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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第24話『選ばれなかった者』

 あかりは窓の外から見た光景が信じられなかった。信じたくなかった。

 走り出していたのは何か考えのあってではない。ただの衝動だ。

 助けなければ。自分にできることがあるのなら。


 だが、心のどこかで冷静な自分がいる。

 この国を救えば、別世界から喚ばれる人の人生が軽んじられてしまう。

 それが最後の一歩を踏み込ませない棘として心に刺さったままだ。


 自分は何故ここへ喚ばれた?

 何のために走っている?

 誰のために何を為す?


 ――そんなの知らないよ。


 心から湧き上がる不安はある。

 けど止まらない足も確かに自分の意志なのだ。


 途中で連れ戻される心配もあったけれど、城内は突然の事態に大混乱で、兵士達の一部は貴族達を宥めるのに大わらわだ。

 足の速さにはそれなりに自信がある。人の波に紛れて走り抜けるのはわけもなかった。


「勇者様!?」


「ごめんなさい。ボクは大丈夫ですから!」


 出撃する兵士に紛れ城の外へと飛び出した。

 火の手はそこまで広がっていないが、あちらこちらで黒煙が上がっている。

 積極的に火をつけて回っている者がいるわけではないらしい。


 時間的には日暮れだ。もし料理の最中に魔物が押し入って暴れたら、火事になる家も出てくるだろう。


 町中では大量の魔物と兵士達があちらこちらで戦闘になっている。

 その中にセシルくらいの子供を抱きしめ、その場にうずくまっている母親が紛れ込んでいた。

 しかも彼女の前には、棍棒を手に凶暴な笑みを浮かべるゴブリンが近付いていく。


「ひっ……せ、せめて、この子だけは……!」


「ギギギィー!」


 必死に子供を庇う母親の姿を見て、あかりは力の限り疾走していた。

 転身していては間に合わない。だから全速力で。


 ゴブリンは棍棒で母親を殴りつけようと跳びあがり、その隙間に割り込むよう立ちはだかる。

 生身のまま。両手を広げて庇う。


 ――守るんだっ!


