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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第31話『無作為の作為』

「さて、まずはあかりの分から答えよう」


 クアドラが連続して素振りをして報酬を諦めたらしい拓馬は、椅子に座り直して話をはじめた。


「これは簡単な推理さ。瘴気が濃くなれば魔物は数が増えて強くなる。だったね」


「はい、その通りです」


「確かに魔物の数は増えているが、質はどうかな?」


「昨日は……数は多かったけど一体ずつの強さはそこまでじゃなかったよ」


「うむ、数は増えたが質は同じなまま。だとすると魔王復活と魔物増加は別理由になる」


「なるほど」


「加えて以前も今回も魔物は統率が取れていた。なら別の手段で増やされコントロールされている可能性が高い」


 城門三つを隠密に突破して町に進軍する魔物達も統率を取れていた。それもキングゴブリンなしでだ。


「しかも城下町に攻め入る大部隊だ。全員に細かな命令は難しい。指向性を与えるだけなら幾つかの命令を与えれば可能で、そのルールは既にゴブリンで見ている」


「すごいちゃんと繋がった!」


「ここからは推測だが、恐らく以前のゴブリン事件は今回に向けた実験。キングゴブリンなしでも魔物達は兵士に対応できて、かつその鈍重さ故に外された」


 その代わりに動きを阻害したり飛び道具を持つ別の魔物が配置された。彼らも足はそこまで早くなかったが極端に遅くもない。


「それで()()は十分だろうとな」


「本命はタクマさんの誘拐ですね」


「ボクはまんまと誘導されたんだ」


「アカリさんがいなければ町の被害は甚大でした。判断は間違ってません」


「うん、気遣ってくれてありがとう」


 犠牲者を思うと胸は痛む。けど守れた命は確かにあって、戦ったことにも後悔はない。


「町に被害が出ればあかりが出撃して城内は手薄になる。黒幕は最初から勇者役は俺だとわかった上で狙いを絞ってきていた」


「最後にアンヌを助けた人物が黒幕でしょうか」


「調べる価値はあるだろうさ」


 世界を救うヒーローにして探偵。欠陥品と呼ばれたのが嘘のようだ。いや、実際に嘘だったとよくわかる。


「さて、では次だ。アンヌとの戦いについてだね」


「まるでアンヌの心を読んでいるようにしか見えませんでした」


「そう思わせて縛るのが俺の芸風でね。その起点が火の魔石だった」


「傷付いたものは使ってはいけませんと言ったのに……」


 自分の注意を逆に利用して武器にしたことに、セシルは頬を膨らませて少し拗ねているようだ。拓馬は苦笑しながら説明を続ける。


「ごめんね。誘拐が目的ならどんな手段を取ると思う?」


 拓馬の問いにあかりは自分ならどうするかと思案を巡らせてみる。


「不意打ちや首を絞めるとか……もしくは、やっぱり眠らせる?」


「それでもあくまで候補の一つとしてあり得るだけ。用意していたかはわかりません」


「プロで計画的犯行なら二の矢三の矢は用意する。中でも昏睡は他より確実性が高い」


 殴打は下手すると命に関わり、窒息は他に比べて時間がかかる。

 何よりこれらの方法では確実性に欠ける上、いつ目覚めるかが不明瞭だ。


「眠らせることが候補に入りやすいということですか」


「でも睡眠じゃなくて殴打されたら、ガラスを口に含むのは自滅になるよ」


 可能性が高いだけで、口内を切り裂く準備をするのは無理筋。他の展開も考慮したら到底実行できるものではない。

 しかも拓馬は抗戦までしており、反撃されて口の中を裂くという展開の方が自然に思えた。


「だから火を放った。城へ忍び込んだアンヌにとって、火事は否応なく目立ってしまうマイナス要因」


 火事だと煙も出て、外の兵士からも目に付きやすい。

 火が強まれば、それだけ周囲に気付かれる可能性も上がる。


「俺はあの時、火を煙幕にしながら、あえて火元を離れず戦った」


「火から離れて逃げても、すぐ捕まるからですか?」


「それもあるがね。躊躇なく魔石を叩き割って何をする定かじゃない相手と、火元で戦いたいかい?」


「最悪どちらかが火の方へ倒れ込む危険もあるよね」


 自分は当然のこと、拓馬がそうなっても任務失敗。

 彼女は戦闘のプロフェッショナルだ。

 素人と侮った相手に不意を打たれ、あまつさえ相手から襲いかかってきたなら、軽々な手段は取らない。

 真っ当な戦闘で九割方勝てるとわかっていても、一割のリスクを優先した。


「背後から首を締めるのはどうです?」


「首絞めは一瞬で落ちるわけじゃない。俺は武器を持って襲いかかってるんだ。反撃されるのは目に見えてる」


 自分から侵入して襲撃したはずのアンヌから、次々に選択肢が減っていく。それは魔法よりも魔法に思えた。


「他に残っている一撃ですぐに意思を奪う方法。それは何かな?」


「…………睡眠です」


 暴発という一見派手な手段に、そこが彼の戦略の目玉なのだと勝手に思い込んだ。

 しかし、それは本当の狙いである睡眠魔法を使わせるためのプロセスに過ぎない。

 アンヌは手段を選んでいるつもりで、その実()()()()()()()


