第15話『中世ヨーロッパ幻想』
「はーい、じゃあ授業はじめまーす」
何故俺がこんなことせねばならぬのか。
セシルたん用の執務室で作業用の黒板を背に立ち、対面には美幼女とボクっ娘が椅子に座っている。
本来この時間は魔法についての講義をやる予定だったのだが、あかりが世界のことを知りたいと言うので、その解説を俺に投げられたのだ。
「反省の気配が見られないので罰です」というのがセシルたんのお言葉だった、
勇者とプレゼンターでは役割が異なり、その分知識にも違いが出てくる。
特に戦闘とは無関係の事柄は俺の方があれこれ学ばされてきた。
「日直ー」
「起立!」
特に打ち合わせはしていないが、あかりがネタに乗って起立して、セシルたんもつられて立ち上がる。
「礼! 着席!」
お辞儀して座る一連の動作。ワンテンポ遅れて見様見真似に続く幼女の所作が愛らしい。結婚したい。
教科書の四十ページ開いてーはできないので諦めよう。
「さて、この世界のことを知りたいのだったな」
「うん。ボクにわかるのなんて、ここが地球で言うところの中世だろうってことぐらいだし」
「お前もとりあえずRPG世界は中世ヨーロッパとか言っちゃう系の子だったかー」
「え、違うの?」
まあ大体予想はしていたので、ここを切り口にしてしまって構わないだろう。
「日本人が連想する中世ヨーロッパと現実のそれとは、驚く程に隔たりがある」
「魔物や魔法があるから?」
「その手のまさしくファンタジーな部分を除いた上でだ」
日本人に植え付けられた認識はもっと根本部分に欠陥がある。
「そもそも中世ヨーロッパは旅ができない」
「はい? どゆこと?」
「中世ヨーロッパの歴史は、その大部分では国単位の交わりはおろか、領地単位ですら人の行き来がかなり少ない」
「えっ?」
「無論、商人はいて売り物を運びはするが、それも一部の都市部に限られた話さ」
「あるにはあるんだよね」
「中世ヨーロッパの都市は、それこそRPGみたいにまばらだ」
黒板に白丸を数個描いて都市として表し、周囲に村となる小さな点を入れていく。
「多くは国の括りが弱いから、一個の領地が一つの国になっている」
「ええと、領地って町? 村?」
「どちらもだが、ビンボー領主の屋敷は藁葺き屋根まであるぞ」
「狼に吹き飛ばされそう……」
ボクっ娘の中で領主の家が一番脆い豚小屋級になってしまった。
「そんなのが実質一国の王様みたいなものだった。しかも独立性が強いからお隣の領地は外国扱いで、余所者を嫌う傾向がとても強い」
「ギルドは?」
「あるわけない。旅人が少ないから必然宿屋も少ない」
客がいないのに宿泊施設が充実するはずがなく、そりゃ限られた都市部にしか商人も寄らないのは容易に想像できる。
「そんなの旅できないよ!」
「だからそうだっつってんだろ! 基本旅できないのが中世ヨーロッパなんだよ!」
この時点で、中世ヨーロッパファンタジーの世界観そのものが幻想となった。
別にゲーム好きのオタクでもないボクっ娘ですらこうなのだから、日本の異世界ファンタジー刷り込みってこえー。
「そもそも国が弱いって、王様はどうなるの?」
「王が国をまとめられるだけの権力を持つのは近世だ。絶対王政ってやつさ」
「じゃあ、もしかして……」
「グラドニアの構成は中世ではなく近世に近い」
「じゃあ国交も近世なの?」
「どうだろうな。そこは古代ローマの性質もある」
「古代ってことは……」
「BC」
「びーしぃ……」
「紀元前」
「後退しちゃったよ!」
時代が常に前向きだと思うなよ。
「中世ヨーロッパより古代ローマの方が、交通は利便性があって治安も良い。海路があっても海賊はいないし、中世に比べれば旅超楽」
第三の勢力として『古代ローマ』が加わった。この時代だって幅があるものの、とりあえず話の中心は安定期に絞ってしまう。
「この世界には魔物という問題があるにせよ、交易の活発具合は古代ローマ並じゃないかな。だから冒険者なんて仕事やギルド制度が実現できてる」
「ギルドは魔物を倒したりお尋ね者を捕まえてくれますので、冒険者が治安維持の役割も果たしていますよ」
セシルたんが補足を入れてくれた。発言は少ないものの、彼女も彼女なりに話を理解して手助けしてくれるつもりらしい。
「古代ローマの方が発達してるように見えるんだけど……」
「現代のようなネットや記録技術がないから、ローマ衰退でいくつかノウハウ消失も起きた」
ローマも東西に別れてかなり色々あったけど、ここは今回あまり主題ではないので省く。
「拓馬さんって歴史に詳しいんだね」
「あー、それな」
とりあえずドヤ顔しながらスマホを取り出して見せる。
「大事なことは全て漫画が教えてくれた。そして電子書籍はこっちに持ち込める!」
