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9:達人には向かない職業です


「では行商で、ネコハの街まで?」

「行商というほど行き来の道を定めちゃおりやせんでな、旅商といったところでしょうかや。わたしゃぁあまり固定客がつかないもんで、旅して回るしかねぇわけでございやす」

「固定客いないんだ。ふうん」


 さらさらと宿の台帳に「インセッチ」と名を記す彼とナナカを交えて雑談しながら、クラギは彼の身なりを見ていた。

 身なりには人となりが現れる。

 袖無外套ポンチョは東方の山岳民族がよく身に纏う衣裳だ。裾を縛るズボンはここから北方にかけての地域産。こつこつと片手でついている杖は、まあどこにでもあるひのきの棒。靴は……こういう足に合わせられる柔らかい靴は足音がしなくなるので、盗人が履くことも多い。

 とはいえ売り物だという武器類は、盗品の臭いはしなかった。なんというか、そういうものはわかるのだ。持ってきた人間の足取りと目つき、触れるときの態度から、臭う。早く手放したいという意志が鼻をくすぐる。

 インセッチの剣や槍には、それがない。本当にただの商人のようだとクラギは判断した。

 いや、『ただの』ではないかもしれないが。


「それにしても先の剣は業物でございやしたねぇ」


 宿泊する部屋に案内する間、横についてきていたナナカに話を振る。


「純粋魔石を含有した剣身……大聖堂で打たれる聖剣の一振りでは?」

「あの一瞬でそこまで……?」

「武器屋の性でございやしょう。視界に入ればそれだけで即座に鑑定しちまうんです。して、大聖堂から下賜される聖剣を持ってるってこたぁ、おたくは《勇者ヴァリアント》のおひとりで?」

「あ、うん。あたしが十二人目、今代の勇者のナナカ・ローワン」

「ほお! 噂には聞いておりやすよ、二月ほど前に霊鳥を狩ったという、あの!」

「え、あ、まあ。はは」


 ぎこちない笑みでやりすごしながらナナカはクラギを見ていた。

 バレても困るのでクラギはにっこりと微笑み返した。ナナカは肩をすくめてこくこくとうなずく。


「しかし、ふんふん……やはり勇者様たぁ、激しい戦いをくぐり抜けてらっしゃるのですなぁ。剣身は無事でしたが、先ほど拝見した拵えの方はひどく損傷しておりやしたぜ」

「恥ずかしながら、直したことなかったんで……」

「サフラン様との一戦がなければもうしばらく保ったのでしょうが、さすがに雷撃を幾度も浴びてはあの傷みようも道理でございましょう」


 部屋に着いて、クラギはドアを開けインセッチに室内を示す。「いい部屋ですな」とぼやきながら彼は室内に入り、荷を下ろして袖無外套を脱いでいた。傍らにころんとひのきの棒を転がしている。


「ああところで。勇者のお嬢さんさえよけりゃ、わたしが用意することもできますぜ。拵え」

「本当?」

「商人は言葉巧みに誘導しやすがウソは言いやせん。あとの商売に繋がりませんでな……茎のつくりはそう特殊なものじゃござんせんし」


 ちょいと手を、と言ってインセッチはナナカに指を広げさせる。しげしげと見つめ、指を開いたり閉じたりさせた。


「結構。手のかたちも大きさも把握しやしたのでね、すぐに寸法ちょうどのものがつくれやしょう」

「すごーい」

「なに、手持ちの柄を削り出す程度のこってす。目釘も合うものが手持ちにあったはずなんでね、一晩くだせえな」


 からから笑い、インセッチは荷を広げていた。

 作業の邪魔をしてはいけないと部屋を辞したクラギとナナカは並んで廊下を歩き、食堂へ向かう。ナナカは腰に、柄無しの剣を提げたままだ。


「それにしてもすごい腕だったね」

「ええ。私でも百度ひゃくたび行い、ようやく成功するかどうかでしょう。神技です」

「……百でいけると思うんだ」

「曲芸も多少嗜んでおりますので。ご用命とあらば私、準備はございます」

「本当?」

「ええ。でしたら、失礼をば」


 はしっとナナカの腰から剣と鞘を借り、ひゅんと剣を放り投げ、その真下を通り過ぎる。

 ぎりぎりのところでクラギを避けた剣身は、腰の後ろで構えた鞘の口に落ちてきてかしゃんと納まった。


「普通にできてる……」

「自分で投げたため間合いも機も把握できております故。しかしまだまだです、他人が落としたものを、しかも音を一切立てずにというのは並ならぬ努力の技でございましょう。おそらく、曲芸ではありません(・・・・・・・・・)

