第29話『狩場の跡』
拓馬がアンヌの肩に乗せた足を踏み抜くと、赤い光の柱が立ち上る。
その凄まじい光景を、砕かれた壁の穴からセシルは眺めていた。
けれど最も重要なことは、砕かれた地面の下に彼女の姿は無かったという現実だった。
「逃げたか」
無感動な拓馬の声は、悔しいとか惜しいと言った感情は見えず、ただ事実のみを簡潔を告げている。
「今のは一体……」
彼の足が踏み抜く寸前に謎の黒霧がアンヌを包み、恐らく必殺の一撃は誰もいなくなった大地へと直接叩き込まれた。
「タクマさん!」
彼が転身を解除すると、緋の牙と片腕も消失していた。
セシルは痛む体を引きずり、拓馬の元へと歩み寄る。
「No More」
「え?」
辿り着くや否や、彼は意図のわからない言葉をかけた。
「アンヌを倒す寸前、闇に包まれて白い鴉の面を付けた男がそう遺していった」
それが彼女を攫っていった犯人なのだろうが、今はそれよりも優先にすべきことがある。
「すぐに治療ができる魔導師を手配します」
「とりあえず死にはしない。かさぶたを作ったから」
斬られた腕を上げると、切断面は赤い蓋のような何かで覆われて出血は止まっている。
「それに君も大概だからね」
セシルの体もかなりの重症だ。彼女自身、立っているのもつらい状態ではあった。
「拓馬さん! セシルちゃん!」
「アカリさん」
アーマードジョブ姿のあかりは、二人を見つけると大きく手を振って急いで合流を果たした。
「二人共すごい怪我だよ!」
「医療班はすぐに来るよ。お前は元気そうだな」
あかりには怪我らしい怪我はなさそうだ。二人の勇者が生きていてセシルは一安心する。
「うん、町の魔物は大体片付いたけど、城の中にも出たって聞いて」
「こっちも終わったよ」
「もしかして拓馬さんが?」
「俺この有様だぞ? そこは普通セシルたんだろ」
言いながら動揺している素振りは全くないし、アンヌを撃退したのは拓馬で合っている。
「だって、女神様が本当の勇者は拓馬さんだって言ってたから」
「え? ニグラ様がですか!?」
「うん、ボクに勇者の紋章をくれたよ」
言ってあかりは勇者の紋章が刻まれた手の甲を見せる。傷も相まってセシルは卒倒しそうになったが何とか耐える。
「ボク、決めたよ。ちゃんと勇者になって、この世界を救うから」
「どうやら、お互いに色々情報交換が必要みたいだな」
「その前に治療でしょ! どう見ても大丈夫じゃないよ!」
「そこは流石にどうにかするさ。だが、そうだね。先にこれだけは言っておかないと、セシルたん」
「は、はい」
拓馬は改まってセシルへと向き合いウィンクを飛ばした。
「逃しはしたけど、依頼は確かに達成したよ」
そうだ。それが一番大切なこと。セシルは自分の顔がほころぶのを自覚した。
「はい! 生き残ってくださり、ありがとうございました!」
もう戻らない命や犠牲はあった。だが、グラドニアは前に進む。
犠牲を無意味として終わらせない。彼らがいてくれたおかげで世界は救われたのだと、いつか『ありがとう』を伝えられる未来を創る。
「じゃ、後はよろしくー」
残っている腕をひらひらと振って、拓馬はその場に倒れ伏した。
「た、拓馬さん!」
慌てたあかりが上半身を抱き起こすと、意識はないが呼吸はあるようだ。
「ご安心を、出血多量で意識を失っただけです」
突如聞こえたのは落ち着いた女性の声色。二人の前にデフォルメされた二頭身の青い長髪の小さなメイドが宙に浮いていた。
「え、えええ? セシルちゃん、この人? はどなた?」
話を振られたセシルも、ぷるぷると首を横に振って知らないアピールをする。
「お初にお目にかかります。私の名はクアドラ。拓馬の所持するジョブドライバーの制御を担当しております」
クアドラはスカートの裾を摘み、優雅な所作で自己紹介と一礼をした。





