表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グッジョブ・ブレイバー  作者: 語屋アヤ
第一章 勇者は夕闇<ハザマ>に覚悟する
17/44

第17話『あかり、勇者やめるってよ』

 翌日、呉乃あかりが勇者にはなれないと宣言して訓練を拒否したことで、グラドニア城は混乱に見舞われた。


 セシルは昨日『手足の付いたダイコンが城内を受けて走り回っている』と報告を受けて頭を抱えたが、今日はそれを遥かに凌ぐ騒乱である。

 まず兵士達が抗議運動を起こして、一斉に仕事をボイコットした。


「俺達のアカリちゃんに何しやがった!」


「アカリちゃんを騙してただと? ふざけんな貴族共!」


「ダイコンみたいに走り回ってアカリちゃんに謝罪しろ!」


「王国がアカリちゃん……もとい勇者様に謝罪し赦しを得るまで兵士一同はグラドニア城内における業務の一切を停止いたします」


 ダイコンは普通走るものじゃありませんよ?

 現在も、外敵警備以外の活動はほとんど停止している。

 

 レストランがそれに続いた。食堂は営業しているが、貴族が嫌そうに歯噛みしながら注文すると提供を拒否されたとクレームがたくさん出ている。

 彼らはあくまで平民用に店を開いているだけだ。


 そしてボイコット運動は次々波及していき、日が傾き始める前には城内全体に及んでいた。

 今の貴族社会は平民の下働きに依存している。たった半日でも、女性はまともにドレスの着付けもできず、男達は荷物運び一つで汗を垂らしてヒイヒイ喘いでいる状態だ。


 一日足らずでこの有様。平民の狼藉を取り締まろうにも、その役割を担う兵士達が真っ先に反旗を翻した。

 兵達の統率者である兵隊長は騎士として貴族の爵位を有しているが、平民上がりの彼はボイコットを宣言した人物でもある。

 兵士も勇者と同じく民の守護者だ。彼女の変化に思うところがあったのだろう。


 城内の平民達は、それこそ嫌な上司に付き合う部下のようなもの。横暴な貴族の態度をよく知り、実感もしている。

 それでも階級社会が根付いているため、平民に対する仕打ちなら許容できた。


 女神の権威は王よりも上。そして女神直接の遣いである勇者もまた、貴族の階級に縛られない。

 それにグラドニアの貴族達が馬鹿をやって女神様を怒らせたのではないか? という他国からの批難は、それよりもずっと前から平民達が薄々思っていたことでもある。


 今回の勇者召喚は女神の神託を受けてはいないが、大部分の平民はそのことをまだ知らされていない。

 勇者の怒りは神の怒り。平民の反乱は信仰心がその根幹にある。彼らの視点だと、今回の騒動は『思っていた不安がズバリ的中した』ことが発端なのだ。


 けど、それだけではない。

 ほとんどの貴族は気付いてすらいないが、その理由はセシルにとって少し嬉しかった。


 ●


 勇者の使命放棄とボイコット運動が浸透した後、幼い召喚師は会議室で責任の追及を受けていた。

 国王をはじめ、貴族達全員がセシルを責め立てている。


 当然だ。己のしたことは国に対する叛逆行為。それも勇者教計画管理を担う者が率先して裏切った。


「お主には失望したぞ、セシルよ」


 何故やったのか。何を考えているのか。勇者教計画遂行に対する責任感はないのか。

 様々な言葉をかけられ、それら全てにセシルは同じ答えを返した。


「このようなやり方は、女神様がお認めになりません」


 己は女神と国を繋げる架け橋。勇者とプレゼンターは女神の御使い。

 彼女達には自由意志と選択の権利がある。それを国益のためだけに利用することは許されない。


「現時点をもってセシルの勇者教管理の任を解く」


 滅びが近付く国に、彼女の論理が通じるわけがなかった。

 顔を伏せ目を瞑る。守ろうとした地位はあっさりと失われて、その後の処罰は良くて国外追放。あかりが復帰しなければ国家反逆罪で死刑だろう。


 ――けど、わたしが本当に守りたかったものは、まだ。


「この者を魔法による拘束の後……」


 王の言葉を遮るように、会議室の扉が荒々しく開かれた。

 思わずセシルも目を開き、何事かと確認する。


「やあ、セシルたん! 結婚しよっ!」


 全く空気を読まない馬鹿の登場と第一声に、セシル以外の全員が呆れ返った。


「守衛の者は何をしていたか」


「も、申し訳ございません! ですが、この男!」


 兵士が全員ストライキを起こしたので、守衛は代わりに魔導師の貴族が行っていた。

 それを強行突破した拓馬はドヤ顔でセシルに向き合う。