「動画撮影してたのにまだ電池もってたんだ」
ジョブドライバーで動力が魔力になった、リア充ならぬ動力充様のお言葉だ。
「それにな、スマホゲーって歴史や神話由来のキャラとかアイテムってどちゃくそ多いのだよ。その辺理解しようと色々調べてたら今に至る」
スマホゲームにハマって、歴史や神話にやたら詳しくなる奴がクラスに出現する事象は全国規模だ。
「お前のカラドボルグについても有名だぞ。稲妻という意味を持ち、虹のかかる間にあった丘の頭三つをぶった切った伝承がある」
かの戦闘民族ケルトで有名な聖剣だ。超メジャーな聖剣エクスカリバーの元ネタになったとも言われている。その性能と伝説は、まさしく勇者の剣に相応しい。
「拓馬さんはそういうの好き系な人なんだね」
「我を讃えよ。供物は美幼女希望!」
「あ、はい。続きお願いします」
「へこたれねーかんね!」
はてさて古代ローマの続きだ。脳内で検索をかけて必要事項をアウトプットしていく。
「えーっと……とはいえ古代ローマはローマ帝国一強だったからこその治安と交流だ。全体的に見れば近世色が強いのは確かだよ」
全盛期は領土全長四千キロオーバーとか、どんなモンスター国家だ古代ローマ。下手なチート建国系よりもよっぽど変態スペックじゃねーか。
「この世界は各国の技術交流が活発に行われているそうだ」
「実際に世界を動かす七大国と呼ばれていて、グラドニアはその一つです」
「さっき王様の権力が強いって言ってたけど、それは国が大きくなってるのと関係あるの?」
「王の権威が強いと、それだけ権力が集中する。意志の統一が可能で国交もずっとやりやすい」
生徒一丸になったクラスと学級崩壊起こしたクラス。どちらの方が体育祭や文化祭で活動しやすいかを考えれば一目瞭然だろう。
「なるほど……そうじゃないと勇者教計画なんて起こせないんだ」
「計画にはグラドニア以外の国も幾つか関わっていて、例えばジョブドライバーを作った賢者様は他国の方です」
「そうだよ! ジョブドライバー! そもそも異世界に変身スマホある意味がわからないんだけど!」
中々のパワーワードだな、変身スマホ。
「それが次のステップ。この世界の基礎文化が中世と近世ヨーロッパ、そして古代ローマの混成であることを理解したな?」
「はい、わかりました!」
この基礎を理解できたなら、今度はどうしてそうなったかに目を向ける。
「この世界の文化レベルは、部分的に近世ヨーロッパすら凌ぐ水準に達している。正直非常に気持ち悪い」
「それはボクも思う……なんでスマホで撮影した動画をプロジェクターで見れちゃうの……」
「根本的に文化が混在している理由は一つ。現状では最も水準の低い中世をベースにして、そこに異なる文化の流入があったからだ」
異なる文化の流入というフレーズに、あかりは目をぱちくりして驚きの反応を示した。
「それって……!」
「そうさ。異世界召喚者。俺達が理由だよ」
新たに大きな円を描き、上部に『人界』と書き込む。
「人界では過去に幾度も魔王が地上を征服せんとめちゃくちゃしてきた」
今度は魔界の円を描いて、魔王と魔物を入れる。で、大きな矢印を書いて人界へゴー。
「その度に地球側から勇者が召喚されて世界を救っている。ここまではお前も聞いているよな」
三つ目の円。その名前には神界。中に入れるのは女神ニグラだ。
「うん、初日にセシルちゃんから説明を受けたよ」
「実はそれ以外にも女神は神託で召喚許可を出している」
「勇者以外にも召喚者っていたんだ」
「差異は大したことないけどな。勇者は特別な紋章と武具と共に召喚される」
「紋章?」
「女神印みたいなものらしいからな。今回は無いことが前提で儀式は行われたそうだ」
本来は紋章が選別の証となるらしい。無くても勇者と名乗る必要性があったので、民衆にもわかりやすい新たな教えを立ち上げる必要があったのだ。
「装備なしの文化向上目的で喚ばれる者もいて、こっちはプレゼンターと呼ぶ」
一応女神抜きでも武器と共に喚ばれたって時点で、あかりは世界救済要員なのだ。
「勇者として転身できなかった俺はプレゼンターに転向した。この世界の歴史と文化を学び、技術的ブレイクスルーに繋がる何かを提供する契約をしたのさ」
ここで話を区切り、神界から矢印を伸ばして人界に召喚者を入れる。
そして更に召喚者から魔界へ矢印を追加して勇者を送り込む。
「勇者様は世界を平和にして、プレゼンター様は世界をより発展させてくださいます」
あ、これ、勇者になれなかった俺へのフォローだろうか。セシルたんは複雑な立ち位置しているからなあ。
「これがグラドニアの世界的な役割。割合で言えば勇者よりもプレゼンターを喚ぶ方がずっと多かったとさ」
