第18話『腐心と腐敗とご乱心』
国王は時に冷徹だが暴君ではない。深くグラドニアを愛し、王の使命と責任で守ってきた。セシルはそれをよく知っている。
拓馬はその信念を奇跡的に揺るがせたのに、突如話のバトンをこちらへと投げ渡した。
「え? ええ、そのっ」
この状況下でいきなり投げられても。あまりの脈絡の無さにセシルは狼狽した。
「セシルたんの、ちょっといいとこみてみたいー!」
「悪魔ですか……」
煽る煽る。こっちはさっきまでと別の意味で泣きそうだ。
「セシルたんは誰のために頑張ってるんだい?」
「誰のために?」
何故勝手に話したのかはもう何度も問われ責められた。
では誰のため? それは当然、世界の未来のため……。
「ククク……誰も得しないパーリータイムを始めた爆弾魔の動機をご開帳だぜ!」
――違う!
それは拓馬にではなくて、自分への否定だった。
真実を話しても、誰も幸せにならない。まさに爆弾だ。それをわかっていたから、すぐには話せず散々悩んだ。
「わかってた……わたし、皆が不幸になるとわかって……」
世界を救いたい。あかり達に申し訳ない。どちらも本心だ。その気持ちから解放されたかった。解放されたかったのは、自分だ。
「……わたしは自分のためにやりました」
あかりの気持ちとか、そんなのは全部後付けだ。まず自分ありきの決断だった。
「自分が納得できないから、勝手な決断をしたと認めるのだな」
国王の声に落胆の色が濃くなった。
この騒動が善意ですらなく、身勝手なわがままから始まったと自白したから。
「オッサン、自分のためで何が悪い! 俺なんてセシルたんの気持ちはとりあえず置いといて、ロリ婚したいと心から思っているぞ!」
「ありがとうございます。タクマさんが素直なおかげでわたしは誤った決断をせずに済んでいます」
「ほら褒められた。自分サイコォー!」
自分のためで、何が悪い?
拓馬の言葉が、心の奥で何かに引っかかった。
「国王様、一つよろしいですか」
「申してみよ」
「わたし、何か悪いことしたのでしょうか?」
何が悪い。これは聞くと怒られると自分でもわかってる。
けど、これまでは考えすらしなかったことだ。
「わからぬのか?」
「教えてください」
頭ではわかっている。だけど、考えれば考えるだけ違和感があって、どこか納得しきれないものがった。
「誰にも相談せず、身勝手な決断をし、国の未来を破壊した。この罪は重い」
「ではどうして、グラドニアは女神様の許可なく、勝手な召喚をしたのですか? それもアカリ様に真実を伏せて、旅立たせようとしていたのですか? それは国の、わたし達の身勝手ではないのですか?」
「高度な政治的判断によるものだ」
「だから自分達は正しいと言うのですか?」
「国を守るためである」
グラドニアを存続させる。最後は必ずそこへ行き着く。そのためならば仕方ない。何度も言われて、そう自分も思ってきた。
でも、本当にそれは正しいのだろうか。間違っているとしたら、何が間違っているのか。
「せしるたーん! がんばえー!」
――自由ですね、この方は。
この人、自分を助けにきたはずなのに基本関係ないことばかりしてる。
――そもそも何故わたしを?
