第30話『虚飾のヒーロー』
魔物とブレスターの襲撃から一夜が明けた翌朝。
セシルの執務室には事情聴取のため三名が集っていた。
あかりとセシルが隣り合って並び、対面にはクアドラが二人の目線に合わせた高さで浮遊している。
既にあかりの聴取は一通り終えていた。
女神曰く真の勇者、暁拓馬。その彼は昨夜から未だ眠ったまま。
代わりに状況を説明すると申し出たのがクアドラだった。
「さて、単刀直入に行きましょう。拓馬様は多元世界救済組織スターリー・ウィズダムに所属するヒーローです」
「え? ヒーローって……本物の?」
あかりの中で浮かぶのは、それこそアニメや特撮のヒーロー達だが、どうにも拓馬のイメージとは合致しない。
「はい、有り体に言えば異世界間で発生した問題解決に派遣されるエージェント。それが彼の役割です」
「じゃあ勇者として召喚されたのはそれが理由なのかな?」
「いいえ、今回はイレギュラーケースです。我々は少数精鋭ですが明確な組織ですので、普段は正式な依頼として仕事をこなします。あの平穏大好きボーイがそんな不安定な仕事に就くわけがありません」
平穏を愛する姿勢もまた真実らしい。ならそもそもヒーローなんてすべきではないと思うのだが。そこはきっと色々と事情があるのだろう。
「それが正体を隠して活動されていた理由ですか?」
「その通り」と彼女は一度頷いて、
「まずはグラドニアが信用に足る国か調査が必須でした」
ヒーロー活動の知識があるからこそ、突然の召喚で拓馬は警戒した。最初の一歩目から、あかりとは見えているものがまるで違ったのだ。
「他にも事情がございます。拓馬様は召喚の際に記憶の一部を消失しました」
「それはタクマさんが昨日言っておられましたね」
「拓馬様だけでなく、私のメモリーからも召喚直前の情報が抜けています。最後の記録にも魔法の類は感知できておりません」
「つまりグラドニアが意図的に奪ったとタクマさんは考えておられるのですか?」
「少なくともその可能性は考慮せねばなりません」
昨日は自意識過剰なのかと思っていたが、きちんとした理由ありきだったらしい。
「あの、クアドラさんの記録っていうのは?」
「私は拓馬様の使用しているジョブドライバーの管制人格です」
「ええと、つまり、拓馬さんはクアドラさんのご主人様ってことですか?」
「拓馬様はご主人様ではなく使用者です」
メイドから連想して言ってみただけなのだが、キッパリ言い切られた。鋼の意思を感じる。
「あれ? そもそもジョブドライバーってこの世界で作られたはずですよね」
「詳細は機密事項ですが、何故この世界にジョブドライバーがあるのかも私達の調査対象です」
「タクマさんが転身に失敗したのは、既に使用登録されている端末があったからですね」
ドライバーが扱えるのは一人一つだけ。それがいくつかある所持者のルールだった。
「ここまでが現在話せる範囲での、拓馬様の背景事情です」
言外にこれ以上は話せないと彼女は線引きをした。組織としての守秘義務があるのだろう。
「わかりました。クアドラ様、ご説明ありがとうございます」
「では続きまして拓馬様の行動報告ですが、こちらは昨夜の映像をご覧いただくのが早いでしょう。あかり様、こちらにジョブドライバーを置いていただけますか?」
「え、ああ、はい。こうですか」
「はい、結構です」
クアドラが右にずれたので、あかりは指示された位置にドライバーを設置する。
するとひとりでに起動して空中に表示枠が出現した。程なく黒一色だった枠に映像が投影され始める。
「こちらはドライバーを介し拓馬様視点で撮影した昨夜の記録映像です」
映っているのはグラドニアの廊下であり、拓馬達があかりの部屋から出てきたタイミングだった。
昨日の出来事が、セシルとは違う視点でリプレイされていく。
特に拓馬が一人で逃げ出してからの映像は、二人共に知らない情報だった。
――たった一人で相手を手玉に取ってる。
深い傷は負っているが、生身の身体で恐ろしい魔物を使う暗殺者と渡り合い、しかも上手く裏をかいて反撃までしていた。
転身してからはほとんど苦戦すらせず、ブレスターと呼ばれた怪人を圧倒している。今のあかりでは到底真似のできないプロの戦闘がそこにはあった。
