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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第26話『信仰は天に至らず』

 拓馬の捕獲は思った以上に厄介だった。

 追いかけると、自分は進みやすく、けれど落とし子の体躯では進み難い通路を的確に選択していく。

 聖域に向かうと思い先回りを試みれば、全然異なる道を選ぶ。


 元々この城は魔物の侵攻を防ぐための砦だ。

 だが何通りもあるルートで、理想的な選択を続けるには構造の理解が必須。

 あの男はプレゼンターになるための学びを優先していたはず。それをサボってマッピングでもしていたのかと疑いたくなる。


 だが身体の限界は避けられない。体力の消耗に加えて、舌を噛み千切る激痛と流れる血が呼吸を阻害しているだろう。

 そんなコンディションで逃げ切るなど到底不可能だ。


 やがて逃走する速度は目に見えて落ちだし、落とし子達が距離を潰していく。

 ほら、後三歩。

 二歩。

 一歩。


 確実な射程内にまで捕捉して、我が子は飛びかかる。


 拓馬は足がもつれたか、前のめりになりながら倒れ込んでいく。

 追いつこうと肉薄した落とし子は、彼の頭上を通りこして、宙空で何かに弾かれたように窓側の壁へと叩きつけられた。


「約束通り追いつきましたよ」


「セシルたん!」


 幼き召喚師が魔力刃の付いた杖を構えている。彼女が槍を振るい黒塊を弾き飛ばしたのだ。

 拓馬は彼女の背後へと回り込み膝をつく。


「ごめん、ちょっぴり限界……」


「はい、少しご休憩ください」


 すぐさま態勢を整えた黒塊は再び突撃。その動きに合わるようにセシルも踏み込み槍を薙ぐ。

 すると刃が伸長し、直ではなく曲を描いた。


 鞭のように刀身をしならせ、切り裂きながら打ち据える。

 軽やかに手首を返すと、対照的に刀身は荒れ狂い、止まらぬ連撃は黒塊の身動きを封じながら身を削ぎ落す。

 それは軟体が身を保てず光になるまで続いた。


「その辺のオークなら五回は始末できていますね」


「もうセシルたんが勇者でいいのでは……?」


 本気か冗談かわかりにくい拓馬の言を、彼女は軽く笑い飛ばす。


「わたしじゃ全然足りません」


 狭い道に詰めかける落とし子達を前に、彼女は剣をしならせ言い放つ。


「けど、今この場は拓きます」


 セシルは行った。

 幼い肉体は躍動し、殺到する黒塊を拓馬まで届かせることなく切り裂いていく。


 ●


「プラズマ・チェイン!」


 前方、襲い来る複数のスライム達を雷の鎖が絡めとった。

 その強靭にして柔軟な体躯を縛り上げ見事に動きを封じている。


 相手の位置が定まれば、無駄な浪費もなく効果的に軟体を削げる。

 時間はかかったが、殺到していた全てのスライムをたった一人で消滅せしめた。


「さあ、残るは貴女だけです」


「ふふ、お見事ね。まさか幼子がここまでやれるとは思わなかったわ」


 視界の先にいつの間にか現れていた人型の黒塊。そのプロポーションから女性であると判別できる。

 そして、彼女から感じ取れる強大な魔力が、一筋縄ではいかぬ相手だと告げている。間違いない、魔王復活を目論む魔女の一人だ。


 先程拓馬を逃したのは正解だった。

 彼はここまで一人で生き延びて、魔物の主である魔女も見つけだし、セシルはその間に黒塊と戦う手を考えられた。


「タクマさんに手出しはさせません!」


「私も、これ以上時間をかけるのは好ましくないと思っていたの」


 魔物の主が開けていた間合いを詰め始める。

 軸のブレがなく隙のないその足取りだけで、相当な手練れであると理解できた。


「気を付けて……アンヌは、影に潜る」


 なるほど。それなら三つの門を魔物が突破したのも納得できる。


「なら潜る間すら与えません」


「フフ、それ以前に使()()()()()()かしら?」


 構えのない無形な足取り。

 そのまま剣戟の間合いに入るや否やセシルは刃を打ち付ける。


 狙いは脚。

 だが、その一撃は空を切り、魔女は何事もなかったように歩みを止めない。


 ――無造作に歩く所作で躱した!?


