第27話『悪意の正体』★サシエ
祝福の前にはグラドニア最強の魔導師すらも敵ではなかった。
影潜りと祝福で得た落とし子、この組合せに勝てる者などいない。
「あら、パーティーはもうお開き?」
拓馬は左手をポケットに入れた姿勢で、右手は帽子を被り直しながら精一杯の虚勢を張っている。
「あんたの狙いは俺だろう? 信仰上、幼女は放っておけないんだ」
「だ……め……」
幼子の言葉は無視して、トドメを刺す手を引いてターゲットへと向き直る。
睡眠魔法の効果も出ているのか、足取りは不安定だ。
「立ったはいいが、歩けそうもない……お持ち帰り、して、くれるかな?」
「いいわよ。元よりそのつもりだったもの」
「タクマさん、諦めては……いけません!」
もうどれほどの力も残ってないだろうに、召喚師の小娘が声を張り上げた。
「すまないね、セシルたん。上の階で……火災の対処をお願いするよ」
逃げる素振りもなく拓馬はその場から動かない。
もう一人の勇者は兵士と協力して外で魔物と戦闘中だと聞いた。
「安心なさいな。ボウヤは私が優しく抱いて連れ去ってあげる」
受けた雷撃は大した傷にもならず、少しの時間があれば完全に癒える。
「はは、案外年上のおねえさんも悪くないかもね」
互いの手が届く距離まで詰めた瞬間、拓馬が左手をポケットから引き抜いた。
「アナタの抵抗がなかったならば、だけど」
不意を打とうとガラス片を握った左腕は、己に振れることなく床へと落ちた。
「まだ持っているの? 何枚仕込んでいるのかしら」
この手癖の悪さじゃ縛る前に身体検査は必要だろう。
いや、この様子では心が折れたか。
「ぐっ……あ……!」
青ざめた顔で後ろによろめきしゃがみ込んで、肘から下を失った腕を見つめている。
中々の切れ者だったが、こちらももう油断はしない。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「私を炎に突き飛ばしたくせに、自分はたったこれだけで音を上げるの?」
舌の痛みは自分で覚悟してやったもの。腕を落とされたショックは比べ物にならないだろう。
アンヌが腕を上げるとそれだけで体がびくっと痙攣し、目に涙を浮かべて懇願する。
「ごめんなさい……ホントに……も、無理……」
「タクマさん! もう止めてください! 早く治療しないと……っぐう!」
「うるさい召喚師ね。喚くと餌にするわよ」
もちろん助けるつもりはない。
拓馬を完全に堕とし捕獲した上で、落とし子の餌になるところを見せてやる。
「いや、ひっ、来ないで……」
「大丈夫、もう痛くしないわ?」
「本当に……?」
「本当よ。これまでのイタズラもそれで帳消し。大人しく付いてくれば治療もするわ」
拓馬の頬に優しく触れる。
逆らわなければ痛い思いをせずに済む。それを敗北感と一緒に刷り込めば、抗う気概も消え失せる。
「あうっ……ううっ……」
「ほうら、泣かないの」
胸で顔をうずめるように優しく抱きしめて、頭を撫でる。
人の心なんて、痛みと安堵で容易く操れるものだ。
「さあ、行きましょう」
「わかった…………」
もっともこの安心はすぐ絶望へと変わるとも知らずに、彼は命令に従う。
体を離して立ち上がり、手を差し伸べる。次は小娘を始末しよう。
「けど、ね」
「うっ!?」
拓馬はアンヌの手首を握った。逆に引き寄せられて、首を締め上げられるような強い圧迫を感じる。
纏ったスライムの強度を超える力で掴まれている。
「おねえさんの無駄乳に抱れるより、幼女の香りを肺一杯に吸い込みながら抱きしめる方が好きなんだ」
この状況に全くそぐわない発言。
拓馬の表情から恐怖への怯えは完全に消え去っている。
「ば、かな……がふっ!」
――演技? 油断した? そんな、だって右腕は、今も手首を握ったままじゃないの!
