第19話『強制的に開けやゴマァ!』
呉乃あかりは自分の部屋で、一日中答えの出ない迷路の中を彷徨っていた。
自分の部屋と言っても、グラドニアから与えられた一室だ。
彼らの加護なしで自分は生きられない。
その事実を意識する度に無力さで胸を締付けられる。
――どうすればいいんだろう。
今日だけで同じ何度自問をしたか数え切れないが、自答は一度もなかった。
自分が戦わなければグラドニアが滅ぼされる。きっと多くの人が犠牲になってしまう。
あかりはこの城で働く人達を好きになっていた。彼らは皆純朴で、一生懸命毎日を生きている。見捨てたくはない。
彼らにも家族がいる。その人達だって同じく毎日をグラドニアで生きているのだ。
だが、自分が戦って世界を救えば、今度はこの世界が地球の罪無き人々を苦しめる。
魔王復活による被害や国が一つ滅びることに比べれば、召喚による地球人の被害は微々たるものだろう。
だけど、自分の国を守り発展させるためならば、異世界の住人を拉致しても構わない。そんなグラドニアの考えはどうしても許容できなかった。
多くのために少数を犠牲にする。それは正義の味方ではなくて差別と暴君だ。
けれど現実は誰かを犠牲にしなければ、他の誰かを守れなくて、全員を救う方法がない。
選べない。そうなると今度は選ばないことが、暴君や差別より悪だと、そんな考えも浮かぶ。
――犠牲が自分だけなら良かったのに……。
自分はいい。始まりは突然でも、呉乃あかりは己の意思で戦うことを選んだ。
もう一人の召喚者、暁拓馬は勇者を拒んだ。家に帰りたくても帰れない彼らの犠牲者だ。
どうして他の人まで巻き込まれてしまうのか。彼のような犠牲者は出したくない……。
やり場のない感情を抱えたまま思考がまたループしようとするが、ドアのノック音がそれを中断させた。
「また、かな……」
相手は、自分を説得しようとする貴族だろう。
最初のうちは応対していたが、彼らは目標と最低ラインが同一で、あかりを勇者にすること。そのため自分達の意思を通す以外にない。
言葉遣いこそ丁寧だったが、地球側に犠牲を強いたくないあかりの嘆願は、全否定に近い形で却下された。
騙されていた以上は、耳触りの良い言葉だけでは信用できない。明確な返答を求めたらそれはできないと返される。
そのためあかりも部屋から顔を出さずに無視を決め込んだ。ある種の徹底抗戦だった。
「呉乃ー。野球しようぜー」
異世界で野球少年が遊びの誘いにきた。
とても元気そうな、暁拓馬の声そのものだ。
多分彼も貴族から説得を頼まれたのだ。協力しないと立場が悪くなるはず。
決して、落ち込んでいると聞いて、あえておちょくりに来たとかではないと信じたい。
ほら、その証拠に返事さえしなければ追撃はない。
「諦めたかな……」
タタン、タタタン、タン、タタン!
タン、タン、タタタン、タン、タタタン!
タタン、タン、タタン!
ノック音がリズミカルにビートを刻みだした。ホント帰って。
「呉乃さん、いるのはわかってるんですよおおう? 今月の返済期限とっくにすぎてるんですよォ!?」
今度は借金の取り立て屋がやってきた。微妙にそれっぽい口調なのが余計に腹立たしい。
「借りたものはあぁぁぁきちんと返す!」
――ご近所さんに変な誤解されるでしょう!
常識のない馬鹿が社会の常識を語りだした。むしろ意地でも出たくない。
『ご町内の皆さん!』
精神的嫌がらせを耐えきったと思えば、お次は拡声器を使ったような声が響いてきた。
どれだけネタを用意してきたのか。この男、絶対国の命令とか関係なく楽しんでる。
――何言われたって出てやるもんか!
『ここに住まう勇者あかり様は昨日城内で全裸露出行為に及び、あまつさえ自分で脚を広げ』
「うわああああああああああああああ!!」
ドアまで猛ダッシュしてこれ以上ない程の勢いで飛び出した。
『オイーッスうわらば!』
魔石の付いたメガホンを片手に、左手を立てて挨拶してくる馬鹿の腹に、全力の正拳を叩き込んで沈黙させた。
そのまま部屋へと戻ろうとしたが、ドアを閉める前に馬鹿が足を差し込んだ。
『ふふん、足さえ入ってしまえばこっちのあだだだだだ!』
無言で思い切りドアを閉めるよう引いた。普段なら湧いてくるはずの罪悪感を怒りが焼き尽くす。
『待ってマジごめん! 入れさせて! 先っぽだけ、先っぽだけだから!』
「それ持ったまま変なこと言うなぁ!」
拓馬が舌打ちして、拡声器の魔石を外して腕を下ろした。仕方なくドアを閉める手を一旦緩める。
「ヒッキー勇者様、ご夕食のお時間です」
「食欲ないから結構です」
「朝から何も食ってないんだろ」
というか悩みに悩んでいたら、いつの間にか日が暮れていた。
「今は欲しくないから」
「もう準備できてんだよ! 犠牲になって命を落とした食材さん達にも同じこと言えるんか? おおん?」
「ぐぬぬっ」
めちゃくちゃ腹立つが、食べ物を粗末にしてはいけない気持ちが勝った。この外道、的確にウィークポイントを突いてくる。
「部屋に料理運ぶだけだよ」
「言質取った! カモンメイドォ!」
「いや、やっぱり部屋の前うわっと」
あかりの言葉を遮るように、料理を乗せたカートを押すメイドが部屋へと突入してきた。
後、しれっと流れに乗って拓馬もいる。
「ちょっと……って、セシルちゃん!?」
「上手くいきましたが、大切な何かを失った気がします」
死んだ魚のような目をしたメイド幼女がそこにいた。
彼女はそれでもテーブルに食事を並べていく。内容は生クリームたっぷりのパンケーキとクッキー。そして紅茶。
どちらか言うとお茶会でも始まりそうな内容だ。しかも三人前。
「あの、量多くないかな?」
「ではさっそくいただきまーす! 主食はセシルたん!」
「だからなんなのもー!」
ホントに何これ。秒速で場の混沌が増していく。
「準備ができましたお嬢様」
そして慣れていないのかまごつきながらも、セシルは準備を整え終えていた。
「よーし、せいれーつ!」
拓馬の号令でメイドと馬鹿が並ぶ。
「はい、ぺこりんターイム!」
何がしたいのかわからないけど、どう考えても仕切り役を間違えているのはわかった。
「アカリさん、ずっと大切なことを黙っていて申し訳ありませんでした!」
メイドは日本式で頭を下げて謝罪を言葉にした。
「セシルちゃん……」
「君の全裸に欲情してあげられなくてごめんなさい!」
「衛兵さーん!」
もちろん、謝って済むような話ではない。けれど、このまま彼女を追い返してしまうと、自分はまた答えのない問いを繰り返すだけだ。
そして馬鹿だけど拓馬がここにいる。頭ごなしに勇者を押し付けにきたわけではなく、話し合いにきた証だ。
「はあ……お夕飯、冷めちゃうよ。食べながらお話しよう」
でも、この馬鹿だけどうにか追い出して衛兵にふん縛ってもらえないかな。