第3話『彼はフィクションを愛しすぎている』
人間の運命とは儚いものだ。
ネット小説書いて一山当てようと思って机に向かえど、気が付けば推してるVTuberの配信を観て明日から頑張ろうとか思いながら、ダラダラSNS眺めてる。
テスト前日に休憩と宣いエロ本読んで賢者タイムになり、もはややる気も沸かない。当然各方面から大目玉。
気が付くと異世界に飛ばされるなんてこともある。
あるわー。あるある。だって今まさにそうだもの。
HAHAHA! って、ふっざけんな! こんなイベントあってまたるかー!
勇者になれだと? 魔女と戦え?
いいかね。そういうのはラノベとかゲームだから素晴らしいのだ。
いやね、たっくんは器の大きな男です。そういう作品も否定はしません。賛否両論はあるけれど、異世界転生系でも名作はたくさんあります。
食わず嫌いとか良くないです。ガムを噛んで捨てて、まだちょっと味残ってたような勿体ないなーと思って、また拾って食べるくらいの心持ちが大事。そんなヤツ現実にいたらドン引きだけどね!
だが、異世界召喚が現実に起こって、それも自分がその対象になるなんてね。ないわー。絶対ないわー。
都合の良いイベントが次々と起って美少女にチヤホヤされながらチートアイテム使って人生ヌルゲーとか、そういうのを無邪気に信じられるほど現実から逃避して生きてるわけではない。この世の絶対は幼女の愛らしさだけだ。
ていうか、現実は現実なりにつまらないマジクソゲーと宣いつつ、それなりに楽しんで生きてるのが大多数の人間じゃあないか。
大抵の苦痛はスマホゲームとエロゲーとラノベと、後特に美幼女がいれば乗り越えられる。
俺はそういう平穏な日常こそ大事にして生きてきたのだ。
平穏。いい響きだ。平穏さえあればどんなスペクタルも愛も友情も、全てが安全に享受できる。
すごい世界を体感したいならアニメを観ればいい。
特別な人間になりたきゃラノベを読めばいい。
三次元? 特撮があるだろ。
そこで登場するのが超美幼女セシルたんである。
セシルたんは可愛い。とても可愛い。結婚したいマジマリッジ。
けれども現状はいかんともし難く、美幼女召喚師との相互理解は難しい。
もし召喚された側が彼女だったならば、俺はこれでもかっ! という程甘やかして愛情を注ぎ、ラブラブかつ平穏な毎日を送っただろう。逆召喚は良い文明。
しかし現状では成立し得ないのだ。ちょっとたっくん、現代社会のぬるま湯じゃないと生きていけないから。
というわけで俺の未来設計はまずはこの国で夢のロリ婚。そしてセシルたんが深い愛情のあまり国の運営任務を捨ててでも、俺と地球へ帰る選択をするよう誘導する。
そのためには王との謁見が必須だ。今はその場へ向かう道中。つまりラブラブ初デート!
国王様ってことは国の運営者でありトップである。シャッチョサーン。
そりゃ勇者として召喚されたのなら会うよね。
「気が重い。偉そうな人苦手なんですけどーぉ」
とりあえず王の前で粗相を働いて首を切られる未来がありありと想像できる。ギロチンやーだー。
「変なことしなければ大丈夫です。召喚者はしきたりとしてまず国王様にお目通りしてただかねばなりません」
「挨拶だけでいいのかい?」
「そこで初転身の儀式を行っていただきます」
「この国では婚約報告をそう呼ぶのだね!」
「はあ……。お願いですから国王様の前ではちゃんと畏まってください」
「セシルたんが『拓馬お兄ちゃん、セシルのお願い聞いてほしいなっ!』って言ってくれれば善処しまっす」
はい、表情筋が一切死滅したお顔で見つめられたぞーう。さっきこの流れ一回やった? バッカお前、美幼女は何度やっても許されるんだよ!
彼女は一回顔を伏せてから、また上げる。
すると、愛らしいお目々をうるうるさせて、ちょっと弱々しい雰囲気になっていた。
「タクマお兄ちゃん、セシルのお願いを聞いてくれる……?」
「ありがとーございますぅー!」
パーフェクト! パーフェクトだセシルたん!
