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4:霊鳥狩りに出かけましょう

「食事の準備はできました。背嚢に詰めますか?」

「うん、そうする。軽くなにかにくるんでもらえれば」

「ではミャクナシバで包んでおきましょう」


 よく晴れた地に茂る葉脈の無い植物の葉で、クラギはパンに干し肉と葉野菜を挟んだものをくるむ。


「それにしても、霊鳥、土砂崩れを起こしたってことは斜面を蹴ってたんだね」


 隊商からクラギが聞いた話を伝え聞き、ナナカは背嚢の中身を並べ替えつつ話を振る。

 クラギは水を入れる革袋と食事と大振りなナイフを入れた肩掛けカバンと、交差させるように逆の肩からはロープを提げていた。

 なにに使うのだろうか、気になる……。だがクラギはナナカの視線に気づいても答えるつもりはないようで、霊鳥の話をつづけた。


「『蹴爪で斜面を掘る仕草』。もとになった(・・・・・・)鳥がなにかが、少し見えてきましたね」


 微笑を浮かべてクラギは言う。

 そう。『もとになった生物』が、どの魔物にも存在する。

 魔力溜まり。地の底から噴き出す瘴気のようなそれが溜まる場所。

 そこに長く留まるうちに肉体が変質し、慮外の力を振るうようになった獣。それを、ひとは魔物と呼ぶのだ。

 群れで暮らす狼などは、先日の魔狼のように群れ全てが影響を受けることが多い。逆に単独で過ごすことが多い生物は、濃度の高い魔力を一身に浴びてより巨大により醜悪に、その身を変ずることがある。

