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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第22話『ボウヤ悪足掻く』

 少年は一人疾駆する。

 約束を果たすため。生き残るため。

 見えない敵と見える魔物に不安を掻き立てられながら、なお諦めずに逃げ延びようと足掻く。


 これこそ己が望んだ展開だった。

 彼女は、暗がりから突如少年の前に姿を表した。少なくとも、彼にはそう見えただろう。


「なっ!?」


 胸元が大きく開いた黒いローブと、肘近くまである手袋に身を包んでいる。黒の髪は毛先が近くなるほど紫になるグラディエーションがかかっていた。

 年齢は二十からその半ば程度に見える美女。ローブの上からでも起伏の激しさがわかるグラマラスな肢体が、妖艶な雰囲気を醸し出していた。


「こんな夜更けにお一人でどちらへ?」


 思わず足を止めた少年に、女はあえてそのまま声をかけた。

 静まり返る廊下なら、それなりに距離があっても十分に声は届く。彼は振り返ると同時に驚きで固まっていた。


 情報通り、整った顔立ち。

 異国情緒ある黒髪に黒目。間違いなく、己が探していた勇者。

 嫌いじゃない。可愛い気のある見目だ。


「美しい月に心が惹かれてしまったもので」


 少年はすぐ目つきを変えて問いかけに答えた。

 動揺を隠しきれていない素人芸なのが、またそそる可愛さだ。


「うふふ、面白い人。古来より月は人の心を乱すもの……」


 けれど、ああ、やっぱり可哀想に。


「良ければ、今宵は一緒に月夜の下で乱れてみませんこと?」


 微笑みかけてボウヤの瞳を見つめる。

 それだけでもう己の虜。


「…………っ!」


 隙だらけのまま、足取りに気付かせず距離を詰める。その手際に少年の言葉が詰まった。

 まだ触れ合うにはいくらか距離があるけれど、この調子じゃすぐ消失するだろう。


 ああ、すぐ動揺が漏れ出す。隠し切れない怯えの目。

 必死に強さを擬態する少年特有の強がり。


 そして、ふふ。こんな状況でもボウヤの視線はドレスのように開いた胸元にチラチラと注がれている。

 誘いの言葉に反応した証拠だ。


「さっき一人で果ててしまった人がいるんですがね」


「ああ、その殿方は好みじゃありませんでしたの」


 質問にさらりと返す。実際何の興味も沸かない、つまらない男だった。


「好み、ね……。失礼ですが、お名前は?」


「アンヌと申しますわ。アカツキ・タクマさま」


 自分の名前を呼ばれた少年はびくりと体を強張らせた、その隙に、また距離を詰める。


「どうして俺の名前を?」


「今夜は貴方様への夜這いを楽しみにしておりましたの……」


 また音を立てず距離を詰める。

 けれど今度は同時に、同じ分だけ彼も下がった。

 今ので狙いが自分だと確信したようだ。


「それは存じ上げなかったもので。お迎えご苦労さまです」


「ええ、私、今宵は少女のように胸をときめかしていましたのよ。素直に従っていただけるなら、手荒な真似はしないとお約束しますわ」


 兵士は始末したけれど、勇者はできるだけ無傷で連れ出すことが依頼。

 無理やり距離を詰めないのもそのため。

 まったくあの鴉にも困ったもの。己の専門は暗殺であって誘拐ではないのに。


「ええ、それよりも、一夜の逢瀬を愉しみませんこと?」


 するりと、自分の身を腰から胸を撫で上げる。

 傷付けるなと言われているけれど、愉しむなとは言われてない。

 死の刺激(スリル)は生を喚起させる。一時的に恐怖から離れたボウヤは青臭い雄の性を露わにする。そうなったら極上の雌との夜にどんな(かお)と声で鳴くだろうか。


「少女ねえ」


 けれど、少女という言葉に少年はくつくつと不快な笑い声を零した。

 その変化に少しだけ警戒度合いを上げる。


「あら、どうなさいまして?」


「少女と呼ぶには少々外見が熟し過ぎていると思いましたので」


 ――熟してる? はあ、私が?