アンヌの首を絞めているのは切り落としたはずの腕だった。切断面から赤黒い何かが生えている。
手首だけを離すと、彼はその場に立つ。
腕の力でアンヌを持ち上げて、指が深くまで食い込んでくる。
息が、できない。
「手癖の悪さが自慢でね。失くすと困るからもう一本生やしたよ」
何を言っているのか、まるで意味が分からない。
異形の指が、ぎりぎりと喉を握り締め上げている。
「それにしても、俺があの局面であんな単調な手を打ってくると思うかね?」
また罠に嵌められたのか。
わざとポケットに手を入れて不意を打つ振りをして、隙を見せたと?
いえ、考えるのは後だと思考を振り払う。
「ふ……ざ……ける、な……」
鋭利に伸ばした指先を揃えて、腕に振り下す。
生えてきたなら再度落とせばいい。
「これで……ぐぎっ……うがぁ!」
己の爪は確かに腕を裂き抜けた。なのに力がまるで弱まらない。
「生やせるんだ。治せもするさ」
切断した瞬間に治されたのか。
――だったら!
指先を先鋭化させて、顔を狙い突く。
けれど指先は何処にも刺さることなく止められた。
タクマの口元に巨大な牙が生えたファイズガードが造られ、文字に通り爪を食い止めた。
「な……にが……」
――何がどうなってるの!?
息が詰まり言葉にできない。
その間に、止められた指先が牙によって折られる。
「不味い」
そう言ってへし折った先端を舌に乗せて吐き出す。
血の絡んだ赤い舌は、どこも千切れていなかった。
いや、その切断面らしきものが赤黒く接着されている。
「二手潰した」
「ああ、ぎっ……喰らえっ!」
落とし子に命じる。この男を喰らえ。腕を食い千切り己を助けろと。
だが、落とし子達は動かない。
「プラズマ・チェイン……!」
召喚師の魔法で全員その場に縫い留められていた。拘束魔法だけならすぐに外せるが、今は不味い。
「動けなくても、まだ、やれます……」
「貴様ァ!」
「これで三手無駄にした。もう余裕はないだろ?」
腕の破壊もできず、本人への攻撃も防がれた。
落とし子より先に、このままじゃ窒息する。
「ぎあ……ぐうえええああああ!」
首を締め上げる手に両手の指をかけ、ひたすらに掻きむしる。
自分の指で首を傷付けてしまうが、今はそれどころじゃない。
ボロボロになった異形の指が、一本ずつ床に落ちていき、ようやく開放された。
「ぜぇ……ぜぇ……」
自由になると同時に慌てて距離を取る。
何をしてくるか予測不能。態勢を整え直すまでなりふり構っていられない。
「こうも荒々しくやられちゃ、再生は間に合わないか」
言っているそばから崩れた指がまた生えてくる。
腕の再生を終えると立ち上がり、異形化したそれを突き出すように構えた。
「次はその首、へし折る」
今度は向こうから距離を詰め仕掛けてきた。
直線的に突き出された腕を、右に回り込むように避ける。
追うように振り抜かれたが、それも一歩下がれば届かない。
腕の力は脅威でも、操る拓馬の身体は並程度。なら、落ち着いて対処すれば当たりはしない。
「そんな腕だけで互角になったと思わないことね」
己は祝福を受ける前から磨いてきた体術と影潜りがある。
「こっちの仕込みも済んでる」
「痛っ!?」
反撃のための一歩を踏み込んだ瞬間、足に痛みが走った。
視線を落とすと、切り落とした腕の血溜まりから緋の剣山が生えている。
「あぐう!」
腹部に重い鈍痛が響く。
脚の痛みに気を取られた隙に、腹部を打ち抜かれた。
肺から酸素が抜けて、衝撃で体が折れ曲がる。
追撃の拳がきた。しゃがみ込みながら横っ飛びに逃げる。
「アナタ、まさか……私と同じ……!」
「今さらかよ。拐う前に素性くらい調査しておけ」
拓馬はさも当然のように言い放った。
切り落とした腕が生えて、正体不明の攻撃まで仕掛けてくる。
特にあの腕。アレは何だ。
