第13話『勇者ちゃんが昼間にストリップして開脚する話』
外へ出たダイコンはなおも疾走を続けており、このままだと人通りの多いところへ出てしまう。
そんなあかりの不安はすぐに的中してしまった。
「きゃあ!」
「ダイコンの魔物よー!」
丁度通りかかった女性貴族達の集団と出くわしてしまった。彼女達は蜘蛛の子を散らすよう逃げていく。
早く決着を付けないと城内は大混乱に陥るだろう。もう悠長に捕獲とか言ってられる状況ではない。
「ダァ!」
悲鳴を上げて逃げ惑う貴族をダイコンが襲おうとする。
「皆に手出しはさせない!」
あかりは貴族とダイコンの間に割って入り構えた。
「りゃあ!」
「ダァッ!?」
小さな体を薙ぐような下段蹴り。ダイコンは後退するように跳ねて避ける。
「もう逃さないよ!」
当てられなかったが狙い通りだ。
今の足止めで追いついた兵士達がダイコンをキッチリ包囲した。これでもう逃げ場は失った。
「ダァ……!」
何処が目かは分からないが、視線をあかりに向けたダイコンはキョロキョロと周囲を見回して焦った様子だ。
「次で倒すよ」
「ダアアアアァァァ!」
真昼の中庭に野菜の雄叫びが轟いた。
「な、なに、この気迫!」
現象は続いた。ダイコンマンの足元に魔法陣が現れ光を放ち、白い体が見る見るうちに巨大化を始める。
「嘘でしょ……?」
「ふむ、この世界のダイコンは真っ昼間に走り回り、巨大化までするらしいな!」
拓馬は兵士達から距離を取り、安全地帯を確保している。すっかり観戦モードの野次馬だ。
「嘘だと言って!」
事実だった。白の体躯は今やあかりの倍以上に達しており、腕と足もその巨体に見合う太さにビルドアップしている。
「ダァーイ!」
まさかダイコンと大をかけてる? いやでもここ日本じゃないし。とかつい考えていたら、振りかぶられた腕があかりへと叩きつけられる。
だが巨大化の影響か、先程までのすばしっこさは失われて躱すのは容易だ。
「勇者ちゃんを守れー!」
「アカリちゃんに手出しはさせないであります!」
「ダダ……!」
攻撃の隙きを突くように兵士達が攻撃を加えていく。
斬られた場所にひび割れが生じて、後方へゆらぎ踏ん張る。
「ヒュー。兵士達にモテモテだな、勇者あかりちゃん!」
可愛がられているとは思うのだが、そう言われると気恥ずかしい。ていうか馬鹿のニヤケ面がかなりウザい。
「ダァーダッダ!」
兵士達に囲まれたのが不快だったか、右から左に薙ぐように払う。
「遅い! ……あっ!」
兵士達も素人ではない。あかり共々下がって避ける。
だが、振り切ったダイコンマンの腕が突如伸びた。
「きゃーっ!」
ヒロインのような悲鳴を上げたのは、ダイコンマンの巨腕に囚われた拓馬だった。獲物を得た腕の長さは元へと戻り、一人と一匹は間近での対面となる。
「いきなりインド人ムーブかよふざけんないやいや待て待て早まるなよ最初に出会った長い中でしょここは穏便にステーイあんなに小さかった君がこんなに逞しく育って僕は嬉しいよお祝いに良い雌ダイコンを紹介してしんぜよおおおおおおお!?」
「ダイ」
面倒くさそうに額っぽい位置をポリポリかいたダイコンは、早口にまくし立てる馬鹿を投げ捨てた。
放物線を描く拓馬を助けようと駆け寄るが、その落下地点から魔法陣が展開。そこから青の鎖が伸びて彼の体を絡め取る。
「亀甲状態!」
単純にグルグル巻きな馬鹿はゆっくりと地面に下ろされた。
続いて魔法陣はダイコンのすぐ下にも出現して、幾本もの鎖が巨体の身動きを封じる。
「今です!」
「セシルちゃん!」
突然の魔法は、増援として現れた幼子による援護だった。
