって等間隔に窓があって、日光が入っている。
仮にもお貴族様の屋敷であり、それくらいは当然のように計算して建てられていた。
ロビーの中を見て回ったが、怪しげなものは特段見つからない。
とはいえ、これは予想通りと言えば予想通り。
こちとら一山いくらの並探偵だ。
調べればとりあえず事件のヒントになる手がかりが出てくる名探偵様とはわけが違う。捜査はハズレと見当違いが基本である。
前提として、今回は事件状況から計画犯である可能性が極めて高い。
そりゃあ晴れていたら破綻する計画を立てるわけがないし、証拠なんて残さないよう予め考えているだろう。
それに、アンヌだって俺がいるのに軽々と影に潜る魔法を使ってくるとは思えない。
襲撃された夜の手際からしても、相手は暗殺のプロフェッショナル。しかも、もう前回のようには油断してもらえないだろう。
今回は互いに本気の真剣勝負だ。
その上で、もし影に潜る魔法を使ってくるなら、アンヌを知る者には簡単に露呈しない場面や、使わざるを得ないタイミングに絞ってくるはず。
逆に事件現場はあからさまな手がかりだらけだったのは、犯人が魔女であると強くアピールしたいから。
その理由は、遺体の第一発見者であるクーリエを犯人役として仕立て上げるためと考えるのが自然だ。
「ロビーは駄目でしたってことで、次だな、次」
ロビーを出て屋外へと進出する。
流石に事件発生してからこのタイミングでは誰もいない。
もしメイド姉妹が誰かと会えば、憲兵にクーリエを引き渡すまで即時避難を勧告するはずだ。
そして庭にも手がかりとなるようなものは落ちてはいなかった。
ここからなら、廊下の様子は見られるが死角もあるので、屈み込んで歩けば簡単には気付かない。
窓際ならすぐ下も見えるが、わざわざ外から真下の廊下覗き込む者はそういないだろう。
「…………おい」
手掛かりはなかったが、いきなり背後の木から逆さ吊りで出現して、窓の反射を利用し俺に向けて手を振ってくる奴ならいた。
「何のつもりだよ、リィス」
「事件捜査ご苦労様っス」
俺が振り返ると、彼女は足をかけていた木から飛び降り、危なげなく着地する。
「お前こそフレイルの監視はどうした?」
「一人になりたいと頼まれたっス」
「お前と一緒になんぞいられるかっ! じゃなくってか」
「それを意訳したらうちの説明になるわけっスよ」
灰色髪の娘は、裏があるのを隠そうともせずニコニコしながら俺の前へと寄ってきた。
「で、今度は俺に何か用か?」
「ここには何もないっスよ」
「どうしてわかる」
「くーまん先輩が必死にロビーを調査している間に、うちがくまなく見たからっス」
「お前どんなけソッコで部屋追い出されてんだよ……」
ネズミ娘の言葉を額面通りに受け取ると、彼女も事件の捜査を行っている。つまりクーリエを犯人とは決めつけてないとも取れた。
実際ざっと見たが不審なものは見当たらない。外側からも窓を使用した形跡はなかった。
「次は二階側から階段を閉鎖してる扉を見に行くっスか?」
さっき階段の扉を確認したのは廊下側からだけ。逆方向を調べるなら二階から回り込まないといけない。
それならロビーや庭を先に調べる方が効率がいいので、階段の扉は後回しにしていた。
俺が捜査する順番も、この娘は把握しているようだ。
「一通り見回るさ」
「ならお供するっス!」
「……好きにすりゃいい」
これは俺が勝手にしていることだ。邪魔をされないなら、何をするのもリィスの自由である。
それにこいつからも事情聴取は必要なので、探す手間が省けたとも言えた。
「お前はいつあのお茶会に参加したんだ?」
二階の鍵を確認しに行くついでに、歩きながら事件前の行動を確認しておくとする。
「くーまん先輩がくる五分くらい前っスね。既に妹さんは部屋に入った後だったっス」
たった五分であの剣呑な空気を作り出したのか。どうもフレイルは勇者候補のライバルとしてだけではなく、この飄々としたリィスの性格もお気に召してないようだった。
「ちなみに、くーまん先輩は妹さんがいつ殺害されたと思ってらっしゃるっスか?」
「クーリエが犯人じゃないなら、アートリスが部屋に入ってからクーリエが来るまでの間ってことになるだろう」
「ふふん、つまりうちも容疑者だと」
「お前から見れば俺もな」