「曲芸じゃ、ない?」

「そも、武器屋が曲芸を修める必要はございませんし」

「それ言ったら宿屋もそうじゃない……?」

「酒宴の余興のためでございます」


 披露の機会はいまのところあまりなさそうだが。

 ナナカは感心したのかそうでないのかわからない顔だったが、「今度お酒飲むとき見せて」とだけ言ってくれた。




 翌朝。

 いつもの清掃、風呂沸かし、備品の発注表作成、宿泊客の出立準備、空いた部屋の掃除と滞在者室のシーツ交換――と午前の業務をこなしたクラギは陽気差す廊下途中に置いたソファで紅茶を飲む休憩を挟んでいた。

 かたわらにはナナカが一緒に紅茶を飲んでいる。


「宿屋さん、インセッチさんの部屋は行った?」

「いえ。ノックしましたが鍵がかかっておりましたのでひとまずあとに回しました」

「柄、できたのかな」

「ゆるりと待ちましょう。いますぐ必要なわけでもありませんし」

「そうだね」

「そういえばナナカ様は、次の出立先などはお決まりなのですか?」

「えっ。で、出てけってこと?」

「いえ、宿泊費もお納めいただいてますのでそんなことは。ただ路銀などはどこから捻出されるのかと思いまして」


 クラギが小首をかしげると、ナナカはあー、とぼやいた。


「霊鳥狩ったから、教会通じて大聖堂まで早馬でそのこと伝わったみたいでね。『魔力溜まりが近辺にあるのはまちがいないから、しばらくは周辺の防衛と探索をしてくれ』って。活動費の振り込みあったから、鍛錬で森の中走るついでにちょくちょく麓の里で下ろしてきてる」

「なるほど。ここを拠点としているのですね」

「あーうん。……じつを言うと宿に泊まってるのも、向こうに伝わってるみたいで」

「そうなのですか」


 都の大聖堂まで名が知れたのならなかなかのものだ。宿が繁盛することを願うクラギは、ふむふむとしたり顔でうなずいた。


「宿屋さんのことも、伝わってるみたい」


 少し頬を赤くしながら、ナナカは言った。

 クラギは紅茶を注いでいた手を止めて、ナナカの顔をのぞきこんだ。視線に気づいていないナナカはカップの中に目を落としたまま、ぽつぽつと言葉を継いでいる。


「宿屋で、男の人が主人をしてるっていうのが……なんか変な感じに伝わってる。べつにそんなんじゃないのにね。いや、そんなんじゃないっていうほどアレなアレじゃないけど。でも、そんなんじゃないじゃない?」

「どういう伝わり方をしているのですか?」

「だからその……って近い近い! なに、急に詰め寄ってきて」

「変な伝わり方をしては困りますので」


 まずありえないとは思うが、霊鳥を狩った件などがクラギの助力によるところである、などと知れてはナナカの、ひいては宿の評判に関わる。

 そんな意志を込めてナナカの目を見つめていると、彼女はしらーっとした顔で「……べつに宿屋さんが倒したとか、そういう伝わり方じゃないよ」と求めたことを口にしてくれた。


「……『休暇バカンスにはいい場所よね』、『あなたまだ若いものね』、『ちょっと旅先の火遊び(アバンチュル)ってのもいいかもね』とか。そんなことを手紙で言われただけ」


