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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第32話『さよならばいばいこんにちは』

 聴取を終えたセシルは、報告書を書き上げ各所へ提出してから私室へと戻った。

 本来なら今後の会議等色々やるべきことは山積みなのだが、体を気遣った国王から本日は休むよう厳命されたのだ。


 書棚には分厚く小難しい魔導書が並ぶが、机には女の子らしい小物や動物のぬいぐるみも置かれていて、それなりに年相応の子供らしさもある。

 彼女のアンバランスさを示しているような内装だった。


 セシルは部屋の鍵をかけて防音の魔法を発動させると、引き出しを開けて中から二つのものを取り出す。

 片方は幼い腕でも抱ける程度の小さなぬいぐるみで、ベッドの枕元に置いた。


 もう一つは薄い長方形の小型端末だ。電源を入れてインストール済みの通話アプリを機動する。

 通信相手はすぐに応答を示すと、彼女の前にモニター型の表示枠が出現した。

 けれどそこに出力される映像は、黒背景に白文字で『SOUND ONLY』の文字だけ。


『やあセシル。報告書は読んだよ。このタイミングで女神様がご降臨とは興味深い』


 聞こえてきたのは若い青年のそれで、明るく落ち着いた声色だった。


「はい、賢者様。そちらについては既に記載してある通りです」


 これで勇者あかりは正式に女神の御使いとなった。

 グラドニアでの扱いも大きく見直される。そうなれば巫女の役目を担う己は、勇者教計画における権限もより強固となるだろう。


『だろうね。ジョブドライバーの暗号回線を使うということは、彼の件なのだろう?』


「はい、タクマさんの観察報告です」


『報告書によると、自前のジョブドライバーで転身して敵を撃退したそうだね』


「賢者様の予想されていた通りです」


『ハハハ、記憶を失っても彼はタクマなのさ』


「記憶については未だ取り戻す気配はございません」


 拓馬が失った記憶は召喚直前だけではない。勇者教計画に関する情報。そのほぼ全てを消失している。

 部分的な喪失で記憶の整合性に齟齬が出ず、それに気付くことすらできない。


『そうだろう。けれどプロトタイプの詐欺師(スウィンダラー)で怪人を圧倒とは流石だね』


 スペックで勇者に劣るのは、最古と最新型の差が大きな要因だ。全てのジョブの源流にして贋物。それが詐欺師。


「今後もこのまま監視を続ける方針でよろしいでしょうか?」


『ああ、君は信用を得ている。私の千里眼も限界はあるからね、逐次報告を頼むよ』


「了解いたしました。それでは失礼いたします…………ふう」


 アプリを操作して通話を終了すると、セシルは小さく息を吐いた。

 勇者教計画最高責任者、それが賢者と呼ばれる男だ。なんてことない報告でも、彼との会話は緊張してしまう。

 だがこれでようやく本当に一息つける。そう思い背後のぬいぐるみをちらりと見た。


「やはり、そういうことでしたか」


「え!?」


 突然の声に驚き即座に正面へ向き直ると、そこにはクアドラが浮遊していた。


「どうしてここに……」


「私はジョブドライバーの管制人格。他のドライバーでも検知にかかれば穴を開けるくらいは可能です」


 張られ網に引っかかり、セキュリティホールを開かれてハッキングを受けたのだ。離れて見えない端末相手でもここまで可能とは、セシルも予想外だった。


「調べたましたところ、セシル様のドライバーは破損しており、転身機能が使用不能ですね」


「わたしでは足りず失敗しましたから」


 もう自分にドライバーを本来の用途で使用する資格はない。今はただ管理者の一人として、始まりを見届けるだけの召喚師だ。


「いつから気付いておられたのですか?」


「通常通話で繋げますので、見抜いた本人とお話ください」


 セシルは触れることなく通話呼び出しが開始される。これもクアドラによる強制操作なのだろう。

