第14話『反省は猿にもできるが馬鹿には難しい』
巨大ダイコンの討伐に成功したあかりは勇者として評価を上げたが、拓馬に待っていたのはセシルからの説教だった。
今の彼は勇者ではなく、プレゼンターという異世界の知識や技術をグラドニアに提供する役割に就いている。自らの身を危険に晒す行為は以ての外だ。
その後、事後処理を兵士達に任せて三人は城内のレストランで昼食となった。
あかりは手伝おうとしていたのだが、兵士達が『面倒事は俺達がやっておくから、勇者ちゃんは気にせず昼食食べといで!』と口々に彼女を送り出した。
兵士によって勇者の呼び方は様々だ。貴族から見ればちゃん付けはあり得ない不敬なのだが、彼女はそういう部分に頓着しないどころか、様付けされることを嫌う節もある。
なお、セシルは拓馬のお目付け役という名の監視だ。
あかりは普段食堂ばかりで、拓馬はレストランで皿の破壊魔と呼ばれ出禁になったため、自動的に食堂生活を余儀なくされている。
とはいえ貴族のセシルに食堂はよろしくないと今日はレストランになった。
「いやあ、このレストランでまた食事ができるとは思ってなかったよ。まさにセシルたんのおかげ……ひぃん!」
幼女にジロリと睨まれて馬鹿が縮こまる。
国の中枢に関わる召喚師だけあって、彼女が言えば今回だけ拓馬の入店も許可された。
「ホント、戦わないなら危険な真似はしないでください」
何度目かの同じ注意を重ねながらデザートのフルーツゼリーを口に運ぶ。
奇しくも立場をわからせろとの王命は、その日のうちにしっかりとこなしてしまった。
「それはそれとして、アカリさんは皆を守ってくださりありがとうございました」
「いえいえ。皆が無事でボクも嬉しいから。それに兵士の皆さんも頑張ってくれたおかげだよ」
こっちは毎日の辛い訓練にも文句一つ言わず、率先して皆を守ろうとする。まさに勇者に相応しい姿勢だ。
「わたし達もできる限りサポートいたします。何か改善してほしいことがあれば遠慮なく言ってください」
「んー今は特にないかな。皆、すごく良くしてくれるし。ボクは好きだよ、この国が」
「そうですか……」
あかりは屈託のない笑みを見せる。王との謁見と、国の姿勢が幼い少女の胸を締め付けた。
「それにしても、どうしてお城の中に魔物がいたのかな?」
「あれは魔物ではなく精霊です」
「そうだったの? ボク、倒しちゃったよ……」
「それは構いません。あれはグラドニアで研究中の人工精霊が脱走したのです」
既にその報告は念話で届いている。後は専門の部署が然るべき処置をするだろう。
「ずいぶんとパワフルな精霊で、貴族達も魔物と間違えてたけどネー」
「うう、おかげでボクは……」
戦闘の傷より心の傷が深かったらしい。
そこで拓馬はゼリーの中からツヤツヤした曲線を描く白桃の身を取り出して、
「Nice peach.」
「この男……!」
耳まで真っ赤にしたあかりが怒りと羞恥でぷるぷると震えている。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「ううん、セシルちゃんは何も悪くないから!」
「別に俺も好き好んでみたわけではないんだが」
「わざとだったら今頃衛兵さんに突き出してるよ!」
この男、反省している雰囲気が本当にまるでない。
「人工精霊はまだ研究中で不安定なのです。それにあの外見では、魔力の質を見分けられる魔導師じゃないと判別は難しいでしょう」
「そうだね。ボクも魔物だとばかり」
「魔素に瘴気が混ざり型を得たものが魔物。聖素によって型を得たら精霊になります」
「確か魔石も魔素が入ってるんだよね」
「そうです。瘴気も聖素も混ざらず、意識を得ないまま型を得ると魔石になります」
魔石、魔物、精霊のどれもが、本来自然の中で生まれる。
そして魔王は魔界から瘴気を送り込む力を持っており、地上は凶悪な魔物で溢れかえってしまう。
「つまり魔石は無精卵みたいなものだねセシルたん!」
「合ってるのですが……」
あえてその表現を選ぶところに妙な悪意を感じてしょうがない。
「どうしてお城の中に歩くダイコンがいたのか納得できたよ。ありがとう!」
「ええ、あ、はい。わたしもお役に立てて嬉しいです」
頭を下げるあかりに対して、セシルはどこか歯切れの悪い返し方だった。
礼を言われるべき話ではない。あれは完全にグラドニアの落ち度であり、その意味もわからないまま勇者は尻拭いをさせられたのだ。
「ふうむ、ボク思った以上にこの世界のこと何にも知らないんだね」
「それなら、わたしから一つ提案があります」
そう、彼女は何も知らない。
新時代の勇者とは何か。彼女の戦いがこの世界に何をもたらすのか。だから……。