 だがもとになった生物がいる以上、その習性を残すことが多い。


「斜面を掘る。砂浴びをしていた、ということね……サンザメキ?」

「おそらく、そうでしょう」


 険しい山に生息する地味な色の鳥で、雛の間の鳴き声は重なり連なってじつに騒がしい。

 綺麗好きらしくよく砂浴びをしているので、猟師ハンターの間では木々に網をかけるより砂場で張った方が獲れる、なんて冗句があるような鳥だ。


「霊鳥と成り果てても習性は変わらない。となれば、またそこにいる可能性は高そうね」

「ええ。それでは」


 クラギは食堂の扉を開け、ホールをつかつかと歩いた。


「行きましょうか」

「……宿屋さんも来るの?」

「首と卵を持ち帰りたいと考えておりますので」


 ロープはそのためか。

 ともあれ、彼の力量は先日の魔狼との戦いでしかと目撃している。とくに断る理由はナナカにはなかった。


「じゃ、行きましょう」

「はい」


 そういうことになった。

 鎧を着こみ、髪を頭頂近くで一束に結わえる。腰に剣を差し、背嚢を背負って準備は整った。

 玄関から出ると、隊商の一団が疲れた表情で前庭の一画を占領し、野営キャンプをはじめている。

 出る支度を済ませてきたナナカとクラギを見て、隊商の長らしき髭面の男は驚いた顔をしていた。


「……本当に行くのか?」

「戻ってから亡骸を運ぶ手伝いをお願いするやもしれません」

「いや、いやいや。あんた、宿屋だろ? 無理に決まってる、運ぶことになるのはあんたの亡骸だぞ! それにお連れもそんなちっちゃい嬢ちゃんで」

「ちっちゃい言うな!」

「しかもはねっ返りだなずいぶんと……」

「お気遣いいただきありがとうございます。しかし、心配には及びませんよ」


 すすっとナナカの前に進み出たクラギは、こほんと咳払いしてナナカを片手で示した。


「こちらにおわしますのは彼の有名な御方なのです」


 だいぶ大仰な紹介で、クラギは語り出した。

 彼の有名な、なんて言っているがそんなに知られているのだろうか、とナナカは首をかしげる。

 たしかに勇者として活動をはじめすでに三年ほど経過した。その間に各地を渡り歩いているとはいえ、南方のこの地に来るのははじめての経験である。

 だが思ったより、噂というのはよく届くようだった。


「東方で闇竜ザハクを、西方では奇虎ヌゥエィを、北方では毒亀タラスクを討伐せしめたという、黄金の聖気を放つ人物をご存じですか」

「……なにぃ? そりゃ、吟遊詩人バードの語りで歌に聴いたことあるが……まさか、その嬢ちゃんが?」

「その通りです」


 ちょっとだけ溜めて。

 クラギは隊商全員の注目を集めながら、言った。


「今代の勇者、ナナカ・ローワン様です」


 貴族の従者か御付きの人か、あるいは舞台の前説のような語り口でクラギはナナカの名を呼ばわる。

 少し気恥ずかしくて、ゆるゆると片手を挙げたナナカは「どうも」とだけ答えた。

 挨拶代わりに、少しだけその手から《聖気》を放つ。ぶわりと巻き起こった金色の光に、隊商たちはおおおとうめいた。魔術士と思しき三名などは「うわあ本物」などと言っている。

 彼らの身に付けるような魔力の扱い、その最果てにあるのがこの《聖気》なので、羨望と嫉妬と恐れが混じった視線と声音も無理はない。慣れているので軽く流す。

 髭面の男は、顎先を撫でつつははぁとため息を漏らしていた。


「まさか勇者様たぁ、驚いた。嬢ちゃんなんて言って悪かった」

「いや、まあ、いいんだけど……」


 ちっちゃい、と呼んだのは否定してくれなかった。……べつに、いいんだけども。


「それでは向かいましょう。私が案内しますので」


 森の向こうに道を示して、クラギは歩き出す。

 隊商に見送られながら、ナナカはあとにつづいた。


         +


 キガラ大森林は起伏に富んだ地形だ。

 巨大樹の張り巡らす身の丈よりも高い根が立ちはだかったり、窪地の水たまりに毒草が溶け込んだような沼地に出くわしたり、とかく道が悪い。

 勇者たるナナカならばこれらもひょいと飛び越すことができるが、身体能力はあくまで並だというクラギは追いついてこれない。それにあまり無茶ばかりしていると消耗して、先日のように魔狼の群れに不意を突かれることもある。行路はなるべく選ぶべきだ。


「と、思ったんだけど……すごい楽な道のり」

「慣れておりますゆえ」


 本当に遠足ピクニック気分でいいような楽な道で、ナナカとクラギは歩いていた。

 先導するクラギは平坦な道、ないし急斜面でも短い道を選び確信を持って進んでいると見受けられる。

 それだけでなく、視線は足下に転がる獣の糞や低木の折れた枝などにも向いており、細心の注意で危険との遭遇を避けているのがわかった。

『木の洞』で過ごしたこの三週の間、何度となく森に入って食材を仕入れてきたり飲み水を汲んできたりしていたので、森に慣れているのだろうとは感じていたが……それにしたところですさまじい。ナナカのように特別な訓練を積んだわけでもなかろうに。


「気楽だなぁ……」


 ひとり、雨中で右も左もわからないまま走っていた森と同じ場所とは思えない。

 ぼんやりと上を見て、てくてくとナナカは歩いた。

 冬枯れの季節でも完全には緑を絶やさない巨大樹の枝葉は、遥か天空を覆い隠して濃い影を落とす。そのため森の中は昼でも薄暗く、音がない。

 ざわりと風が吹いて落ちてきた、傘の代わりになりそうなほど巨きな葉を、ナナカは抜き打ちで切り払って落とした。


「見事ですね」


 振り返らずにクラギは言う。


「いや切った音で察してるそっちも見事でしょ……」

「たいしたことではございません。私などより、ナナカ様の方がよほどお強くていらっしゃるでしょう」

「本当かなぁ」

「疑われましても」


 クラギは韜晦とうかいするように声音を軽くする。

 ナナカはじっと、その背中を見つめつづけた。

 魔力も扱わない、純粋な体技のみで魔狼を翻弄せしめた技術……接客だなどと、言っていたけれど。そんな接客があるかという話だった。

 ナナカは、勇者だ。

 この世に生を受けたときから、魔力よりひとつ上の力である《聖気》を操って戦うことができた。身にまとう《聖気》はナナカの五体の出せる力を何十倍にも膨らまし、齢が五つを数える頃にはすでに大人を一方的に打ち負かすことができた。

