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グッジョブ・ブレイバー  作者: 下駄
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
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第20話『答えは未だ見えずとも』

 二人と馬鹿はテーブルに座って夕食を始めた。

 と言っても、最初にあかりが料理へ手を付けるのをメイドは固唾を呑んで見守っている。


「ええと、そこまで緊張されても困るんだけど……はむ、むう?」


 パンケーキの噛んだ感触が何だか硬い。

 バターの香りはともかく、じゅわりと広がる過度の油はあまり気持ちのいいものではなかった。


 ――レストランのシェフさん、今日は体調良くなかったのかな?


 有り体に言って、美味しくない。

 あかりにはそれなりに料理の心得もある。食べられないとまでは言わないが、これなら多分レシピさえあれば自分の方が美味しく作れるだろう。


「やっぱり駄目でした……」


 怪訝な顔をするあかりを見てセシルは肩を落とした。

 続けてクッキーに手を付けると、こっちはちょっと粉っぽい。口直しの紅茶は渋かった。


「あかりよ。我々は日本人である」


「うん、そうだね」


「日本人は、とりあえず悪いことしたら誠意を見せてごめんなさいだろう」


「日本人だけではないと思うけど、そうだね」


「されどそのために小指詰められても困るわけだ」


「ボクそういう世界とは無縁だよ」


「そこを配慮した結果だな」


「つまりこのお料理は……」


 このやり取りを経れば流石にわかる。


「タクマさんにレシピを教えてもらって、わたしが作りました……」


 反省の意を示すためセシルが調理して配膳した。メイド姿はその一環らしい。

 拓馬は料理とは別に盛られた生クリームとジャムを、こちらにそっと差し出す。


「パンケーキは甘みでどうにかなる。クッキーには粉を誤魔化すためのジャムあるし、紅茶はミルクティー超推奨」


 フォローの入れ方が微妙なのだけど、食べられるよう調整はしたのだろう。


「夕食なのにスイーツ中心なのは?」


「菓子折り文化」


「変な所で日本要素混ぜたね」


 念の為にあかりは落ち込む幼女に確認する。


「お料理は初めて?」


「はい、そうです……」


 母親に叱られたみたいにしょげる様子を見て、あかりはくすりと微笑んだ。


「そっか。ボクのために頑張ってくれたんだね、ありがとう」


 落ち着いて考えれば貴族が城の中で料理したりメイド服着て接待したり、普通ならまずあり得ない。

 それこそ誠意を感じる行為だと判断したのは拓馬で、彼女は素直に従い四苦八苦しながら料理をしたのだろう。


 あかりは作ってくれた料理を残さず食べた。誠意はちゃんと受け取ったと示すために。

 そして食事をしながら今日グラドニアで起きた一連のボイコット事件も教えてもらった。


「ボクが一日部屋から出なかっただけでそこまで……」


 途中から応答を無視していたため、外の様子はろくに把握できておらず、もう少し耳を傾けるべきだったと反省する。


「これはわたし達への報い。アカリさんが気にする必要はありません」


「とにかく、明日からは訓練に復帰するから。ストライキを起こした人達はどうか罰しないで」


「はい、それはできる限り配慮するよう説得します」


 後で自分のために怒ってくれた人達にお礼と謝罪をしなくては。でも訓練には復帰しても、勇者になると確約はできない。


「隠し事をされていて怒らなかったと言えば嘘になるよ。けどね、グラドニアがそうしないといけなかった理由もわかるんだ」


 起きたことをどうこう言っても変わらない。

 だが、まだ最悪に至ってないからこそ決断できないこともある。


「それでも、これ以上関係ない地球の人は巻き込めない……」


 踏ん切りのつかないあかりの言葉を聞いたセシルは、ミルクティーに視線を落として、けれどすぐ顔を上げた。