ロリ婚したいから? 違うだろう。
拓馬が望むのは平穏だ。そのために必要だからここに来た。
そして思うまま言えと、彼は言っている。多分。
「思うこと……」
思うことを、思うまま。それが自分を必要としてくれた理由なら、言ってもいいのだろうか。今、この胸に溜まっている気持ち。それを包み隠さず、そのままに。
もしかしたら、それで答えが見えるかもしれない。
「お言葉ですが国王様」
気付くのがあまりに遅かった。けれど、今でもまだ間に合うのなら、言おう。今更ながらの覚悟を決めて。
「わたし、もうこんな国滅びたらいいと思います」
「貴様……!」
国王が今までで一番怒った。周囲の温度も下がる。拓馬の脅しがなければもう処刑決定だったろう。
「いいぞー! もっと言えー!」
竦みかけた心を、馬鹿の言葉が押した。半ばやけくそでセシルは畳み掛ける。
「アカリ様はいきなり召喚されて、勇者となり魔物と戦えと言われたのです。それで元いた生活を捨てて頑張ってくれてるのですよ。わたし達はそんな人を都合良く騙して、便利に使おうとしていたのです。恥を知りなさい!」
相手が国王だろうが関係ない。まだやるべきことがある。あの日、最も信じられる言葉を得て、何でもすると決めた。
「我々はもう選んだのです! 勇者様を召喚すると! 世界の命運を託すと! ならばグラドニアの役割は何ですか!」
「…………正しく勇者様を導き、準備を整え送り出すことがグラドニアの使命である」
ああ、そうだ。やっとわかった。拓馬に四十年前のことを問い詰められた王が、答えられなかった理由。
「これのどこが正しくですか? 確かに今は国の危機です。なら四十年前は今より平和でしたか?」
王は答えない。続ける。
「世界中が魔物の危機で滅びに瀕していたはずでしょう!」
皆が硬直している。それがどうした。納得するまで終わるものか。
「なら何故、四十年前にできたことが、もっと前から続けていたことが、今できないのです!」
やはり答えない。だから代わりに答える。
「国王様も他の貴族達も、国を滅ぼすかもしれない責任を負いたくないだけでしょう。勇者様は便利な道具ではなく、女神様は都合のいい女でもありません」
自己保身。歴史に世界を滅ぼした者として名を刻まれたくない。
そんな気持ちで国を動かすなら、民の生活だけ保証するよう他国と交渉して、こんな国は滅んだ方がマシだ。
「グラドニア貴族はいつから矜持を失ったのですか!」
「責任を負いたくないからと? ならば今この責任はどう取る?」
「わたしがアカリさんを説得します」
こんなの、この場の勢いに任せた発言だ。それでもいい。
「これはわたしが始めたこと。最後までわたしがやり抜きます」
国を守る。それはとても大切だ。
けど、それだけだと国は腐る。勇者やプレゼンターを神の恵みとして考えることを忘れ、国を回すため都合の良い道具としたように。
民が怒り、職務を放棄したのはその意味を正しく理解しているから。今の貴族は誰にも寄り添えていない。
己のした行為は浅はかだったろう。
それでも、自分が選んだ道を、正しいと信じたあの日の言葉を信じる。
「必ず成功すると言い切れるか?」
「わたしはグラドニア召喚師セシル・ラングレン。わたしの召喚に応え勇者が降臨したなら、そこには女神様の意思があります」
会議室の重苦しい緊張で、誰もその場から動けない。拓馬の持つ火の魔石すら忘れて、皆が国王とセシルを見入っている。
「拓馬殿」
「なんだい、王様」
「これは貴方が仕掛けたこと。勇者殿の説得に同席を命じる」
「ふふん、ついでにロリ婚も認めてくれ」
「国王様、本気ですか!?」
その場にいた貴族の一人が驚愕で声を上げた。それを皮切りに会議室全体がざわつき出す。
それを「静まれい」の一言で王はまとめ上げた。
「セシル、先程の辞令は取り消す。お主は国ではなく世界を守れ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
「本音を言えば昨日からこうなる気は……いや、もっと前から予感はしておった」
どこか遠くを見るような視線。自分の手から離れた国の行末を見据えるとも思い難い姿だった。
「国に一切媚びず、己の意を通す大馬鹿者か……拓馬殿。先の質問、その一つに回答しよう」
最後に拓馬へ視線を移して、どこか子供っぽく童心に帰るような笑みを作った。
「四十年前なら、頑固者な父の馬を盗んで『いつか俺が世界を変えてやる』と叫びながら走り回る、十四のクソガキだったとも」