 訓練でさらに実力を伸ばし、十を数える頃には暴牛ミノ猛蛇ナガといった魔物を討伐して生活をつづけ。

 十三のときに都の大聖堂から旅に出るよう仰せつかり、それからは魔物の噂や都市の依頼に呼び寄せられてずぅっと転戦してきた。

 そんなナナカでも、クラギの体技には驚いた。なんというか、一切の無駄がないのだ……。


「さ、見えてまいりましたよ」


 見つめる視線と真っ向からぶつかるように、汗をかいたクラギがこちらを振り向いた。慌てて目を逸らし、ナナカは進行方向の先を見据える。

 木々の隙間を縫って、薄く霞がかった稜線が見える。

 山の頂に、もぞりとうごめく黒い影がある。

 ――ギォルルルル、と、鋸で鉄なべをひっかいたような音が小さく、山の方から聞こえた。


「日暮れまでには着けるでしょう。霊鳥とはいえ鳥です、夜目は利きませんし急襲にはちょうどよい機かと」


 この鳴き声にさえ平然としているクラギを見て、やっぱりこのひとなにかおかしいと再確認するナナカだった。



 そのまま、進路たがえず緩やかなイジュフ山を登っていく。

 木々が徐々に少なくなり、日が傾いていった。

 岩肌の斜面を一歩ずつ踏みしめて。

 ついに二人は、翼を畳んでうつむいている大怪鳥の影を踏むところまで接近した。クラギは膝に手をつきぜはぁと息を漏らした。だいぶ疲れたらしい。


「で、でっかい……うそぉ」


 見上げる頭上、塔のような図体は十五トルメはあろうか。

 とぐろを巻いていまは膨れたり縮んだりを静かに繰り返している首も、伸ばせば身の丈くらいはあるにちがいない。

 真っ黒な全身の中で足の蹴爪だけが赤みを帯びた黄色を示していて、その爪が掘ったのだろう穴ぼこにはまだら模様の入った、大人でも両手で抱えるような大きさの卵が三つあった。


「卵を、温める時期だったようですね」


 グルグル、と頭上から低いいびきのようなものが聞こえているが、クラギは冷静に観察していた。ナナカはあまりの巨大さに度肝を抜かれていたが彼は意にしていない。


「それでは、お願いいたします」


 でも身体能力は並だということで、今回は遠巻きに見ているだけのようだった。


「……だよね」


 クラギが一礼したので、ナナカは覚悟を決めた。勇者とはそういうものだ。

 しゃりんと剣を抜き払い、《聖気》を身の内に溜める。

 先日は毒沼を歩かされろくに眠ることもできず消耗させられていたので、さっぱり力を出せなかったが……よく休んで全快しているいまならば。

 爆ぜ散るように、金色の光が全身からあふれた。

 ごうごうと、ナナカの足元が間欠泉になったかのように噴き出る光が辺りを埋める。

 まばゆさに、霊鳥はぱちりと目を開けた。もこりと濃い羽毛に覆われた頭部の左右で濁った白い目がぎょろりと剥き出しになり、円匙シャベルのように平たい嘴がばくりと開いた。