「おにいたん、勇者になぁれ以外なら何でも聞いちゃうぞぉーう!」
賭けてもいい。今俺の顔は水に浸してグズグズに溶けた粘土みたいになっている。
「では、国王様の前でジョブドライバーの力を使ってください」
一瞬にしてビジネスモードに戻りおった。そして出たな専門用語。これにどう対応するかで俺の未来は決まる。
「アーマードジョブは転身をするために必要なアイテムですが、もう一つ必要なものがあります。それがジョブドライバーです」
彼女はあくまで俺のチョーカーをアームドジョブ設定で押し通すつもりのようだ。っていうかドライバーってちょいステイ。
「俺は幼女に乗るより肩車して太ももで頭挟まれながら歩きたいな」
素敵希望を聞いた幼女から、ほんのり距離を取られた。即座に詰める。
「制御装置という意味でのドライバーです」
「むしろ何故そっちのドライバーがこの世界にあるのか」
ドライバーとはコンピューター用語であり、それはもう近世すら過ぎ去り現代そのものだ。
「それは実物を見ていただくのが一番早いでしょう」
そして俺は謁見の間まで連行された。そこに待ち構えていたのは王と王妃と思われる豪奢な格好の人物達、それと彼らを守護する兵士や、後は何か偉そうな格好した連中だった。
「そなたが勇者殿かな」
「いいえ違います」
「約束ー!」
だって事実だもん。ここでイエスと答えたら、それこそなし崩し的に勇者となってしまいかねない。
ちゃんと敬語は使っているのでセフセフ。
「私は本日この地に召喚された異界の者、暁拓馬でございます」
とりあえず、それっぽくするため恭しく跪いて名乗っておく。
「ふむ、セシルから聞いての通り、勇者になる意思はないと」
「国王様、勇者召喚の儀式で喚ばれた事実に相違はございません」
勇者確定ガチャ回して出たんだから勇者なんだよ理論が炸裂だ。彼女の理屈だと、ラーメン屋で蕎麦出してもラーメンと言い張れそうだな。
「ふむ、勇者となるか否かについてはこれから話し合うべきこと。まずはそなたの資質を確認するためここへ招いた」
「資質、ですか」
「左様」
王様が頷くと、即座にセシルたんが解説を挟む。
「勇者様としての役割とは別に、勇者の力を確かに持っているかどうか。今知るべきはそちらなのです」
「ふむふむ……言わば俺の動作確認ってところかな」
「そのような非人道的な表現をするような行為ではありませんから。ご安心ください」
勇者になるならないは妥協できないラインだが、ここは恐らく『はい』を選択しない限り問答がループする系のイベントだろうなあ。まあ粗相がないようにする約束をしたしね。
「わかったよ。それで、どうやるのかな?」
問いかけると、即座に俺の前へと回り込んだセシルたんが法衣からある器具を取り出した。
それは、手に掴んで持つことのできるサイズで、薄っぺらい長方形を為しており、表側には真っ黒なディスプレイ。これは本来ここにあるはずのないものだ。
「スマホ……!」
「これがジョブドライバーです」
「いやこれどう見てもスマホだからね」
空気を読まない現代科学の結晶がご登場だ! 普通異世界系のラノベとかだと、主人公が異世界側に持ち込むアイテムの代表格だよね? 逆! 逆だよ!
でしたら、とセシルたんは前置きして、
「使い方はご存知のはず」
「ご存知だけど存じねーよ」
少なくとも現代社会でスマホは特撮ヒーローの変身アイテムではない。ガラケーは変身アイテムで射撃武器だが。後デジカメで殴りポインターで蹴る。
あれ? なんだかスマホで変身するのは有りな気がしてきたよ?
「ポチッとな」
とりあえず背面にあったスイッチらしきものを押すとディスプレイが光った。いくつものアイコンが並んでいる。うん、スマホ感しかない。
「では、剣が付いたマークに触れてください」
言われた通りにゲームアプリにしか見えないアイコンをタップする。すると画面が切り替わり、黒い背景に赤い魔石が映し出された。さっき確定ガチャとか言ったけど、これこそタップしたらガチャが始まるやつでは? クソ、俺は異世界でも搾取されるのか!
「その状態でドライバーを前に翳して転身と叫んでください」
「しかたないなー。勇者になる気はないんだけどなー。初変身の像とか立っちゃうかなー」
これはもう一般的な反応を返すしかなかった。
勇者になりたくなくとも変身の願望には抗えない。それはそれ、これはこれ。日本男児はそういう風にできている。
「じゃまあ、とりあえず今は盛大に祝ってもらおうかな!」
俺は特撮ヒーローの主人公よろしく腕をぐっと前に突き出すと、堂々とした声で叫んだ。
「転身!」
≪Error!!≫
変身だけでもと気分ノリノリでポーズ付けて叫んだ結果、『残念でしたまたのご利用はお待ちしておりません』と返された。テヘペロ。