その場に留められたダイコンに兵士達が次々に攻撃を加えている。
「ダダダダダダダダッ!」
「えっ?」
力強い連呼に合わせて、ダイコンマン背後の空間が揺らいだ。そして全体的に薄く透けた無数のダイコンが出現する。
「ダァーイッ!」
「ダイコンミサイル!?」
多分魔力か何かで生み出されたものだろうが、詳しくないあかりにとっては、まさに言葉通りの展開になった。
ダイコンマンの掛け声で弾は一斉に射出されて、あかりと兵士達のいる周囲に着弾。爆発が連続した。
一撃一撃は小規模だが、重なることで威力を底上げする。煙幕のような白い蒸気も巻き上げ、目くらましにもなっていた。
「うぅ……」
「ぐうっ」
何発か直撃を受けたが、アーマーを損傷させる程ではない。
視界を塞がれて周囲から兵士達の呻き声だけが聞こえる。
「くっ、被害報告せよ!」
「兵隊長。もう駄目です。お袋の作ったダイコン入りスープが食べたくて仕方ありません!」
「俺もだ。チクショウ、美味そうな図体しやがって!」
「よぉーし、今ダイコン食いたいつったヤツらは罰として晩飯生ダイコンだけ齧ってろ!」
「そんなー」
余裕そうなので兵士達は無視して、あかりは突貫する。
「ブレイバー、剣を!」
≪Load Caladbolg≫
煙幕を抜けると、そこには未だ動けない白いの巨体があった。これなら素人だって外さない。
あかりが意識を剣に集中すると、刃が光に覆われ伸長する。
「でええええやああああ!」
全力で跳躍して叩きつけるよう振り抜かれた一閃は、白の巨体を袈裟に両断した。
「キャッサアアアアバアアアアァ!」
断末魔の叫びと共にダイコンマンは光の粒子を振りまき消滅。刃も元に戻って、後に残ったのは斜めに割れた本物のダイコンだった。
「せめて口調くらい統一しろよっ!」
少しずつ晴れていく煙の中、拘束されたままでビタンビタン跳ねる馬鹿が見えた。
「ご無事ですかアカリさん」
とりあえずそっちに向かうと、彼を守るように待機していたセシルもいた。
「うん、ボクは大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」
「いえ、わたしは援護しただけです」
兵士と拓馬以外に被害はなく、さっきの様子だと彼らも大した怪我はなさそうだ。一安心して転身を解いた。
「アカリ……さん……」
何かスースーするなあと、違和感に気付いた時にはもう遅かった。
転身は自動で戦闘スーツを装着して、解除すると元の姿に戻る。
慌てて戦闘に入ったあかりはすっかり忘れていた。
元々自分がどこにいて、何をしていたのかを。
「ひあっ!」
間の悪さは連続する。
背後にいた拓馬へと振り向くと、彼は彼で鎖から開放され上半身を起こしたタイミングだった。
――またぁっ!
視線の高さからして、丁度尻である。
一瞬、場の空気が凍りついた。
その静寂を破るよう、拓馬は胸の前で両手を合わせて言った。
「ごちそうさまでした」
反射的に足が出て、振り返りざまに回し蹴りを馬鹿の頭部へ叩き込んで倒した。
「あべし!」
「足を上げてはいけません!」
「あっ……あーもーやだぁー!」
倒れ伏した馬鹿の傍らで、涙目であかりは座り込む。
「やったね勇者ちゃん! え……?」
「全員見てはなりません! アカリさん、早くもう一度転身を!」
煙も晴れてこちらへと向かってくる兵士達の間に、セシルが立って視界を塞ぐ。
彼女の陰で、グズりながらジョブドライバーを操作して「転身」を連呼する新米勇者の姿があった。
なお、食堂ではこの後ダイコン料理が飛ぶように売れたという。