 頭部に比べて薄い毛に覆われて収縮と膨張を繰り返していたとぐろ巻く首が、一瞬ぎゅっと縮まり、

 次いでぼこぼこぼこっとごつい筋肉を浮かび上がらせ硬く太く膨れながら伸びた。

 うねりしなる大樹の幹とでも言うべき首だ。なるほど牛でも二口三口で呑み込むであろう大嘴を開いた扁平な頭部が、勢いよく突きこまれる。

 どお、ん、と鈍い音が足下に轟いた。大きく跳躍してかわしたナナカを、霊鳥の目がぎょろぎょろと追っている。


「危ないなぁ」


 真下に霊鳥の頭部を見据え、ナナカは剣を持っていない左手を大きく引いた。

 まとっていた《聖気》の一部がひゅっと細長い形状で手の内に集まり、金色の矢と化した。


「聖気の――やじりっ!!」


 左手を突き出すと、九つの矢が連なって放たれた。

 霊鳥が首を引っ込めることを見越して追うように機をずらし放ったが、向こうも強靭な首の力を利してぐねぐねと軌道を曲げることでこれを避けつつ首を戻していく。

 一本だけ頭部にさっとかすめるが、さほどの痛みを感じないのか一度ぶるりと頭を震わせただけで終わった。《聖気の鏃》は城壁でも深くめりこむほどの威力があるはずだが、体毛がかなりの防御力を誇っているらしい。


「……《緋の矢(カディナ)》も《紫電箭(ヴィオレト)》もあんま通じなかったんだっけ」


 火と雷を放つ魔術でも牽制にしかならなかった、との隊商の話を思い出したナナカは、着地して頬を掻いた。この魔物、想像以上に厄介だ。

 そこにまたも突き出される嘴。横にかわすと、頭部で薙ぎ払うように地面をこすりながらナナカを追ってくる。

 すぐさま前に踏み込んだ。背後に霊鳥の頭が過ぎ去っていき、頭上に長い首が影を落とす。


「せいやっ!!」


 振り上げる剣閃。

 切っ先が当たる。その首の肉は分厚く硬く、軽い切り傷しかつかない。

 攻撃で位置を察したのだろう霊鳥が、首をぐるんと曲げて後ろから大嘴を開いて追撃してきた。たまらず左に飛び出してかわし、霊鳥の周囲をそのままぐるりと迂回しはじめる。

 だが突然、視界が闇に落ちた。

 背面に回り込まれることを嫌ってか、霊鳥が翼を広げてナナカの進路をふさいだのだ。


「やばっ、」


 ぼう、と荒れ狂う豪風を肌で、次いで耳で感じ取った。

 翼の風起こしで吹き飛ばされたナナカの身体が宙を舞い、

 その隙を見逃さず霊鳥の大嘴がばくりと開き、無防備な彼女を襲った。


「くっ!」


《聖気》を練り上げて剣にまとい、突き出された上嘴の先端に当てる。

 反動を利用して、呑み込まれる軌道からは逸れた。けれど頭部の突進は身体にぶち当たり、息が詰まって吹っ飛ぶ。岩場の斜面を相当な距離転がり落ちて、顔を上げると霊鳥の首の間合いからも抜け出ていた。

 まずい。

 思ったよりも霊鳥が強く、

 思ったよりもナナカは鈍っていた。


「三週も至れり尽くせりでのんびりしすぎたっ……!」


 急いで斜面を駆け上がる。

 だがすでにナナカをたいした脅威と見なくなったか、霊鳥はふいと顔を背けると、近くにいたクラギの方に目を向けた。敵視の目をしている。

 首がぎゅっと収縮し、爆発的な加速で突き出される。

 もう、間に合わない。

 クラギの身体が消える。

 土煙が舞い上がる中に、彼の姿はどこにもない。

 見えるのは嘴を閉じた霊鳥の頭部だけだ。


「……たっ、食べられっ、」

「いえ、さすがに食べられるようなことは」


 声が聞こえた。

 本当に、ぎりぎり。半歩隣に嘴の突き込みを回避していたのか、霊鳥の頭の向こうからクラギのとぼけた声がした。


「そも、食すのは、我々の側でございましょう」


 次の瞬間、霊鳥がグルォォ、と悲鳴をあげて首を天高く持ち上げ引っ込めた。

 左目を閉じて涙を流している。おそらく至近距離から殴ったか。

 手を打ち払いながらネクタイを外したクラギは、瞳孔の細い目でじろっと霊鳥を睨みあげる。


「揚げるか、焼くか、卵とじか……なんにせよナナカ様、加勢いたします」


 彼の目に生き物を眺め、慈しむ様子はない。

 この霊鳥という強敵が、食材としてしか映っていない様子だった。



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