「わたしは勇者教計画の管理者として、勇者になってくださいとお願いする他ありません」


「うん……」


「けれど此度の勇者はオススメしません」


「うん?」


「貴族達の多くが、女神様を通さないことで勇者をコントロールできると思い込んでいます」


 まさか、彼女が貴族達を否定するとは思いもしなかった。


「でも、もし魔王復活が本当なら世界が」


「それらは全部押し付けられたこと。本来、アカリさんが背負う話ではないのです」


「そうかもしれないけどこの国の人達は好きだよ。ボクが勇者だからとはわかってるけど、皆とっても良くしてくれるもの」


「それは少し違います。皆お仕事を放棄した時に、アカリ様への謝罪を要求しても、勇者をさせろとは言いませんでした」


「貴族は嘘でもいいから一人残らず地べたに額を擦りつけて、とりあえずボクっ娘に勇者させりゃあいいんだよ!」


「と言うのはタクマさんだけ。貴族へ反抗しているのは、皆さんもアカリさんを好きになったからです」


 自分が召喚された当初に比べて、セシルのタクマコントロールが目に見えて上達している。

 それはともかく、皆がそう思ってくれているのは、あかりにとって大きな救いと茨の鎖だった。


「嬉しいな。でもねボクが守りたい中には、セシルちゃんもいるんだよ」


「わたしは騙していた側の人間です」


「本当に悪いと思っているから、今この話をしてるんでしょ?」


 セシルはどう足掻いても勇者にしたい側だ。だとすると彼女の行動がある意味一番矛盾している。


「昨日お話したように、まだ女神ニグラ様を信じているからです」


 召喚魔法に女神様が必要ない説はあくまで仮説。彼女はそう考えている。


「なんとか女神の神託をでっち上げてロリ婚できぬものか……」


「でっち上げる言わない」


 邪な馬鹿が女神の存在確率を落としにかかっている。

 できれば信じたい気持ちはあるが、目の前にある現実があまりに重過ぎた。


「勇者教計画を始めるために、国の方針には従わざるを得ませんでしたが、女神様に背を向ける行為をすべきではありません」


 セシルにとって女神に依存しない勇者とは、女神の加護を受けていないとイコールではないらしい。

 神託を賜る立場にいる彼女が、勇者教の管理者でもあるのは神と人のバランスを取るためであるのだろう。


「だって、そうじゃければあの言葉が……」


「あの言葉?」


「い、いえ、すみません! それはこっちの話です」


「ならいいんだけど……それなら拓馬さんはどうなの?」


「俺の気持ち? ロリ婚したい。駄目ならせめて一日中美尻を眺める仕事がしたい」


 ――この人どうやったらシリアスできるのかな!


 昨日の授業をしたのが、実は外見だけ同じの別人じゃないかと疑いたくなる。


「そうじゃなくて、拓馬さんだって真実を隠されていたのはボクと同じでしょう?」


「そりゃ帰りたい一択だろ。ネット環境のない異世界はいくら住んでも都にはならん。つうか一度も帰りたいと言わないな、お前」


「あーうん、ボクはあっちじゃもう死んでるから」


「それはどういう意味ですか?」


 別に隠していたわけじゃない。ただ積極的に話すべき内容ではないと思っていた。


「ボクさ、ここに来る直前トラック……鉄の塊みたいな馬に轢かれそうになった子供を助けたんだけどね。代わりにぶつかって死んじゃったんだ」


 血まみれの服と怪我は、召喚された時には治っていた。

 だが、朦朧とする意識の中、血と共に自分の命が抜け出していく感覚はハッキリ覚えている。


「えーマジトラック転生!? トラック転生が許されるのは一昔前のなろう系までだよね!」


 意味はさっぱりわからないが、とりあえず殴りたい。


「じゃあ拓馬さんは?」


「俺はエロゲーでハッスルして、フィニッシュターイム! Hey! Say! なテンションで仰け反ったら椅子ごとバランス崩して本棚の角に頭ゴーンした」


「嘘でしょ……」


「嘘だよ」


 やっぱりもう一回くらい殴っても許されるんじゃないかな?