 続け様に胴。

 彼女の動きが刹那に止まる。

 空を切る。


 頭。刃が抜ける頭一つ分だけ屈む。

 空を切る。


 右肩。

 胸を反らして右へ。

 空を切る。


 右足。

 空。

 左腕。

 空。

 胴体。

 空。

 右足。

 空。


 頭。空。左腕。空。胴。空。脚。空。腕。空。肩。空。脚。空。頭。空。

 狙。空。狙。空。狙。空。

 狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空狙空。


 距離が詰まり連撃の速度も上がっていく。

 だが、その全てが掠りすらしない。


 まるで踊るように、ステップを刻み、彼女は蛇の舞う制空域を渡る。


「私だけ躍らせるなんて、意地悪ね」


 連なりの嵐を息一つ乱さず抜けた魔女の手が、そっと己の頬に触れ撫でるように首へと抜けた。

 彼女の愛撫は熱に似た鋭い痛みを伴い、血が首から吹き上げた。


「あぐぅ!」


 油断していたつもりは毛頭ない。

 かつてセシルは魔女と相対したこともある。

 その力も恐ろしさも重々承知していた。


 だが、そのどれもがここまでではなかった。

 仕留めるまでに十を越える兵を失ったこともある。痛みと怒りに震えはしたが、こちらの技が一切通じないなんてことはなかった。


 百の兵を投入すれば勝てるか。

 否。それでも誰一人触れられず死体の山ができあがる。

 勝てる想像が浮かばない。


 ――けど!


 身体強化の魔法を付与、蹴り抜く。

 それもまた抜けられた。


 胴。


 が、そのタイミングに合わせて横一閃。

 これも当たらない。が、魔女は手で弾いた。

 体の中心を抜ける一撃は避けづらい。


 畳み掛けるよう前へ出ると、魔女の指先が先に届く。

 聖白の生地が赤く染まった。


「くう!」


 そして、己を的にした幼き少女は魔女の腕を掴んだ。


「プラズマ・ブレイクゥゥゥ!」


 セシルの手から魔女へと青の雷撃が迸る。

 犠牲を顧みない捨て身によって得た勝機。幼き天才の魔導が直撃した。


「――――――――」


 雷撃の最中、青に弾けた閃光を浴び続ける魔女の動きも停止している。


「フフ……フフフフフ! アハハハハハハハ!」


「え!?」


 セシルの瞳に驚愕と絶望が浮かんだ。

 渾身の雷撃魔法を受けながら、魔女は高らかに笑い出した。


「ごめんなさい。あまりに心地よいマッサージだったから」


「かふっ!」


 魔女の爪先がセシルの腹を打ち抜いて、掴む手を強制的に離されその場に崩れ落ちる。


「私の身体、この皮膚は落とし子達と同じ」


 あれだけの雷撃を受けてさえ、威力が中にまで浸透していなかった。

 せいぜいが魔女の動きを多少阻害する程度。


「だとしても!」


 左手で首の出血を押さえてセシルは立つ。

 あれだけ浴びれば多少の手傷にはなったはず。窮地であっても攻め込む機に変わりなし。


「あーん」


「ごふっ!」


 魔女の影から新たな巨影が蠢き、幼子の脇腹に食らいついた。


「私が動かなかったの、子供達を増やすためだと気付かなかった?」


 ぞろりと魔女の足元から絶望が這い出てくる。

 敵の数は振り出しに。けれど残った力はあまりにごく僅か。


「だと、してもぉ……!」


 召喚師は残った力で鞭剣を振るい噛み付く黒塊を打ち削る。

 連打でようやく脱出したが、脇腹の肉は見るも無残に成り果てていた。


「まだ勇者を守ろうとするの。ふふ、可愛らしい」


 激痛に苛まれる肢体と残った精神を振り絞り、視線を守るべき者へ向ける。


「絶望を振り払うのが勇者様ですッ!」


 それを望んできた。信じてきた。

 誤った道に進もうとする国を正し、世界を救うための道を付けて、暗闇の荒野に進むべき道を切り拓く。

 そのためになら、地位も、名誉も、命も、全てを捧げる。

 諦めない。諦めてたまるものか。


 ――絶対に、タクマさんを……。


「そりゃあ駄目だよ……セシルたん。これは、負け戦だ」


 足下が覚束ないまま拓馬は立ち上がり、優しく、けれど力のなく笑いかけてくる。


「駄目……です……!」


「君の勝ちだ……魔女アンヌ。頼む……その子だけでも、助けてくれ」


 ――それでもわたしは、あの日の言葉を信じてる。



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