そもそもこの男は魔法の才能を持たないと聞いていた。
つまり魔導師や本物の魔族という線はない。
だったら結論は一つ。
「異世界から召喚された人間が祝福を受けし者だなんて、聞いてなければ確かめようもないわ!」
拓馬が己と同類という情報は完全に初耳。知っていれば最初から対策を立て挑んでいた。
「まあ確かに、俺の世界でもこの力は異端でね」
「それにブレスターなら仲間でしょう?」
「ご同輩だろうが誘拐犯に仲間もクソもあるかよ。隠していたのが、あんたのおかげでぶち壊しだ」
やれやれと拓馬はまともな方の腕で頭を掻いた。それなら戦う以外の方法で連れていくまで。
「同士討ちの意思はないわ。ただ、貴方に会いたがっている者がいる。それだけは確かよ」
「お前の雇い主、もしくはボスか」
情報がなかったということは、鴉も拓馬の力を把握していなかった可能性がある。
それならそれで、今ある情報を使って誘き出す。
「雇い主が正解よ。落し子の力をくれたことには感謝しているけど、私はフリーで仕事を受けているだけ」
「落し子?」
「このスライム達よ。あれこそ私が受けた祝福の形。こうして個別の操作もできるわ」
祝福を受けた後も好きにしており、鴉の組織について興味もなかった。
不用意に踏み込まないのが、この業界で長生きするコツだ。
「ふうん、なるほどねえ。そんなことベラベラ喋っていいのかい?」
「私の受けた命は貴方を連れ出すことだけ。それとも本気でこの娘が大事?」
どの道、目撃者は殺す。拓馬さえこちらに付けば何の問題もない。
彼も自分の力を見た者は生かしておくつもりはないだろう。
「ははは、まさか。俺が大事なのは俺の自由だけ。セシルは策に利用しただけさ」
力を隠したまま逃げ延びるため、兵士や召喚師を利用してぶつけてきた。
本来ならセシルと自分がぶつかっている間に逃げるつもりだったが、タイミングを掴めず今に至る。観念した彼は奇襲という形で自分の力を開示したのだろう。
「そう。なら何も問題ないわ。お互いにね」
己の安全や、狙われている理由がわかるならそっちを優先にするはず。
それに拓馬はメリットがあるならリスクを飲み込むだけの器量がある。
「なるほどねえ。悪くない交渉だ」
――さあ、来なさい。私のもとに。
「ククク……だがやめておくよ」
「どうして!?」
彼はズボンから四角い板のようなものを取り出した。
あれには見覚えがある。だが、何故この男がそれを持っている?
「いくぞクアドラ。仕事だ」
≪Standby ready.≫
拓馬は首輪の宝石にソレを当てて、キーワードをつぶやく。
「転身」
≪God job. Swindler.≫
宝石が輝き、彼の足元に魔法陣が展開した。
湧き上がる赤黒い霧に体が包まれていく。
「詐欺師ですって……!」
その単語を聞いた瞬間、アンヌの中でこれまでの出来事が繋がっていく。
気絶した振りで炎の中に蹴落とす。
腕を切り落とされて心が折れた演技。
そして同類と偽って情報を引き出した。
この男の本性は人を騙し陥れる悪意。
詐欺師こそが拓馬の本質!
「だ、だ……騙したわねえ……!」
霧が炎のように逆巻き、中から現れたのは一分の隙もなく全身を覆い尽くす、見たこともない材質の鎧だった。
表情すら見えない異形の仮面。
この男が流してきた血と、内包する悪意を思わせるように赤黒い。この世界では邪悪の象徴ともされる色合いだ。
そして悪辣さを滲ませるような禍々しい形状。
「どの口が言ってんだか」
アンヌの怒りと憤りを軽く受け流す態度とは裏腹に、その声色は静かに落ち着いていた。
演技ではない本物の殺意と威圧を感じさせる。
「あんたも俺の平穏の礎になってもらう」
宣言された言葉の冷徹さに、悪寒がぞくりと背筋を走り抜けた。
Illust:させぼのまり 様