 彼女はなにか含みのあるような顔で言った。

 都言葉なのかいまいちクラギには伝わらない部分もあったが、ひとまず宿の評判には関係なさそうだったので「左様ですか」とにっこりして紅茶のおかわりをナナカに注いだ。


「なるべく平和に暮らしたいものです。今後もなにかあれば、ナナカ様の功績ということにしてよろしいですか?」

「なんでそうなるの……」

「私はあくまで宿屋。その立場から外れた行いはしたくないものですから」

「それならもっと気を付けるべき点がたくさんあると思う」


 湿度の高い目でにらまれて、クラギは首をかしげた。

 と、そこで表の方からワっと多数の人々の声が聞こえた。


「ん、なに?」

「……インセッチ様ですね」

「なにやってるの?」

「それはもちろん。商人でございますから」


 窓の外を示すクラギに従いひょこっと顔をのぞかせたナナカは、わいわいと宿泊客の人だかりに囲まれているインセッチを目にした。

 彼はあの大荷物を広げて、商いのための実演をしているようだった。


「――さあさとくとご覧あれぇ。こちら取り出しましたるは、遠い東邦の地より渡ってきた宝刀《果断末魔マルマン・チェイダ》!」


 彼の片腕ほどの刃渡りの剣は、大きく湾曲し、弧を描く三日月のような刃を持つ。

 先端をつまんでゆするとぺなぺなと刀身がしなった。なるほど靭性に富んだ剣であるらしい。


「薄く撓う刃はバツグンの切れ味でござい。こんな太い薪も」


 ぽーんと上に放り投げる。

 しりッ、と聞いたことがないような鋭い音がした。

 それがインセッチの切り上げの音だと気づくのに、わずか遅れる。それほどまでに自然で流麗で、『動いた』と感じさせない動作だったのだ。

 大人の二の腕ほどあろう薪は、ぱクんと空中で真っ二つになっている。


「はたまた、割れやすい皿であろうと」


 投げた皿へしゃりんと刃が入る。

 すらりと二つに切れた皿が宙を舞う。


「もちろん硬いのもお手のもの。使わなくなった鍋くらいなら、ほら――ご覧の通り!」


 投げた鍋も二つになって落ちてくる。

 わぁっと囲む宿泊客たちが喝さいをあげていた。


「なに? そんな刃じゃぺらくて危なっかしくて、鍔迫り合いや盾持った相手にゃ通じない?」


 だれも訊いてはいなかったが、耳に手を当て質問があったかのように振舞うインセッチ。

 実際、宿泊客たちは気になっていたのだろう。うんうんとうなずきあって彼の次の挙動を待っている。

 インセッチはからから笑ってくるりと刃を返した。


「心配ご無用。そんなときは刃を返すと、この深ぁく反った湾曲が尖った切っ先を相手に向けまさぁ。弧を描いた刀身は剣や盾を避け、相手の腕や胴に突き刺さるっ!」


 凄みのある顔でインセッチは剣を横薙ぎにした。

 囲む客たちはほぉー、と拍手などしている。


「いまなら銀貨二枚で販売中。先着三振りまででござぁい。まずはご一考を……次は手槍! 森林地帯でも取り回しのよい手槍は突いて良し払って良し投げて良しの品ですが、こいつはさらに柄の一部に管を取り付けた《管槍》ってぇ品でさぁ」


 左半身でひゅひゅんと槍を突き出し振るう。

 その踏み込みも、音のしないものだった。

 無駄な動きが極力排されている。

 あの、落ちてきた剣身を鞘に納めた動きもそうだが。インセッチの動作は一介の武器屋の範疇を大幅に逸脱している。

 端的に言って曲芸ではなく――達人の、技なのだ。


「……すごい」


 見入っていたナナカが声を上げる。

 やっとその事実に理解が追いついたらしい彼女は、卓越した武芸の腕に感嘆しながらインセッチの一挙手一投足に目を見張っていた。

 彼の商いがひと段落するまでそれはつづき、クラギが仕事に戻って幾度か横を通り過ぎても気づかないほどの集中となっていた。



「なぁに、武器屋でございますからな。商いの道具を扱えないでは商売にならんでしょう」


 お開きになった頃合いを見計らって近づいていったナナカとクラギを見て、インセッチは頭を掻いた。

 結論からいって、あまり品は売れていなかった。商いの文句はしっかりしていたのに……と思い、試しにその《果断末魔》なる曲刀を手にしてみるクラギ。

 だがすぐに売れない理由を察した。


「……なんと申し上げたものですか……重心が独特すぎて、扱いに困りそうな品ですね」

「そうですかねぇ? わたしゃとくに不都合ないと思って仕入れた次第でありやすが」

「こちらの管槍というのも、習熟に時間がかかりそうといいますか」

「管を握ってしごくように突く、ないし投げるだけじゃござんせんか?」

「鉤手甲というのも手先の可動域が削がれるので使用の状況が限定されますし」

「へえ。壁や木をよじのぼる最中に襲われたときんための武器でありやしょう」


 両手にはめて、猿のように木をのぼる。

 途中で鉤を木に突き立てて、幹のところを這いまわる蜘蛛のように動いてみせた。人間をやめたような奇怪な動きで、少しクラギは気持ち悪くなった。


「要するに」


 ナナカが要約した。


「……インセッチさんが武器の扱いうますぎて、普通のレベルの使い手のこと考えられてないのね」

「百点の解答かと」


 なかなか残念なお話だった。

 インセッチは二人の会話が聞こえていたのかいないのか、はてなと目をぱちくりさせていた。



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