一通りの映像を観終えた上であかりは問う。
「あの、最初から拓馬さんはジョブドライバーを持っていたんですよね?」
「昨夜、何故もっと早く使わなかったのか。そうすれば犠牲はもっと少なく済んだはず。とお思いですか?」
「それは……はい」
彼の抱えていた事情やグラドニアへの信用も含めて考えれば仕方のないこと。それでも映像の中で容赦なく奪われた命を見てしまうと、どうしても考えてしまう。
「詐欺師は使用に際して血液を消耗します。初接敵時点で転身して、ブレスターが姿を見せずスライムの波状攻撃を受け続けていたら、失血により容易く敗北したでしょう」
「血液を……」
「それに観測したデータ上、詐欺師の基本性能は勇者に比べて劣っています」
実際、彼は戦闘後に倒れて一晩ずっと眠ったままで朝を迎えている。圧倒的に見えた戦いは、知恵と経験によりもぎ取った勝利だったのだ。
「所詮ヒーローとは名ばかりの、悪知恵ばかりが回る貧弱ボーイなのでそこはご容赦ください」
「いえ、ボクこそ何も知らずに勝手なことを言ってごめんなさい!」
「クアドラ様、今の映像について、他にもいくつか質問をよろしいですか?」
「それでしたら、私よりも本人に問い合わせることをお勧めします」
彼女が提案すると同時に、ノックもなく執務室のドアが乱暴に開け放たれた。
「クアドラああああああああ! お前ええええ!」
「何事ですか拓馬様、騒々しいですよ」
「タクマさんもうお身体はよろしいのですか?」
治療着のまま入室した彼は珍しくセシルすら一瞥するだけで、即クアドラへと詰め寄った。
「傷は問題ないさ。それよかお前、なに計画ぶち壊してんの? 不良品なの?」
「欠陥品様のやり方では腹の探り合いばかりで話が進まないので、空気を読み粗方説明いたしました」
「ドライバーにリアルタイムで議事録送信してくれてどうも!」
「状況は見を過ぎ去りました。これからは共同戦線すべき段階。昨夜はその方針で決定したでしょう」
「拓馬さんも、勇者教計画に協力してれるんですか!」
「そのつもりではあるよ。段取り滅茶苦茶にされたけどな」
盛大にため息をつきながらも了承の意を示した。そして彼の視線はセシルへと注がれる。
「それでいいかい?」
「わたしからすれば願ってもないです。やはり女神ニグラ様のお導きは正しかったのですね」
「じゃあ、改めてよろしくお願いします!」
あかりが握手を求めて腕を差し出すが、拓馬はそれを見つめるだけでスルーする。あ、これ前と同じ流れだ。
「尻以外で貴様の身体に触れるべき部位はなぶべら!」
クアドラがその場で精製したハリセンをフルスイングし、馬鹿が横スピンかけながら床を転がった。
「拓馬様が親愛する女学生は『たっくん』と呼称しておりますので、そのようにお呼びください」
「個人情報ー!」
「ええと、いいの?」
「呼び方なんて好きにしてくれりゃいい。敬語は好きじゃないしな」
「じゃあよろしくね、たっくん!」
「話は終わったな。じゃあたっくんお部屋帰る」
「お待ちください。昨夜の件でいくつかご質問があります」
何故か子供っぽくむくれて部屋を出ようとするが、それをセシルが引き留める。
「ボクも聞きたかったことがあったんだ。どうして魔物がこの前のゴブリンと同じ特性を持ってるってわかったの?」
「それにアンヌが睡眠魔法を使うとわかったのか、影に潜る攻撃を読めた理由もわかりません」
「……ま、構わんさ。別に大した話でもない」
拓馬は後頭部を掻いてから対面に着席したので、不機嫌ながら話をする気はあるようだ。
「だが、タダでとは言えないな。セシルたんには依頼報酬の支払いもある」
「昨日の件ですか。わかりました。いくら追い払いすればよろしいでしょうか?」
確かに探偵としての依頼だとセシルは伝えていたが、まさか非常時の対応で依頼料を取るとは思わなかった。
「幼女からお金は取らないさ。セシルたんの膝枕でスーハ―クンカクンカしながらの解説で手を打べし!」
クアドラがたハリセンをフルスイングし、馬鹿が横スピンかけながら椅子から転げ落ちた。
「死ねばよろしいかと」
「お前……! お前……!」
とりあえず普段のテンションは演技ではなく案外素だったのは理解できた。