「ロリを冒涜してんじゃねーぞ。初老の駄乳は願い下げでございます」


 目に見えてボウヤの様子が変貌した。

 拒絶の言葉と共に、抵抗の意思を固めた者の目に変わっている。


「初ろ……どうやらお話し合いができるお相手ではなかったようですね」


「殺人鬼に言われたくないね」


 今のでこちらも冷めた。依頼がなければもう死体にして転がしている。


「ここからは単刀直入に言いましょう。大人しく同行するなら命と身の安全は保証します」


「拒否すれば?」


「五体の保証は致しかねますわ」


 搦め手が失敗したなら直接的にいく。

 誘う微笑みから、獲物を狩る時の笑みへと。大人しく雄として篭絡されていれば良かったと思わせよう。


「やれやれだ……」


 呆れたと言わんばかりの態度と言葉で余裕を見せようとしても、恐怖と緊張で身は強張っている。


「こっちも護身用の武器くらいはあるさ」


 少年は護身用の短剣を抜きこちらに見せつけるよう掲げてきた。

 何の準備もなしに逃げていたわけじゃないとアピールするようだ。


「あらまあ……ふふ」


 あからさまな強がりで微笑ましい光景に思わず笑いが我慢できなかった。

 アンヌは腕の裾を軽く振って、硬質化した()()()を飛ばす。

 何をされたのか少年が認識したのは、ナイフが途中で分断され、刃が壁に突き刺さった後だった。


「危ないので壊してしまいました」


 甘い声色でそう返す。

 今ので彼我の戦力差は認識したろう。

 真っ青な顔で手に残った短剣を見ている。


 こんな素人に一瞬たりとも怒った自分を恥じる。

 結局、ボウヤの言葉は全部自分を振るい立たせ、なけなしの勇気を振り絞るためでしかなかった。


「素直にごめんなさいするなら、まだ許してさしあげますよ?」


 少年は困ったように曖昧に笑う。

 心が萎えて媚を売る時に、雄がよくする(かお)

 さっきその顔をしていれば甘く蕩ける一夜を味わえたのに。


「お断りだよ、ババア」


 そして応えた。

 左手に隠し持っていた赤い石を、私の足元に投げつけながら。


「ぐっ!」


 魔石が砕けて、アンヌの背丈より大きい火柱が上がった。

 この現象は魔石の暴発。今までの素人くさい行動は、これが狙いだったのか。


 こちらがプロだとわかった上で、あえて見くびらせた。全てはこの一手、魔石の暴発で視界を塞ぐため。


 炎の向こうで足音が響く。それは逃げるため遠ざかるのではなく近付いてくる。


 相手は闇夜に紛れて兵士を殺害できる暗殺者。炎だけじゃ到底逃げきれない。この混乱を突いて反撃に出たのだ。


 この程度で逃がすわけないのは正解。

 その勇敢さは認めよう。

 けれど、もうこちらも次の手は打っている。


「えっ……?」


 次に化かされたのは少年の方だった。

 炎の向こう側に、アンヌの姿は何処にもない。

 次の瞬間、彼女は少年の背後に立っていた。


「貴方、思った以上に好みだったわ」


 振り向きながら、折れたナイフの刃で切りつけようとする。

 けれどそれは空振り。

 代わりに淡く光る手が少年の顔にかざされる。

 そして彼の体から力が抜け、その場に崩れ落ちるように倒れた。これで決着。


 強制睡眠の魔法を発動させた。

 あどけない表情で気持ちよく眠りの中。


「頑張ったけど残念。魔石の暴発は昔からある手なの」


 語りかけるような口調にはなったけど、返事を求めるための言葉ではない。

 思ったより手こずりはしたけれど、知識も技術も足りない素人だった。


 下手に逃げようと下がったせいで、抱きとめられず倒れる時に頭を打った。

 こんなので怪我されたら困る。もしもの事を考えて、しゃがみ込んで首筋に触れて脈を取る。問題はない、純粋に眠っているだけ。

 指はそのまま上へと流れるように彼の頬に触れる。


「可愛い寝顔……大人しくすれば、本当に一夜の夢くらいは魅せてあげたのに」


 改めて眺めると、異国情緒のある服装や雰囲気も悪くない。

 十七歳という情報の割に大人びた顔立ちだが、眠っていると年相応のあどけなさも窺えた。


 睡眠魔法の効果時間は、少年を回収して撤退するには十分。

 アンヌの思考が、捕獲から撤退に切り替わった時だった。


「えっ」


 そこで少年の目を開いた。

 どういうこと?

 その疑問と驚きで一手遅れる。


 彼が口から赤い霧状の何かを吹き出した。

 同時にアンヌの目に何かが当たり鋭い痛みが襲う。


「くぁっ……!」


 視界が赤く染まった。

 これは、血だ。血を霧のように吹きかけてきた。

 とっさに拭っても、血に混ざる油が薄い膜を張ったようにぼやける。


「願い下げっつたろ、ババア」


 頭上から声が聞こえて、同時にアンヌの体を衝撃が襲った。

 滲む視界に写るのは、脚を突き出す少年の姿。


 そして背後にあるものは燃え盛る――


「――――――ッ!」


 声にならない声。アンヌの悲鳴だった。


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