 その瞬間、あかりの意識は真っ暗になり途切れた。


 気が付くと世界は全て灰色に染まり、ゴブリンは跳んだまま空中で停止していた。

 そしてあかりは、そんな周りの状況と自分の姿を少し離れた位置で見ている。


「え、え、なにこれ。召喚の次は幽体離脱!? しかも裸だし!」


 生まれたままの姿で立っていて、足もちゃんとある。

 けれど地面を踏みしめている感触がない。


「私が時間を止めて、貴方の魂だけを抜き取りました」


「え?」


 不意に聞こえた声の方と振り向くと、そこには見たことのない女性の姿があった。

 緩く波打つ金糸の長髪。ゆったりとした白い服は薄く肌が透けているが、淫靡な雰囲気は微塵も感じない。清楚な美しさすら感じる佇まいだ。


「貴女は……?」


「私の名はニグラ。この世界を守護する者です」


「まさか、女神ニグラ様!?」


「そうです。初めまして、あかりさん」


 女性――ニグラは優し気な微笑を浮かべて静かに頷いた。


「ボクの名前まで……あ、初めまして!」


 この異常な現象に、それこそ絵画の如き女神を目の当たりにしては、全てを信じる以外にはなかった。

 ニグラはすぐに真剣な表情になり、


「あまり時間がありません。手短に状況をお伝えします」


「は、はい」


「私は今現在、力の大部分を封印されています」


「それは魔王によって、ですか?」


 ニグラは一度だけ頷いてすぐに話を続ける。


「此度は残された力の一部を使い、召喚された勇者に力を与えに参りました」


「それは……」


「勇者、暁拓馬さんにです」


「拓馬さんが本当の勇者……」


 それでは、自分は何故ここにいるのか。その疑問を女神は当然察しているのだろう。


「魔王の妨害によって拓馬さんは勇者の証を与えられないままの召喚されました。そのため失敗と判断されて二度目の召喚儀式が行われたのです」


 皆、一度目の召喚が失敗して、二度目で上手くいったと思い込んでいたが、それは間違い。一度目の召喚で勇者は確かに現れていた。


「私が選別した勇者は拓馬さんだけ。貴女はイレギュラーによって偶然この地へ召喚されました」


「そっか……ボクが、間違いだったんですね」


「私は貴女を正しく元の世界へ帰す義務があります」


「帰してくれるんですか?」


「当然です」


 女神はきっぱりと言い切った。


「むしろ事故とはいえ理不尽な召喚をしてしまったことをお詫びしなければなりません」


「いえ、そんな。それにどの道、ボクの身体はもう……」


「地球の貴女はまだ死んでいません」


「そうなんですか?」


 確かに自分は車に轢かれて大怪我を負った。それに召喚されてからずいぶん時間も経っている。


「体は仮死状態にありますが、魂が戻れば身体も快復に向かうはずです」


「拓馬さんは?」


 あの人はあの人で、召喚を快く思っていなかった。それが混乱の元にもなっていたはずだ。


「彼は少し特殊な事情がありますが、いずれ自分がここに来た理由を悟るでしょう」


「なら、もし魔王の野望を食い止めたら、その後の召喚は……」


「安心してください。そうなれば私も力を取り戻し、異世界召喚は再び正しく管理します」


「そうなんですね。よかった……」


 その言葉を聞いて、ずっと胸に刺さっていた棘が抜け落ちた。これで安心して……。


「では、貴女を元の世界へとお返しします」


 女神様の導きを、けれどあかりは小さく首を横に振って拒否した。


「このまま、時間を進ませてください」


「今、何と……?」


「ボクは帰りません」


 女神に面と向かって、あかりは宣言した。

 まさか帰還を拒まれると思っていなかったのだろう。女神の表情が曇る。


「このままでは、確実な死が訪れます」


「ボクが戻ればあの親子が魔物に襲われます」


「これはこちらの世界の問題です。戻れば全ては夢としてすぐに忘れるでしょう。それに今戻らなければ地球の肉体も持ちません」


「それでも見捨てられません」


 じっと見つめ合ったまま、それでもあかりは首を縦には振らない。


「貴女は……それであの親子を救えるのですか?」


「救いたいです」


 『救う』のではなく『救いたい』。

 これは自分のしたいこと。ただのワガママ。愚かだと言われても仕方ないと思う。


「あかりさん、貴女の思いは立派です。けれどその気持ちだけで、地球に残してきた方々を悲しませるのですか?」


「それは……」


 わかっている。自分の死に悲しんでくれる人がいる。

 そしてきっと今も復活に一縷の望みを託して、寝たきりの己を見守ってくれているだろう。


 ――ボクは幸せ者だ。


「皆には、ごめんなさいしなきゃですね」


 たとえその先にあるものが死だとしても。トラックに轢かれたあの日、最後に感じたのは死の恐怖でも後悔でもなかった。

 記憶している地球最後の一瞬、膝を擦りむいた子供の泣き声を聞いたあの時の気持ち。


 ――ああ、良かった。ちゃんと助けられた。


 助けられるかどうか。それはただの結果。


「たとえボクが襲われても、時間は稼げる。意識があるなら逃げてと伝えられる」


 どの世界だって変わらない。

 やれることがある。だからやる。


「できることがあるのなら、ボクはこの手を伸ばします」


 勇者になれるから救うのではない。

 救えるから勇者になりたいと思った。

 それが選ばれなかった少女、呉乃あかりが心から望んだこと。


「……そうですか。貴女にとって選ばれたか否かなど、最初から問題ですらないのですね」


 また意識がふっと遠くなって視界が切り替わり、目の前には跳びかかるゴブリンがいた。


「うわ! って……体が動く」


 自分以外は灰色でまだ止まったままだ。

 慌ててきょろきょろと周囲を見回すと、さっきまでいた位置には変わらず女神ニグラがいた。


「私も預かり知らない流れから運ばれた命。まさしく運命の子。貴女にこの世界の命運を託します」


「え? それって、熱っ!」


 いきなり右手の甲に熱が走った。見ると薄く光る五芒星の文様が刻まれている。


「女神ニグラの名において、呉乃あかりを新たな勇者の一人と認めます――勇者よ、転身を」


「はい!」


 あかりは最新式の勇者スマホを起動すると、腕を突き出して叫ぶ。


「転身!」


 四十年前を越え、今度こそ世に平和をもたらすために生み出された、科学と魔法の結晶アーマードジョブ。

 彼女は太陽の如き輝きを身に纏う。


「私ができるのはここまで。後は貴女次第です。勇者に女神の祝福を」


「はい、ありがとうございました!」


 金色の光と共に女神の姿は消失した。世界は色彩を取り戻して時は再び刻み始める。


「りゃあ!」


 それと同時に襲いかかるゴブリンの胸に、カウンターの拳を叩き込んで粒子を散らせた。


「え……?」


 突如現れた見たことのない姿の少女に、子供を抱いた母親は驚嘆の顔で見つめるばかり。


「もう大丈夫です」


 そんな彼女を安心させようとあかりは微笑みかける。


「おねえちゃん、ゆうしゃさま?」


「うん。ボクは勇者あかり」


 最初はグラドニアに、二度目は女神に認められて、呉乃あかりは勇者になった。

 けれど、どちらであっても彼女にとってあまり違いはない。


「ゆうしゃさまだー!」


「ありがとうございます勇者様……!」


 あかりが勇者になったのだと本当に実感したのは、助けた二人の笑顔を見た時だったから。




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