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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第二章 異端≪エルフ≫は救済者の夢を見ない(事件編)
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第35話『彼女とエルフの閉じた崩壊』

 俺は平穏を愛しているが、それはそれとして多分、好奇心はある方の人間だ。

 むしろ興味のないものは徹底的にスルーしたけどね。勇者になるとか。


 そして今現在興味のあるカテゴリーは、さっきまで話していたエルフについてである。

 今後この世界で勇者生活するにしても、エルフへの対応は必要となるだろう。

 人に対して悪感情の少ないエルフと上手く関わりを持てば、様々な恩恵を得られる可能性もある。


 そのためには人とエルフ、そしてハーフエルフの視点と価値観を知るべきだ。

 そして今ここに、人とハーフエルフが心を通わせようとするレアケースが生じている。

 アートリス達がどのような話をするのか、どうやって互いの距離感を縮めようとしているのか、成否に関わらず知っておけば後々役立つかもしれない。


 姉妹を送り出してから、まだ次の客も来ていない。

 俺はここぞとばかりに部屋から出て、さり気なく彼女達のお茶会模様を覗いてみることにした。


 我ながら酷い出歯亀野郎だだ、ある意味探偵らしい。

 それに情報収集が上手くいかなくても、遠巻きからその様子を一部始終確認できれば、偶々見かけたからと話のきっかけに使える。

 さっきマッサージの予約を受け付けたのは、お茶会の様子を聞くためでもあった。


 後で戻るつもりだが、一旦マッサージ屋の看板は下げて部屋を出た。

 お茶会の場所は聞いていなかったが、この屋敷は一階のロビーにカフェも楽しめるテーブルスペースがある。


 元々はリアノンがお茶を楽しむための場所だったが、彼女が勇者候補者達との交流も行う場所として拡張されたらしい。

 今では候補者同士が集まって意見交換をする場所としても機能している。

 なので、まずはそこへ向かってみた。


「……あれ?」


 幾つかあるテーブルの内、今使用されているのは一つだけだった。

 そこにはアートリスとハーフエルフの姿はない。

 しかしフレイルはそのメンツに混ざっている。


「なんだタクマ、お前も来たのか」


「なんじゃお主、マッサージはどうした?」


 その席には個室でお寛ぎ中であるはずのリアノンも混ざっていた。

 彼女の背後には職場復帰したモノクロ姉妹も控えている。


「新しいお客が来ないので、営業周りの最中ですよ」


「サボっとるようにしか見えんのじゃがなあ」


 酷いな、俺がそんなダメ人間に見えるというのか。図星だけどさ。


「リアノン様こそ、今頃お部屋で一人遊びに夢中のはずでは?」


「なんじゃその妙にいやらしい言い方は!」


 モノクロ姉妹をこっちに寄越した時点で一人だったので、あながち間違いでもない。

 普段忙しくて一人になれない貴族の少女が、無理やり自分だけの空間を作ってこっそりといけない遊びに手を出して止まれなくなる。

 そしてメイド達が戻ってきたことも気付かずあられもない姿を見られ、口止めとしてメイド達から主従逆転の調教を受けることに……よし、エロゲー化を希望する。


『死ねばよろしいかと』


 エセメイドからいつもの念話ツッコミが入った。


「で、なしてここに? フレイルもいるし」


「うちもいるっスよ!」


 このテーブルに座る最後の一人は、俺より頭一つ分半程低くグレーの髪をお下げに結った少女だった。


「よう、リィス。ちーっす」


「ちーすっスー!」


 勇者パーティー候補生の一人にして、見ての通りノリが良い娘だ。口調からして下っ端系後輩の雰囲気を醸し出している。


「別にお前がここにいる必要はないのだぞ、小ネズミ」


「ネズミらしく神出鬼没っスよ!」


 そして見ての通りフレイルからは一方的に嫌われている娘でもあった。

 目に見えて圧をかけられても小ネズミはどこ吹く風と受け流している。


「まあまあ、折角集まったのですから、仲良くしましょうー?」


 そんな二人に対して薄青いローブで銀髪の少女が両掌を見せながら、少々間延びした声で宥めた。彼女の傍らには樫の魔杖が立てかけられている。


「ふんっ」


 銀髪娘が止めたおかげかこれ以上悪化することはなかったものの、フレイルはあからさまに顔を背けた。


「やれやれじゃ。ほんにお主らは仲が悪いのう。まあ、要するに暇なんじゃろタクマ。丁度いいからお主も座れ」


「はーい、んじゃあご相伴に預かりまっす」