 ドライバーを手に取り耳に近付けると彼の声が届いた。


『やあ、電話越しだと遠距離恋愛みたいで新鮮だね!』


 何の気負いもない馬鹿みたいな明るい拓馬の声。けど真の彼はもっと深く濃い霧の中にいると自分は知っている。ずっと前から。


『ところで前々から聞きたかったのだけどさ、あかりは最初様付けだったけど、俺は()()だったよね』


「そんなに前から、ですか」


 思っていたよりも以前から、自分は信用されず逆に観察されていたようだ。


『俺のチョーカーをアームドジョブと決め付けていたし、違和感は最初からあったよ』


「わたしも、タクマさんが召喚されるなんて想像もしてませんでした」


 召喚は任意に誰かを選ぶことはできない。

 思わずさん付けしてしまったのも、アームドジョブと断言したのも、全て想定外の展開に焦ってしまったため。


 最初は記憶喪失の演技を疑いもした。彼がどこまで記憶を失っているのかも正確には把握できていない。

 転身能力の記憶があると確認できたのは、昨夜の戦いでようやくだった。


「だからタクマさんの記憶がなかったことも含めて、女神ニグラ様の思し召しだと考えました」


『なるほどねえ。真面目なセシルたんらしいや』


「ずっと騙していたわたしが真面目ですか?」


『あれだけ色々やらかしても俺を庇うしさ。昨日だってそう、この世界には探偵の職業がないのは調査済みだったよ。地球でも発祥は近代だし』


 拓馬の人格を知っているセシルにとって、わざと失敗と怠惰を繰り返す行為には意味があるとしか思えなかった。

 特に姿を消していたのは調査のためだと考え、むしろ彼の行動を阻害しないよう王国側を説得しようと奔走してすらいた。


 探偵として頼ったのもそう。彼が一番モチベーションを上げるのは、依頼を請け負った時だ。


『それに俺なら敵の正体が不明な状態で単独行動はさせないね』


「わたしに隠し事をしなくていい分、一人で逃げた方がむしろ安全だと思ったのです」


『やるべきことを真面目にこなしてしまうその素直さ。嘘を吐くには向かないよ』


 ――ああ、やっぱりこの人には敵わないなあ。


『それでさ、俺はこんな素敵美幼女といつどこで出会ってたのかな?』


「ごめんなさい、それはお答えできません」


『話せないのは、第三者の判断によるものかい?』


「それも答えられません」


 後者は答えているようなものだけれど、自分の役目を果たさなくてはならない。


「ですが……」


 それでも、彼が真実を求めるのなら、


「タクマさんには知る権利があります。知りたいと命じるなら、わたしにはそれを拒否できない理由もあります」


『それは俺と君の過去に起きたことが理由かい?』


 答えない。その意味も彼はもう理解しているはずだ。後は彼が一言、知りたいと言えばいい。


『話す必要はないよ』


「え……?」


 予想と真逆の回答に目を見開いた。思わずどういうことかとクアドラを見つめてしまう。


『君が最初に話さなかったのは、誰かの命令ではなく自分の信念に従ったからだろう?』


 拓馬の召喚を知らなかったので、最初にそうすべきだと判断したのは独自の意思だった。


『そんな君を俺は信じると決めたのさ』


「わたしはずっとタクマさんを騙していたのですよ?」


『俺はね、世界を救いたいという君の信念を信じる。そのために俺の記憶を戻さない方が良いと思うなら、そうすべきだ』


「タクマさん……」


 それは何よりもセシルの知る彼らしい理由だった。


「わたしも、お聞きしてもいいですか?」


『なんだい?』


「タクマさんにも信じるものはありますか?」


『あるよ』


 彼は迷うことなく即答した。

 湧き出してくるのは懐かしさ。そんなに遠い昔でもないのに、あの日のことを思い出してしまう。


『俺が信じるのは俺の覚悟』


 彼には七大国が信じる正義や悪、地球の社会的価値観にすら興味がない。


『俺にはつま先から頭の天辺まで俺が詰まってる』