魔女が他人に化けられるなら、この事件に限ってはアリバイと殺害方法は推理の条件にはならない。
しかも困ったことにこの世界には魔法という厄介な別要素がある。
「けれど、犯人が部屋に入っていく姿を、誰も見てないっスよ」
「それは姿を消したり、壁や床に潜ったりする魔法とか使えばいいだろう?」
「ないこともないっスが、自分の姿を完全に隠すのは結構な高等魔法っス。それに今回そのやり方では無理っスよ」
「そうなのか?」
魔法に対する学のない俺が、犯行方法をどう絞るのかは課題の一つだった。この協力者はそれを解消してくれる情報源となるようだ。
「当然ながら屋敷には防犯対策の魔法が施してあるっス。鍵開け防止や魔力感知っスね」
「鍵開け防止はわかるが、魔力感知って具体的にどんなことを?」
「今回で言えば、犯行現場の出入り口となる二箇所に、魔法検知のトラップが仕掛けられているっス」
一つはロビーと廊下の境目として、もう一つは階段を閉鎖してる扉ってことになるだろう。
「あー、つまり出入り口で魔法を使えば、それが発動すると?」
「魔法に限らず一定以上の魔力を帯びていれば何でもアラートが鳴る仕組みっス。魔道具対策もしてるっスから」
空港にある金属探知機の魔力版が、目に見えない状態で設置されていたらしい。
だったら影に潜る魔法があろうとなかろうと関係なく、魔法を使って逃げようとすれば容易く感知されてしまう。
「そのトラップはまだ解除されてないのか?」
「むしろ今は屋敷中の防犯システムがフル稼働してるとみるべきっス」
「そりゃそうか。警備装置の制御は誰が?」
「例のメイド姉妹っス。あの二人は魔導師としてもかなり有能っスから」
クーリエが屋敷内にいる間は警戒度マックスで監視しているはずだ。
少なくとも、アートリスが部屋に入った直後かそれ以前から、あそこは魔法対策の警備が為されていた。
しかも二階への階段は鍵が、ロビーの出入りは複数人の目視による直接警備が入っていた。
「思ったよりかなり厳重だったんだな」
「うちもお茶会の見張りの割にはガッツリ警備だったんで驚いたっス」
そして、その警備を躱しての犯行だ。
クーリエが疑われているのは、リアノンの眼によるものだけではなかった。
そもそも、クーリエ以外の犯行は一見不可能だったと言える。
「この世界にはこれだけの防犯対策があるのに、魔女はグラドニア城の警備を突破して、俺は襲われたんだなあと」
少なくともアンヌにはそれだけの技量があった。
「城の厳重な警備を突破……かなり狡猾な知能犯っスねえ」
この世界は魔法という力をただの不思議パワーとして扱うのではなく、科学と同様に研鑽と研究を重ね一定のルールでもって運用している。
それは言い換えると、
「魔法による警備だろうが殺害手段だろうが、理詰めで説明できる」
「その顔、どうやらヒントにはなったようっスね」
「ああ、おかげでかなりやりやすくなった」
「お役に立てて何よりっス」
魔法犯罪の対策がなければもっと治安の悪い世界になっているはずなので、何かしらあるとは思っていたが、具体性を得たのは有り難い。
「屋敷には警備があり、それを掻い潜っての犯行。ならば当然、明確に警備を突破した方法がある」
それがわかれば、必然的に犯人は絞り込めるだろう。
砂漠の中で小さな針を探すような作業が、パズルの組み立てになったぐらいには状況が変動した。
「けど、その答え探しは簡単じゃないっスよ」
「だろうな」
二階の階段に辿り着くと、下った先は扉で封鎖されている。
それに手をかけると、やはり鍵はかかったままで開くことはできない。
周囲に怪しい物も落ちてはいなかった。
それでいい。また一つパズルのピースが手に入ったと思えば、これは決して徒労ではない。
「簡単じゃなくても見つけるさ。そのために俺は今ここにいる。君には感謝しているよ」
リィスはにいっと、俺の顔を覗き込むように笑みを作った。
「それなら見返りを要求していいっスか?」
「叶えられる範疇ならな」
半ば押し売りだったが、物が良いので対価を支払うのはやぶさかではない。
「それじゃあマッサージをお願いしたいっス」
「これからか?」
「これからっス」
何のために情報知恵鏡しながらここまで付いてきたのかと思ったが、こいつの狙いも読めてきた。
だから俺は答える。
「心得た」
リィスとの対峙はここからが本番だった。