「まあ、実際は地震が起きて、崩れた天井が降ってきた瞬間意識が途切れた」


「地震? そんなのあったっけ?」


「その時はたまたまデカい美術館にいたのだが。知らないか?」


「あ、地震は知らないけど、美術館で崩落事故のニュースはあったよ。原因は不明だけどたくさんの人が亡くなって、行方不明の人もいるって」


「その中に女子高生はいたか?」


 流石に自分が転移した瞬間のことだけあって、一時的に拓馬も真面目な表情だ。


「ごめん、そこまで詳しく覚えてなくて」


 女子高生ってことは彼女と一緒に過ごしてたのだろうか? いや、ここまでロリ婚とか言っておいて女子高生の彼女は流石にないだろう。


「そりゃそうだよねー、気にするな。まあ、天井ドーン程度で俺が死ぬとかあり得ないね!」


「その自信はどこから……」


「過去の事例でも、必ず死んだ人間が召喚されるわけではないからなー」


 それでも状況からして、拓馬も地球で落命して来たと考えるべきだろう。

 この前向きさと自由な生き方を貫ける精神はある意味ただ者ではないけど、褒めるに抵抗があるのは困る。


「そうだったのですね。お二人に起きたことも知らず、自分が恥ずかしいです」


「それでボクは帰りたいって気持ちはないだけで、召喚されたことにも恨みはないの。むしろ感謝してるくらい」


 地球に帰ったとして、自分の居場所はもうない。それなら、死ぬ直前にここへ導いてくれた恩を返したいとも思っていた。


「セシルたん、俺生きて召喚されたけど、罪悪感に駆られて結婚してください」


「罪悪感から結婚相談所の登録状用意しておきますね」


「事務的な罪悪感だなあ! そんな君とベストマッチしたい!」


「ねえ、一緒にいた女子高生の人怒らない?」


「やめろ! それは言うんじゃねえ! ごはん抜きにされる!」


 それとなく女子高生との関係を探ると思ったより効いた。でもそれどういう関係? 姉か妹?


「たとえここが第二の人生だとしても好きに生きるべきです。もし、勇者にならない道を選んだとしても、身の安全はわたしが必ず守り抜きます」


 彼女は彼女で重い決意を持ってここへ来た。それは間違いない。


「あまり時間は残されておりませんが、悔いのない選択をしてください」


「うん、ありがとう。ちゃんとボクなりに考えるよ」


 選ぶのは自分。

 誰に何を言われようとも、自分の人生で行く道は自分で決める。

 他人からすれば当たり前のことだと言われるかもしれない。

 けれど世界の命運がかかった中で、誰かに自分で決めていいのだと言ってもらえたのは、あかりにとって大事なことだった。


「ボク、この国でセシルちゃんに会えて良かった」


「ふふ、照れるぜ」


「うん、セシルちゃんって言ったからね?」


「そんなー」


「ふふ……。拓馬さんにも少しは感謝してます」


 気が付けば自然と笑みが溢れて、セシルと共に笑い合う。

 今の事態で深刻になりすぎず、きちんと話し合いができたことは多分、拓馬の功績ではある。

 わけがわからないけれど、不思議な魅力を持った人だとも思う。


「なんですってっ!?」


 ふと、セシルの表情が固まった。

 そのまま椅子を倒してしまいそうな勢いで立つと、走って窓のカーテンを開いた。


「どうしたの……えっ?」


 城から見える町が赤い。

 日の落ちた城下町が、燃え上がる火でその形を浮かび上がらせている。


「たった今念話がきました。魔物の襲撃です。城門や関所からの報告もなく、防衛が全て突破されました」


 グラドニアは城下町のある城に至るまでに、三つの関所と門がある。

 元々は魔物の侵攻を食い止めるために設計されており、兵士達も城外の仕事はボイコットせず平常通りにこなしていた。


 敵が攻め入ってくれば、その途中で必ず連絡が入ってくるはず。それが全くないまま、城下町への魔物侵入を許してしまっている。

 どういう理由であれ、兵士達では止められなかったのだ。


「行ってくる!」


 状況を知るやいなや、あかりはドアへ向かい走り出していた。


「待ってください!」


「町の人達を放っておけないから!」


 勇者がどうとか関係ない。少なくともこれは自分の意思だ。

 未来よりもまずは今、この一時。そこに助けるべく人がいる。だから行く。


「やっちめー美尻ん!」


 セシルとは真逆に馬鹿は煽った。


「奴らは餌蒔いた場所に集まるだけが取り柄の烏合の衆! 勇者パワーで木っ端微塵こにしてさしあげろ!」


「意味分かんないけどやってみる!」


 後、全部終わったら衛兵に突き出す。

 走り出した霧の中、答えは未だ見えずとも、動き出した時間は誰にも止められない。



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