「じゃあプレゼンターを召喚し続けてきたグラドニアは世界でも一番発展した先進国なの?」
「良い質問だな。が、答えは逆。グラドニアは女神から与えられた規則で、勇者以外の召喚者は保持しない」
「女神様は一国ではなく世界全体のバランスを重視しておられます」
言わば女神は世界全体の管理者だったのだろう。
「ただ女神は配布についてアバウトでな、プレゼンターはある程度バラけさえすれば、どの国に送るかは都度グラドニアの一存で決められた。そしてその際、お布施の名目で多大な利益を得ていたようだ」
「お布施……つまりはお金?」
「はい。だからこそ我が国は女神様の神託をいただいた時のみ召喚を行使してました」
「女神に喚べと言われての行為で、更に他国に引き渡す役割だから、どこかで利益を出さないと国が回らない。言わば仲介業者だよ」
神の声を賜り世界へ広げる宗教国家だとすれば、見栄えや儀礼だけでも相応の維持費がかかるはずだろうしな。
「それに他国がプレゼンターから得た技術や知識を更にグラドニアが買い取っている」
「一方的ではなくて経済の循環もできてるんだね」
輸出がプレゼンター。輸入がプレゼンターが生み出した知識と技術。少なくとも持ちつ持たれつではある。
「元々神からの贈り物扱いだが、金もかかることで他国におけるプレゼンターの扱いはVIP待遇になったそうだ」
そうして大金かけてもそれ以上のリターンが安定して見込めた。なぜなら、
「召喚者は女神によって選ばれていた。必ず何かしら得られる物があり、喚ばれた者達も召喚に好意的な者達に絞られていた。
各国は得た知識や技術を売る。或いはそれらを秘匿とし、技術によって生み出された成果を輸出物とした」
召喚者の知識一つで国の在り方が変わることも珍しくなかった。それだけの価値がプレゼンターにはある。まさに神からの贈り物だ。
「召喚者がコーラの知識を伝えたら、コーラ大国になるんだね!」
「ある国にきのこの林を、また別の国にはたけのこの浜を……」
「戦争になっちゃう!」
日本特有のネタが伝わるのは精神的な癒やしだなあ。
「そうして各国ごとに文化の偏りが出て特色となった。けど知識があっても必ず完全再現できるとも限らない」
古代ローマや近世の文化色の強さは、それが比較的再現しやすい部類だったから。
それより先の技術は要求されるスペックが高すぎて再現も困難になってくる。なので生産性が下がり一般流通も難しい。
技術や文化が近世寄りなのに、町並みが中世のままなのも同じ理屈。恐らく建築関係に強い人物による技術的ブレイクスルーが起きていない。
「そこで魔法だ」
「プロジェクターにも魔石が使われてたんだったよね」
「基礎理論を異世界人が伝えて魔法とアイテムで実現している。厨房がその例だな。これは国や都市単位での独自文化も多いらしい」
技術流入が断片的で各国の足並み揃ってないから、体系化と編纂ができていない。お前達の異世界って醜くないか?
「だとすると、技術を買うしかないグラドニアは特産品みたいなものはないのかな」
「技術は後進国だが、濃いめの特色はあった」
「あった?」
「ここは勇者召喚と神託国家を謳い、信者巡礼の観光スポットとして潤ってきた国でもあるのです」
勇者とは即ち国民的アイドル。
ここが日本だったなら女神饅頭とか勇者絵馬とか、そういうの絶対やる。実際には、
「勇者が足を浸けて祈りを込めた聖水は実在したらしい。他にも勇者の汗を拭うイベントとか」
「それ過去にアイドルプロデューサーも召喚されてるってボクでもわかるよ!」
前勇者は男らしいので、おねーさん達の烈しい純情が渦巻いてそうだなあ。
「それとギルドもだ。勇者は魔王討伐後もギルドに属して世界のため働く者が多かった。となればギルドも賑わう」
優秀な冒険者が集いやすく、大きな案件を受けやすい状況にあった。そうなればマージンで国が潤う。
「グラドニアってそういう国だったんだ。兵士さん達がボクに優しくしてくれる理由もこれでわかったよ」
圧迫祭の開催後、兵士達が『俺達の推しになんてことしやがる』って表情してて、内心ちょっと恐かった。
「ま、それが女神信仰により栄えたグラドニアって国の在り方だ」
「なるほどー。すごく勉強になったよ!」
この世界とグラドニアのことを知れたあかりはご満悦な表情をしている。
なら、俺は求められた役割を果たしたと言えるだろう。
「なら、今日の授業はここまでだ」
歴史と現世界に関する知識は大体共有できた。今日はロリっ子アイによる直接監視もあったので、かなり真面目に頑張ったぞ!
「待ってください」
「どうしたのセシルちゃん?」
「まだお話ししなければならない、大事なことがございます」