 ここに集っている理由はともかく、他二人の空気が悪いので俺で緩和させようという腹づもりだな。


「タクマの分も茶と茶請けを用意せい」


「かしこまりました」


 リアノンの命令を受けてオセロリ姉妹は揃って返事し、準備のため席を外した。


「で、これは何の集まりかな? 特にフレイルの存在が一番不可思議なんだけど?」


 君は今頃妹と共にハーフエルフとの親睦に挑んでいるはずではないのか。

 しかも毛嫌いしているリィスとあえて同席している理由も不明だ。


「さっきは説明不足だったな。クーリエとの茶会はアートリスだけだ」


「そうなの? さっきは付き添いだと聞いたけど」


「二人はこの先にある魔術師用の研究室で茶会をする」


 フレイルが指さした先はロビーを抜ける廊下に繋がっていた。

 その並びにある部屋の一つが研究室となっている。

 そこは勇者パーティー候補の中でも、魔法使い系のメンバーが魔法や魔道具(アーティファクト)に対する知識と技術を磨くための部屋だ。

 使用には事前に予約申請が必要だけど、責任者であるリアノンがここにいるのだし許可は取ってあるのだろう。


「クーリエは二人きりでなら茶会をしてもいいと言ったのだが、ハーフエルフと二人だけは姉として容認できない」


「お姉ちゃん、パーティー候補の妹に過保護すぎだろ」


「まあ、そう言ってやるでない。それだけ人間とエルフの間にある溝は深いのじゃ。基本的に戒厳令を敷いておったしの」


「メルーはもしものトラブル時にとぉー」


 一人称が自分の名前なメルーは、回復魔法を得意とするクレリックだ。

 候補生は戦闘要員だけでなく、補助をこなせるエキスパートも集められている。


「ふーん。それなら、俺に教えて良かったの?」


 一応半分は人間の血を引いているのにこの扱い。クーリエの生活は針のむしろに座るようなものだな。


「良いかと問われると良くはないのじゃが……」


「申し訳ありません。アートリスにとって味方になる人物と判断して、勝手に教えてしまいました」


 妹とエルフの会合は危なくて心配だが、優しい心根には協力したい。そういう複雑な姉心が垣間見えた。


「謝らずともよい。話してしまったものは仕方あるまいて。お主はエルフを嫌悪しておらぬのじゃろう?」


「少なくとも、仲良くできるに越したことはないと思ってるよ。で、皆はここでさり気なく見張りというわけだ」


「クーリエにも見張りがいるとは伝えてない。ここから準備室なら走れば一分とかからん。だからもしもの時に、私がここで待機しておくのを条件にアートリスを納得させた」


 こりゃまた随分ガッチリ固めてる印象だけど、フレイル一人で座っていたらあからさま過ぎて、単に警戒強めてしまう結果になるのは明白だ。なのでこうなったのだろう。


「我様も相談されてのう。大丈夫じゃとは思うが念の為こうして協力しておる」


 リアノンにしてみればどちらも候補生であると同時に客人である。

 しかも候補生の中でも有力株同士だ。交流は良いことでもトラブルは避けたい立場だろう。


「さっきまでのほほんとしてたのに」


「それは予定を調整した結果、中途半端に空いた時間の調整で小休止しとっただけじゃ。それも誰かさんに邪魔されたがの」


「そいつぁとんでもない悪人がいたもんだね!」


「……………………」


 金髪美少女がじっとりとした視線を向けてくる。よせやい、照れるぜ。


「で、最後にリィスは?」


「うちはリアノン様に誘ってもらったっス」


「リィスを選んだのは偶々だったが、もう何人かいた方がお茶会っぽくなると思うての」


 フレイルがよりによってどうしてこの女なのだという顔をしている。

 とはいえ呼んだ相手が相手なので強く出れないのだろう。


「ふむ、状況はわかった……よ?」


 俺が頷くのと同時に、さっき通ってきた道から新たな人物が入ってきた。

 思わずそっちに目が行ってしまったが、仕方ないだろう。あれは否応なしに目立つ。


 何処が目立つかというと、まず、屋内でフードを被っている。

 顔を伏せるようにやや下向きで、そこから金糸の髪に整った顔立ちと碧眼が覗いている。

 だが、その人物が隠したいのは顔ではなく耳だろう。


 そしてフードと同じくらいに目立つのはその下、肉体の起伏だ。


「相変わらず良い身体っスねえ」


 リィスが小さくポツリと、おっさんみたいなことを呟いた。

 けれどあえて反応はせずとも、皆その意見には同意だろう。


 細身の体には一見不釣り合いな大きさだが、全体のバランスは崩していない絶妙なフォルムの胸。というか巨乳。

 彼女がハーフエルフの美少女、クーリエだった。


 俺に混ざれと言った以上、彼女がまだ茶会を始めているわけもない。

 彼女を横目にしながら、リアノンが茶請けにしているクッキーを一枚摘み上げて自分の口に運んだ。