 クアドラがいるのに返答を聞いて涙が溢れた。恥ずかしいけど自然と笑顔になってしまう。


「そうですか……一つだけ答えられることがあります」


 召喚されてから知った一面もあるけれど、記憶を失っても彼の本質はまるで変わらない。


「タクマさんは、今も昔も、わたしの知るタクマさんです」


『そっか……。それは何よりありがたい情報だ』


 セシルの嘘を看破して、それでも自分の信じたいものを信じて突き進む。


『それじゃ、これ以上セシルたんの邪魔しても悪いし、そろそろ切るね』


「はい、タクマさんも今日はしっかりと休んでくださいね」


『じゃあね、愛してるよ!』


 彼らしい言葉を残して通話は終了した。


「私もこれにて失礼します」


「あ、あの……」


「あちらについてはプライベートですので、報告も追求もいたしません」


 クアドラの視線は、引き留めようとするセシルではなく、彼女の背後にあるベッドに向けられている。


「ありがとうございます……」


「それでは」


 事務的なやり取りだけでメイドは姿を消した。恐らく拓馬の元へと戻ったのだろう。

 セシルは音声遮断の魔法を解除してベッドに寝転ぶと、さっき置いたぬいぐるみをぎゅっと胸に抱く。


 それは人型で、帽子を被った黒い髪と目の少年。


 初恋の人があんな性格だとは知らなくて、召喚初日に最低な告白をされて本当に泣きそうだった。

 膝に乗せられて撫でられた時は、ふやけてしまいそうな顔を隠すため、必死な思いで心を虚無にした。


「わたしが一番信じるもの……」


 彼は女神だと判断したようだが、それは間違いだ。


 ――『この世界はまだ夢を見ている。いつ覚めるともわからない、偽りの平和という夢を……』


 それはセシルが最も信じる者から告げられた言葉。


 ――『目覚める前に全てを終わらせる。平穏な未来を手に入れるため俺はここへ来た』


 誰より自由で、嘘つきで、身勝手な、


 ――『君も俺の平穏の礎になってくれるかい?』


 誰よりも信用できない暁拓馬こそ、セシルは誰より信頼した。


 ●


 セシルとの通話を終えた俺は、腰掛けていた椅子から立ち上がり大きく伸びをした。

 喋ると舌が、動かすと腕がまだ痛む。


「拓馬様は相変わらず内輪に甘いですね」


「信用されなきゃ嘘は成立しないのさ」


 戻ってくるなり辛辣なエセメイドにそう返す。というか仲間想いならハッキングしないだろ。


「それに今頃は俺の優しさに胸を打たれ、ベッドの上で淡い恋心に浸っているところさ」


 クアドラが無言で半目を向けてくる。


「チクショウ! 妄想くらい自由にさせろよ!」


 良い幼女(ベジタブル)とは心で味わうものだ。ハートでコンソメをパンチするんだよ!


「実際問題、彼女を見逃して情報収集はどうするのですか?」


「どうせ大したことは教えられてないさ」


 俺の召喚を知らされてなかった彼女は、計画管理者の一人であっても中枢ではない。

 それなら無理やり情報を引き出して失脚されるより、管理者でいてもらう方が今後のプラスにもなる。


 そしてセシルが直接賢者に報告していた以上、グラドニアもシロで確定。

 実情は勇者不在で転覆しそうな状況を、便利に利用されたってところだな。


「当面は情報収集だ。そのために計画参加も了承した」


 奪われた記憶を取り戻して元の世界へ戻る。そのためのヒントは白い鴉と賢者。そしてこの世界で生産されたジョブドライバー。

 勇者教計画はこの全てに繋がっている。俺を参加させるために記憶を奪って召喚したのなら当然だろう。


 なので手始めにセシルをこっち側へ引き込んだ。

 あのボクっ娘も美尻以外にも見どころはまだありそうだ。

 本人に自覚がないだけで、あいつもかなり()()()()()


「仕込みは上々。次のステージへ行くぞ」


 覚悟はもうできている。

 さよならばいばい愛しき日常。

 そして暫くよろしく非日常。


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