「なんだいマイハニーそんな世界の終わりみたいな顔して」


「タクマさん、どうしてここに?」


「結婚式場の下見?」


 このわけのわからなさ具合はいつもの拓馬だ。


「王様達に虐められたのかい? ならお兄ちゃんに任せておきなさい」


 馬鹿は王を指差して言った。


「めっ! はい、叱っておいたからね!」


「この欠陥品(フォルティ)をつまみ出せ」


 王命が下った。そりゃあ怒る。魔導師達が杖を持ち拓馬を囲む。

 だが、馬鹿はこの程度で止まるわけないとセシルは知っている。


「ふむ、思ったより話を聞かないな、このおーさま」


「き、貴様!」


 だが、囲んだ魔導師達はすぐに目の色を変え後ずさる。彼はひび割れた火の魔石を取り出して掲げたのだ。

 魔導師と言っても彼らは戦闘員ではなく学者サイドの者ばかり。本気で抵抗する者を抑える度胸はない。


「ククク、前に仕事で失敬したのさ」


 ――今はツッコミませんけど、それ横領ですからね?


「そんなもの一つでどうするつもりだ」


「自爆テロ」


「愚かな。一介のプレゼンターが思い上がるでない」


 一般家庭用の魔石が暴発しても、周囲の人間を巻き込む程の炎にはならない。ただの焼身自殺だ。

 プレゼンター自身は大きな利益をもたらすが、それは勇者の擁立が成功後。今、拓馬の命に国を動かせる程の価値はない。


「ふーん。で、地球人がここで火だるまになったらボクっ娘はどう思うかなー?」


「貴様……」


 国に不信感を抱いて精神的に追い込まれているあかりが知れば、勇者になる意思を完全に放棄する可能性は大いにある。

 彼は人質を己ではなくあかり、そして国の存亡に設定した。


「捕まえろ」


「で、ですが……」


「誰か一歩でも動けばドカンだぜ?」


「そのような度胸があるものか。もう一度命じる。捕まえろ」


「は、はいっ!」


 王の命令は絶対。そして相手は欠陥品。無能者と判断された拓馬を誰も恐れない。


「はいドーン!」


「ひぃぃ!」


 だが、馬鹿は馬鹿なので躊躇いなく魔石を地面に叩きつけた。

 思わず混乱して逃げる魔導師達。

 魔石はごっと鈍い音を立て、床にぶつかり転がるだけ。馬鹿は小首を傾げて石を拾い上げて、


「あ、叩きつける側逆だったわ」


 全員緊張で静まり返った会議室で照れくさそうにはにかみ、再び腕を振り上げる。


「今度こそドーン!」


「待て」


 彼の腕は振り下ろしの途中で止まった。

 馬鹿に駆け引きは通じない。そう思ってしまったら負けだ。


「何が目的だ」


「そんなものは決まってるだろ」


 我が意を強引に通した拓馬はフッと悪役地味た笑みを見せる。


「で、これ何の集まりなの、セシルたん?」


「うわあ……」


 何も考えずにやってたよ、この人。

 馬鹿のアクションにこの場の全員がドン引きした。


「わたしは今、アカリ様が勇者を放棄した責任追及をされています」


「なーるほど。じゃあ王様、俺の質問に答えろ」


「……言ってみるがいい」


「あんたは俺がここに現れて自爆を仕掛けると思ったか?」


「そのような非常識。考えるわけもなかろう」


 それは読めない。誰も読めない。だって理解不能だから。

 プレゼンターとして城内で顔が知れ渡っていなければ、良くてあのまま大火傷で捕まり処罰待ったなし。悪ければ死んでいただろう。


 だが、拓馬は王の反応にニヤリと口角を上げる。


「はああああん? 勇者の使命は常識の道で通れるのかヨォー?」


「…………」


 王の返答が止まった。呆れて話を打ち切ったという様子もない。故に周りの貴族達も戸惑うが、一部の重臣達も王と同じ反応だった。


「四十年前はどうだ? 貴様らはハートがギザギザだったり盗んだ馬で走り出したりしなかったのか? あぁん?」


「…………!」


 続く言葉に王は鋭く目を細めた。四十年前を知らないセシルには、その反応の意味がわからない。それ以上に知識を持たないのが拓馬のはずだ。

 だが、彼の言葉は何故か届いている。


「じゃ、セシルたん後はよろしく!」


「はい?」


「だって、たっくん難しいことよくわかんないもーん!」


 馬鹿の猛攻は意味不明に始まり唐突に終わった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説ランキング

[一日一回投票できます]
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