「もしや最初にわざと武器を見せびらかしたのも?」


「素人らしさを演出すれば、暴発後の食いつきがよくなる。撒き餌だよ」


「暴発は一見すると奇策ですが、効果はその場限りの目くらまし。そういう使用事例もあります」


「故にそこが限界だと引っかかる」


 拓馬はこの世界に対する無知を逆に利用したのだ。

 所詮素人の戦い方だと、アンヌの思考はそこで停止してしまった。


 考えない。考えられるわけがない。

 暴発も、その後の攻撃さえも、全部が全部囮だったと。


 拓馬の戦略はただの不意打ちや奇襲とは根本的に違う。

 敵対する相手、アンヌの心を読んで操り、そして踏みにじる。悪魔的な発想。


「良い仕込みだろう?」


 それは欠陥品と呼ばれた時の態度とは完全に別人。

 彼の浮かべる笑みに、あかりは背筋が凍るような悪寒が走った。


「それなら影に潜った攻撃はどうやって読んだのです? この攻撃は相手が主導。誘導は不可能です」


「しかも攻撃はどう見てもランダムだよ」


「こっちはもっと単純さ。アンヌの攻撃はランダムの()()()なだけ」


「つもり?」


「あの手の攻め方をする側はな、偏りを何より恐れる。同じ場所を避け無意識のうちに数を均等化しようするのさ。真のランダムは偏るという現実を忘れてね」


 理屈はわかる。現実にサイコロを数十回振ったとしたら、大抵は数に偏りが生じる。


「攻めた数が増えれば紛れも減る。なので最初は攻撃を受けて、最も攻撃回数が少ない方向を絞って賭けた」


 自分で出目を選べるとしたら、均等の方が読まれにくいと感覚的に思う。その『感覚』が拓馬にとって付け入る隙だった。


 あかりも魔物達の動きを読み作戦を考えたが、拓馬は次元が違う。

 あれは決まった法則があった。拓馬はそれすらなしに、戦いながら敵の思考をさも当然のようにトレースしている。


「そんなやり方で不規則な攻撃を読んだのですか……」


 セシルが頭を抱えている。彼女もまた幼くして戦闘のプロだ。故に今の戦略がどれだけ無茶か理解できるのだろう。


「この二つでアンヌは『心を読まれているのでは』と有りもしない事実に怯え、疑心暗鬼に陥った。竦んだ心は弱気に流れる。操るのはもう簡単さ」


 そうか。あかりは悪寒の理由を理解した。それは忌避感だ。


「さっきの魔石もだけどさ。それってただ、そこに行き着きやすいってだけでしょ?」


 一度目は誘拐だったが、下手すれば自分が火に飛び込む危険もあったろう。

 二度目の戦いは明らかに殺意がこもっていた。そんな賭けに出るにはあまりに危険過ぎる。


「それで読みを外したらどうなるの?」


「終わりだよ。ただ死ぬだけ」


「そんなの不合理だよ!」


 死への忌避感。

 容易く命を捨てる嫌悪感。


 人は生きるため、生かすために戦う。勝つために死んでもいいなんて考えは矛盾している。

 命を賭けた鉄火場で生の合理性を否定。あってはならない選択だとあかりは思う


「お前達が生命線だと信じて握る合理性って綱はな……それこそが心を呪縛する鎖なんだよ」


 死に瀕した人間が走馬灯のように一瞬で人生を振り返るのは、生き残るため記憶を手繰る行為だと、かつてあかりは聞いたことがあった。

 限界まで追い詰められた人間が最後に縋るのは、それまで積み重ねてきた人生。ゲームとは違う、本当の意味での経験値だ。


「たっくんは平穏な生活が目的なんだよね?」


「ああそうさ」


「なら生きたいのに死んでもいいって、そんなの絶対おかしい!」


「いいんだよ、それで。生きたいなら人は死ぬべきだ」


 拓馬は捨てる。

 瀬戸際に立って、あえて命を捨てることを選ぶ。


 言葉にするのは簡単だ。けど死の実感はそんな生易しいものではない。

 一度死に瀕したあかりには、それが嫌でもわかってしまう。


 向こう岸が闇で見えない崖に立ち、跳べば勝てると言われ、迷わず飛べる人間がどれだけいる?

 まず躊躇う。

 跳ぶという死に恐怖する。

 それは人の本能。人が人であるために必要な機能だ。


 ――なのにこの人は迷わず身を投げる。


 まともな感性では一生辿り着けない在り方。

 一体何の経験を積めば、どのように生きれば、そんな境地に辿り着くのか。


 死を恐れない生きたがり。

 それが暁拓馬の本質――それは、人が狂気と呼ぶもの。



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