「ぬあああ、貴様またあっ」


「そう硬いこと言わないの」


 茶会なのにまだ茶のない身分なのだから、せめて何か齧っていないと違和感あるだろう。

 何のためここに混ざったのかわからないではないか。クッキーうまし。


 しかし俺の気遣いは特に意味を為さず、クーリエはこちらに一瞥もくれることなく、アートリスの待つ部屋へと向かっていった。


「いつも通りな雰囲気だったなあ」


 少なくとも、これからやるお茶会を楽しみにしている風には見えない。

 彼女はいつもああだ。他人とのやり取りは必要最低限で、人との関わりを徹底的に避けている。


「緊張してるんじゃないっスか?」


「ふん、ああして人目を避けて、勇者のパーティーメンバーなぞやっていけると思っているのか?」


「ピリピリしてるっスねえ。いやあ未だに上位メンバーの優劣が決定的じゃないので、この場合はヒリヒリっスか?」


「貴様が私に勝てるとでも?」


 フレイルに睨まれるのをわかっていながら、メンバー選定を口にするリィスはある意味度胸がある。

 しかし、事実としてフレイルが厳しい表情になるのは、候補生メンバーの中でも有力者が相手の時だけだ。

 それにメルーも有力者の一人だが、補助特化とマイペースな雰囲気が合わさり諍いが生じない。むしろ姉貴質が発揮され、連絡事項が伝わっているかとか、フレイルが色々気を回していることもあった。言葉遣いは少々固くても、素は人当たりの悪くない人物である。


「ええと、メンバーの最終決定は来週だったよね?」


 俺を除いてしまえば勇者パーティー候補の椅子は最大で二つ。

 しかし現在有力者の候補生はそれ以上の数がいて、多少優劣の差があれ《《一名を除き》》誰かが独走状態のわけではない。

 特に姉妹でのパーティー入りを狙っているフレイルにとっては、日に日に緊張感が増して気が休まらないのもわかる。


「その通りですよー。もう今からドキドキですぅー」


 後メルーからは緊張感を微塵も感じぬ。


「そうとわかっておりながら、選考者の食べ物をくすねる輩もおるのじゃが」


「そんな問題児がいるのですか。どういう思考回路しているんでしょうね。ところでリアノン様、クッキーおかわりプリーズ」


 むしろそこまでフリーダムな奴がいたとして、嫌味程度で引っ込むとお思いか。


「…………もう好きにするがいい」


「あーん!」


「あまつさえ我様の手で食わせろというか!」


 不機嫌面していたフレイルが普通に引いていた。対するリィスは何やら楽しそうにニヤニヤしながらこっちを眺めている。性格の噛み合わなさがよくわかる二人だった。


「あーん!」


「本当いい性格しとるのお主!」


 地球にいた頃からよく言われるぐらいには性格良好で通っているよ!


「………………ほれ」


 嫌そうにしながらも一つ摘んで口元に持ってきてくれる優しさ。

 これは頼み込んだらここに居候で永久就職いけちゃうかもわからんね!


「わーい、リアノンたんらいしゅきー!」


「キモチワル!」


 罵倒されてもノーダメージでクッキーに食らい付きにいく!


「きゃあああああああああああああ!」


 はずが、突然の悲鳴に俺の体は停止して、声の方へと視線を向けていた。

 それは俺だけでなく他のメンバーも同様だ。


「研究室の方っス!」


 全員がほとんど同時に立ち上がる。

 しかし真っ先に走り出していたのはフレイルだった。

 すぐさま部屋に到着すると、真っ先に視界へと入ったのはフードを被った少女、クーリエ。


 左手の指先から血を滴らせている彼女は、真っ青な顔をして部屋の奥を指差した。


「アートリス……!」


 妹の名を叫びながらフレイルが指差した方へと駆ける。

 先に部屋へ入っていたアートリスは、壁にもたれ掛かるようにして尻餅をついて項垂れていた。

 服は血でどす黒く染まっていて、足元も彼女のものと思われる血が広がっている。


「何があった! 返事をしろ! アートリス! 返事をしてくれ!」


「やめいフレイル! 落ち着け!」


 妹の体をガクガクと揺さぶる彼女を、メルーが無言で半ば押し退け回復魔法をかける。けれどその手はすぐに止まり、彼女は俯き加減で首を横に振った。


「嘘だ! ……こんなの、嘘だ! アートリス!!」


 フレイルが何度大声で話しかけても反応はなかった。

 大きく見開かれた眼は、しかしどこを見てもいない。


 アートリスには無かった。

 右腕の一部が、

 左肩の一部が、

 脇腹の一部が、

 そして、命が無かった。


 着ている衣服ごと、肉と骨を引き千切られたのように、肉体が欠損している。

 誰の目から見ても明らかに、アートリス・アルテイルは死んでいた。


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